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要編  14 ベータ・チーム長・サラマンダーからの引き継ぎ



  シーン14 ベータチーム長・サラマンダーからの引き継ぎ



 アルファーが帰国したすぐの時点で宗弥を通じて要は、ベータチーム・チーム長サラマンダーから、内密の呼び出しを受けた。規定上あり得ない話だった。本陣を交えた合同会議前の呼び出しにファイターは「同行する」と鼻息を荒くしたが、要は「僕が抜かれるわけないだろう。保護者付きはごめんだ」と息巻くファイターを断り、一人指定された場所におもむく。



 事前にサラマンダーが指定してきたカラオケ店を、要はトーキーに調べさせた。トーキーは要が指示した以上にビルの構造から資材、壁の厚さ、従業員の素行、取引銀行、オーナーの資産等々、諸々を鋼の勢いで調べ上げる。



 その調べで、ビル内外に設置されている監視カメラは全てがフェイクだと判明し、現在、ビルはある会社の資金洗浄のために、とある組合が所有しているとわかった。



 ビルの一室で非常事態が起こったとしても、どの公的な機関にも訴え出る恐れがない。そんな場所を指定してきたサラマンダーとの面会を、要は油断なきよう行わなければならないと気持ちが引き締めた。「サラマンダーはどんな人柄なんだ?」と聞いた要に、宗弥が「うなぎみたいな奴。見た目はうだつの上がらないおっさんに見えるが確か、俺の3つ上じゃなかったかな。どっから特戦に入ったかは誰も知らない。経歴不明なんだと、なぁトーキー」と聞くと、トーキーは「過去の痕跡をこれほど完璧に消せる裏には何かあります」と悔しげにおおじた。



 当日、要がビル3階の4人用カラオケルーム308号室に入室すると、薄暗いライトが灯された部屋に、サラマンダーはすでに居た。ドアから見た左側の黒皮1人掛けソファーにゆったりと腰掛け、足を組んでいる。



 要はチラリとサラマンダーを見る。見覚えのない顔だった。宗弥の3つ上⁈どう見ても、満員電車通勤に疲れたサラリーマンにしか見えない。上司に小言を言われながらこき使われ、下からは尊敬されず、家庭では妻に頭が上がらない。そんな男にしか見えない。グレーの冴えないスーツを着たおっさんとしか感じず、同職臭もしない。目立つのは丸くわった鼻で、そのせいで目の印象が薄い。その昔、殴られでもして鼻がつぶれたか・・・髪はカツラで、体型を小太りに偽装している。今だけか・・⁈ カツラのお陰で額と耳の形がわからない。だから、人相が取れない。口は情がないと感じるほどに、薄いが、嘘っぽい。厄介だ。次に会った時、気付けるだろうか……、雰囲気を脳に刻んでおくしかないが、それさえもコントロール出来るとしたらOUTだ。



 待ち合わせの時間より、20分早く着いている、クソ!!マウントか!そう思いながらドアを閉める。その場で会釈して、奥の壁沿かべぞいに置いてある2人掛けソファーの中央に座った。



 ソファーに座るとサラマンダーは左の口角をかすかに上げ、要は正面を向いたままの視界の端でサラマンダーのニヤリ顔を捉えて、内心でうんざりする。近くに座ってわかったが、たぶん、性格はすっぽんだ。いや、体力的にもそうだろう。女性にではなく、人にまとわりつく精力の持ち主。噛まれたら面倒な奴。死なない限り離さないだろう。この人からは、そんな人間臭がする。視線を動かさず、いつも通り、室内の情報を目でる。



 防音クロスは、元はシックな深い紫色だったであろうと、想像させるベルベット素材で、部屋の4面は全て同じ。そのクロスには一辺が、そうだな、10㎝のダイアモンド・ステッチがほどこされ、その縫い目は太シルク糸の黒色。ステッチ同士を左右で繋ぐ部分には、金の丸ビョウが打ち込んである。至極豪勢だろうとその風情が要に語りかける。



 ドアの素材は分厚い鉄板で、サビを思わせるレトロ加工がされ、ドアの表裏中央には幅20㎝ほどの中近東を思わせる紋章柄が、手彫り風に装飾がされていた。すこぶる金の掛かったドアだ。



 大理石の長方形ローテーブルの僕の前には、ここに座るとわかっていたかのようにコカコーラの瓶、氷の入った高さ15㎝のカクテルグラスと栓抜きが置いてあった。ご丁寧ていねいにだ。サラマンダーの前には空のコカコーラの瓶と、氷が溶けて、コーラと二層に分離したカクテルグラスがある。氷の溶けかたとこの室温だと、僕が着く40分前には到着していたか…。



