第二十六話 緊張の夜
街中でアリスが襲われたという報せは、またたく間に王宮に広まった。
当然今後は王族は理由なく外出禁止となった。
ちなみに国王一家からは、またも助けたということで、感謝された。
「はやく犯人捕まらないかなー、つまんなーい」
アリスはあんなことがあったのに怖がるわけでもなく、ベッドの上でゴロゴロしていた。
ぬいぐるみ替わりか、テルトを抱いている。テルトは嫌がっていない。アリスを気に入ってるのかな?
「心当たりはあるんですか?」
「おいモナカ、王族を狙う相手なんて、政敵から他国の刺客まで、いろいろといる。心当たりなんて山盛りだろう」
エシュリーの言う通りか。いくらでも考えられるなら、犯人特定も難しいよねー。
「こんなのでも、行けたらまだマシだったかなー」
アリスが何か紙をこっちへ放り投げてくる。
なになに、手紙?
「演劇の招待状ですか」
「演劇ってじっと見てるだけで、そんなに好きじゃないんだけどね」
「あ、これ、グレイスさんからなんですね」
「この前はごめんねー、あの子、身分とかすごく気にするたちで。それが無ければいい子なんだけど」
いい子なのか、あの子。
「もーモナカ、そんな顔しないの。あなたの方が可愛いよ」
「いや、そういうことを考えていたわけでは無いので」
噂をすればではないが、グレイスが訪ねてきた。
この前サロンをやった部屋で出迎える。
「アリス姫様! また襲われたんですって!? お怪我はありませんでしたか?」
「ありがとうグレイス。大丈夫よ。モナカたちが片付けてくれたから」
「そうですか、それは良かった……」
グレイスは心底安堵したような表情をしている。
「安心せいグレイスよ。わたしたちがどんな刺客もぶっ倒してやるから」
「お子様が無礼でしょう!? グレイス様とお呼びなさい、グレイス様と!」
エシュリーに向けて、グレイスの取り巻きの一人が怒鳴り散らした。
何か言おうとしたエシュリーを、アリスが手で制する。
「アンヌさん、ごめんなさいね。大目に見てあげてくださいな」
「は、はぁ、姫がそうおっしゃられるのなら……」
アリスのフォローに、しぶしぶ引き下がるアンヌと言われた取り巻きさん。
「アリス姫様、我が家の方でも志望者の洗い出しの協力を行っております。早く犯人が見つかり、また演劇などご一緒出来る日を楽しみにしています」
「はい、わたしも早く表に出たいわ」
「そうすれば、いつまでも下々の護衛が付いてくることも無くなるでしょうしね」
グレイスのトゲのあるその一言に、アリスは眉を上げ、わたしを引っ掴んだ。
「あらあら、モナカはこの事件が終わっても、ずーっとわたしの大親友として一緒にいてもらいますわ」
ほっぺにキスをされた。
「ああああっアリス!?」
「姫!? なんということをおおー!」
わたしとグレイス、同時に叫んでいた。
「そんなに動揺しなくても。あいさつよ、あいさつ」
「わ、わたしは、そちらの、あ、あいさつをされたことは、ないのでしてよ」
グレイス、口がうまく回っていないな。
「それでは、わたしたちはこれで。グレイス、お父様たちにもあいさつされるんでしょう?」
「そ、そうですわね。今日はこれで」
「行きましょ、モナカ、みなさん」
アリスにうながされ出ていくわたしたちを、グレイスは茫然とした表情で見ていた。
「いいの? アリス?」
「いいのいいの。グレイスも少しは地位とか気にしない人との接し方を、学んでもらわないと」
なんか、グレイスに恨まれなければいいんだけど……
「モナカ、起きて」
夜中、リンの声に起こされる。
「うん? どうしたの?」
時計を見ると午前二時だ。俗にいう丑三つ時。
「敵が近付いている」
「お城にまで来たの!?」
他の三人も起こす。
「――静かに、もうこの部屋の窓の外に来ている」
小さな声でリンが警告を発してくる。
今はみんな寝間着で、武器も携帯していない。
とりあえず見つからないように、みんなベッドの陰に隠れる。
小さなきしみ音だけ響かせ、窓が開く。起きていなければ気付かない程度の音しかしない。
ベッドから顔は覗かせられないから姿を見ることが出来ないが、足音から、四人くらいかな?
何かくぐもった、布を刺すような音が数度聞こえた。問答無用に寝ている所を刺し殺す気だったのか。
足音が段々と近付いてくる。目の前まで来るのを待つ……
もう少し……今!
ベッドの陰から飛び出して、一人にタックル!
倒れたヤツの足首掴んで、手近なやつに放り投げる。
残った奴らが気付いたらしく、みな手に短剣を持ち、襲ってくる。
「【念力】」
リンが手をかざすと、一人が吹き飛んだ。
「【捕縛】」
続いてテルトの魔法で、二人が動きを止めて倒れた。
吹き飛ばしただけの奴らを、わたしが押さえ込み、縄で縛りあげる。
「衛兵さーん! 敵が来ましたー!」
エシュリーが衛兵を呼び、全員連れ出してもらった。
「しっかし、王城にまで襲撃に来るなんて」
リンの敵感知には反応しなかったから問題ないと思うが、念のためアリスの部屋も訪れる。
「あ、モナカ、ピンクのウサギ柄パジャマ、可愛いですね」
「ありがとう、じゃなくて、こっちに襲撃があったの。アリスは大丈夫?」
「なんにも無かったですよ。けど心配だから、今日はみなさんで、わたしのお部屋に泊まっていってください」
うーん、今回は状況が状況だから仕方ないのかな?