 サラマンダーが組んだ足の上にあるA4茶封筒3冊を右手で取り上げ、ほんの少し背もたれから上半身を起こして右腕を伸ばしきり、バサリと僕の前に置く。



 3冊ともが中に入っている紙資料で、パンパンに膨れ上がっていた。



 今時いまどき、紙資料とは嫌がらせかと思ったが、無論おくびには出さず、平然とした顔で茶封筒を見る。その僕の横顔をサラマンダーはチラッと見て「お前、若いなぁー、本当にチーム長か」と言った。おいおいと、馬鹿にするなよと切り捨ててやりたくなったが、任務を途中降板させられた腹いせの挑発に乗ってやる。「ご存じ無いなら仕方ありませんが、とは、言っても、僕に対する調査能力をベータがお持ちでないならしょうがないか。勿論、こちらも調べがつくような間抜けではありませんが、アルファーのチーム長・イエーガーです」と自己紹介すると、「クックックッ」と笑い声を上げたサラマンダーは「知ってるよ、尾長要君。イケイケだそうじゃないか、さすが先鋒アルファーのチーム長、早死にしたいのかい」と言った。冷たく凍った正座する目で見据えるとサラマンダーは「導火線が短いだね」と言って、盾石国男の印象とその背景を話し始めた。



 各政党の政治家、各省庁のエリートからノンキャリアに至るまで多くの人脈を持つと。盾石グループは国との間に国内外で複数の仕事をしていること。国男は非常にシャープな手法で仕事を進めるのを好むと。考え方は先進的だと。来るもの拒まず、去るもの追わずで、一見さっぱりとしてみえるが、人材の確保に貪欲であると。一旦やると決めるとねっとりとした粘度で取り込む気質だと、淡々とする口調で語った。



 その声に、聞き覚えがあるような気がした。どこでだ、日本・・・いや、2年前の演習地でだ。違う・・クソ、思い出せない。後で考えると頭に刻んで「本陣との合同会議前に、どうして私と打ち合わせをと思われたんですか?今、お話し頂いた内容は資料を読めばわかります。他に何か、あるのではないですか?」と聞いてみる。



 意外にもサラマンダーは可愛いらしいとも言える笑顔で「会ってみたかったんだ。お前がどんな奴か」と何の意味も嗅ぎ取れない声で言った。笑みの残る顔は青年の顔付きで印象がガラリと変わる。自由自在に印象を変化できる特性か。「そうでしたか」とおうじておく。



 サラマンダーは笑顔を引っ込め、今度は国男の娘、富士子について話し始めた。



 サラマンダーが話す富士子は白梅のような容姿を持つものの、一向にその美貌には構わず、化粧も薄く、服装はシンプルで特徴が無く、グレー、紺、ホワイト、黒の組み合わせが多く、髪は肩まで伸ばしているが、いつも洗いざらしか、ポニーテールか、または団子にまとめているかで、男の影はなく、朝9時に迎えに来る社用車で出社し、昼食はビル一階の喫茶店プチ・トリアノンで済ませ、22時ごろまで会社に留まることが多く、会食、会合がある日も、直帰の時も、社用車で帰宅するという事だった。サラマンダーは富士子に、好意を抱いている。間違いない、見え見えだ。・・この人が興味を持つ女とは・・どんな女だろうと逆に興味が湧く。



 富士子と国男の親子関係も淡白なもので、会社から出先が同じ場所で同時刻の帰宅であっても2人は同乗ぜず、それぞれが、自分専用の社用車で帰宅するという。自宅には32年になる住み込み家政婦・松井浮子マツイ ウキコがおり、家のこと全般を取り仕切っていて、富士子の出産時、死亡した母・久美子に代わって浮子が富士子を育てたと、サラマンダーは絵でも鑑賞しているかのような調子で話した。



 沈黙していた要が「ベータ長は富士子と直接会って、どんな印象を持たれましたか?」と不意を突く。「笑わないんだ。まるで、かたくなに笑わないと決めているみたいに、笑わない。不思議な女だ」と弾む抑揚よくようで答えたサラマンダーはカクテルグラスを左手で取り上げ、ストローを使って半分飲む。見ているこっちはちっとも、美味しそうじゃない。



 そして「その富士子がやばいものを開発してる。資料3の茶封筒だ。読んでみろ」サラマンダーが若干、張った声でうながす。



 言われた通りに資料3の茶封筒から、約30枚ほどの資料紙を取り出して、細かく分類されている資料に僕は目を通し始めた。



 サラマンダーは読み進むほどに目の色が変わっていく、要を見ていた。



 富士子が研究開発しているという液体デイバイスが、完全体になった時の使用用途しようようとことなる分野に与えるであろう影響予測レポート、完全体・液体デイバイスの威力を推測した意見書、読み進んでいく内に刺激は軽く通りすぎ、壊滅的かいめつてきな気分になっていく。完成度70%の段階から運用されているとも記してあった。



 今の段階で使用用途は666品目⁈縁起悪る過ぎだろう!!666の運用用途うんようようと)の中には特殊戦群が戦闘時、着用しているアンダーボディースーツ、戦闘服、防弾チョッキ、防弾パットなどなど数が一番多く、サラマンダーや僕、部隊員の左耳下に埋め込んである内耳モニターも含まれていた。液体デイバイスとは科学のすいぐ、変異する魔王だ!!なにをやってるんだ!!!この女は!!!!



 一気に顔を上げ「この女は!液体デイバイスが!どう使われるか認識にんしきして研究開発してるんですか!」僕は語気を強めて聞いていた。



 サラマンダーは「富士子はさぁー、その資料に書かれてある光明面ライトサイド、医療を目的として開発している。液体デイバイスの暗黒面(ダークサイド)には全く気づいていない。考えていないというか、そんな用途に使う人間がいるとは思ってないんだ。お嬢様なんだよ、きっと。頭は優秀だか、富士子は世間知らずだ」と呑気に言い、一息ついて「そういう、環境なんだよ」と付け加える。



 そして左手に持っていたグラスから薄くなったコーラをストローで飲み始め、最後はズッーと音を立てて飲み終わり、ソファーから立ち上がった。しかし「あっ、それから、富士子の写真だ」と言いながら右手を上着に入れ、内ポケットから写真を取り出して差し出す。



 「写真ならあります」と言った要に、「お前が知ってる写真は社員証明書からの転用だ。こっちが実像の白梅だ」と言い、写真を受け取った要を残して部屋から音もなく出て行った。白梅・・・なんだよ、それ、悪魔を産みし女が・・・白梅なはずないだろうが。



 薄暗く落とされたライトの下では判別できず、要は右肩からタスキ掛けのボディーバックから、墨色のジッポを取り出して写真を照らす



 炎が照らし出した富士子の表情は、うれいをびていた。見開き気味に見える目の煤竹色すすたけいろの瞳には、不安の影がのってはいる。それでもこの女の前に立てば、自分という人間を見透かされているような気になるだろう。そんな印象を持つ写真写りだった。白梅か、確かに・・・。この目の物悲しさを払拭ふっしょくしてやり、保護下におきたいという支配欲を駆り立てる雰囲気がこの女にはある。宗弥の心がひざまずき、あがめて恋しがるはずだ。しかも、幼少からそばに居た宗弥は烙印らくいんを押されたも同然だ。・・この女の目を僕は知っている・・厄介な分類の女。そう考えてうんざりとした。



 3冊の茶封筒の中にいただけない盗聴器、発信器がないか確認していて、サラマンダーからのメモを見つけた。



 “この資料はうちのビスケットが所在不明になってから、はるか上から下りて来た物だ。事の重大さにそれなりに、気づいたんだろう。敵は本気だ。余計なお世話だが、この資料をお前のチームメンバーには読んでおいてほしい。この作戦のとらえ方がより深くなるだろう。お前は気をつけて事にあたれ“ と、流れるような健筆けんぴつで書いてあった。ビスケットの所在不明が悔やまれ、今回の面談はアルファーに同じてつを踏ませない配慮からだったのだろう。ありがとうございます。



 メモと富士子の写真を茶封筒1に入れ、ボディーバックからキャップ帽を取り出して深くかぶり、右手に茶封筒を持って部屋から出る。



 1階のフロントまで階段を使い、サラマンダーや敵の監視がないか確認しながら、ゆっくりと降りてゆく。



 フロントには、要が来店した時に居たひょろりと背の高い、薄い身体付きの40代前半の男性に変わって、まだ10代半ばどう見ても中学生になりたての少女、いや、間違いなくそうだろう、が居た。



 しかも、そこまでどうやったら染められると思うほどの鮮やかな常盤緑色ときわりょくいろの髪は長く、腰のあたりまであって、昔は真紅色であろう名残りを残してはいるが、くすみ、汚れて、グレーの指痕があちこちにいたスツールに、だらしなく足を投げ出して座っていた。



 少女はスマホをいじりながら「ショート?ロング?」と聞き、「そうじゃない。308の会計だ」と言った要に、視線を上げ「先に出たひとが、払っていったよ」と幼い声で言う。



 「そうか。ありがとう」と返す。サラマンダーに借り2つと頭に刻む。少女は「ねえー、ひまなら何か食べにいかない?どっかいこうよ」と危うい目で誘う。「今度な」とこたえて、カラオケ店を後にする。そんな少女の眼差しを要は世界の貧困街で見てきた。最初は生活のためにと健気だが、どう扱われるかに慣れていき、希望を無くして、ただ、立って待っているだけの目だ。




 サラマンダーの声をどこで聞いたかと考えながら、今回の作戦拠点に遠回りな道を選んで、時にスマホ画面で、ショーウィンドウで、バスの発着時間表で、周囲を確認しながら向かう。



 歩いているうちに、あっ、あの時の、コロンブスの補佐をしていたあの男だと、要はサラマンダーを思い出す。



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