メイドさんたちに言って、今夜はアリスの部屋に泊まることになった。
「モナカ、ちょうどいい大きさなんですねー」
「揉むな!」
なぜかアリスと同じベッドに、わたしとリンが寝ていた。
寝ようとすると、アリスがイタズラしかけてくるので、これはこれで緊張の一夜である。
「リンちゃん、ふわふわー」
「わわわっ、アリス、モナカ派じゃあなかったの!?」
派ってなんだ!?
「グレイス! どうゆうことですの!」
翌日、グレイスとその家族が呼び出された。
こちらは、国王一家と衛兵長、それとわたしたちが列席している。
糾弾されているグレイスは黙ったまま、うつむいていた。
「アリス姫様、今回のことは、わたくしの監督不行き届きが原因です。ご迷惑をお掛けし、大変申し訳ない」
グレイスのお父さんが深々と頭を下げた。
国王様は厳しい表情のままだ。
あの後、刺客を尋問したら、グレイスに雇われ、護衛を討伐するよう依頼を受けていたと、発覚したのだ。
「わたしが自宅で、グレイスに事情を聴きました。今回の襲撃については――」
「いいわ、お父様、わたしからお話しします」
顔を上げ、泣いていたのか、赤くなった目をいっぱいに開き、全員を見回している。
「今回は、わたくしの独断で動いたことで、我が家には何の非もございません。罰するならわたしだけにして頂けますよう、お願い申し上げます」
頭を下げたグレイスの体は震えていた。
「もう一度聞くわ、なんで刺客なんて送ってきたの? しかもモナカさんたちの殺害なんて」
「悔しかったから……」
グレイスがポツリとこぼす。
「今までは、アリス姫の一番の友達はわたしだった。演劇だって一緒に行きましたし、お互いの家にも何度も伺っています。ただ、アリス姫は王族、わたしは公爵家の娘。一歩引いた関係しか築けませんでした。それが、昨日今日来たばかりの平民と、敬称略で呼び合ったり、遊びに行ったり、あまつさえ、キ……キス、なんて、許せなかったの……」
「グレイス……あなたの気持ち、分かったわ。けど、命を奪おうというのは、やり過ぎよ」
アリスはグレイスを睨みつけてていた。
グレイスはその視線を真っ向から受け止めている。
「あなたとは絶交です」
アリスのその一言で、またもグレイスはうなだれた。
うわぁ、空気が重い。
「い、いやあ、アリス……怪我人とか出てないことだし、そこは考えてあげて」
「モナカさん、優しいんですね。ただ、今すぐに仲直りは出来ません。いいですか、グレイス」
「はい……」
うつむいたまま小さな返事が返ってきた。
アリス、容赦ないなー。
「ザイール卿よ」
国王が重い口を開いた。
「は、はい!」
「先ほどモナカ殿から進言があったように、今回は死傷者は出ておらぬ。よって謹慎処分と賠償レベルの処分で済ませよう。詳細は追って知らせる」
「温情、ありがとうございます」
グレイスの一家みんなが頭を下げた。
グレイス一家が退席した後、今度はわたしたちが国王一家から頭を下げられた。
「ええっ! あ、頭を上げて下さい国王様!」
この国の人間であるリンが一番驚いたようで、あたふたしだした。
「この度の件、モナカさんたちに多大なご迷惑をお掛けした」
「いえいえ、それで、今までの襲撃も全部グレイス?」
「いや、ザイール家の子女の仕業と分かったのは今回だけだ。動機からも、今回が初めてだと考えられる。それに、今までは依頼人の素性が不明で、今回はすぐ発覚するずさんなもので、手口が違う」
衛兵長さんが、状況説明してくれた。
「モナカさん、リンさん、エシュリーさん、テルトさん、ニャンコさん、これからも、よろしくお願いね」
「こちらこそ!」
同日夜、わたしたちは国王様に呼ばれた。
「キミたちであれば信用できるであろう。あるものを見せておきたい」
「あるもの?」
何を見せてくれるのか?
そこは城の地下。
そこは幾重にも扉が続く、厳重な場所であった。
最初は鍵で開けるタイプだったが、最後の方は顔人称と合言葉になっていた。
「西の妖精族に作ってもらった、魔道具の一種だよ」
国王の言葉に、興味津々のリン。
やがて、最奥へと到達する。
そこは小部屋になっており、一振りの剣が置かれていた。
刀身がわたしの身長くらいありそうな巨大な剣である。柄には特に装飾も無く、非常に簡素なつくりだ。
「おおおおっ! こいつかああ!」
エシュリーが興奮している。知ってるのか?
「モナカ、わたしも昔はこうだったんだ!」
「え?」
エシュリーがそうだったということは……
「これが、我が王国の神、リーシェインだ」
国王が紹介してくれた。
剣が神様なんだ。
『エシュリーか?』
「しゃべったー!?」
ビックリした!
「しゃべるのを初めて知りました……」
リンも驚いている。
「わたしは、国で神の声を聞いたことがあります」
「わたしもあるよ」
ニャンコとテルトは神様の声の経験者か。
「リーシェイン様、この者たちをご存じで?」
『そこのエシュリーだけは昔からの知人だ』
「やあ、リーシェイン。元気そうだな」
『神器に元気も衰弱もなかろう』
「それもそうか」
なんか、神様二人で会話が進んで行ってるな。
「エシュリー、紹介してよ」
「ああ、この剣はリーシェイン。ファルプス・ゲイルを治める神だ。持つ者に神に匹敵する力を与えるとされる」
パワーアップ装備か。
「リーシェイン、こっちはモナカでわたしの信者。あとニャンコ、テルト、リンという下僕たちだ」
「だれが下僕だよ」
テルトの抗議に無言のエシュリー。
無視されたのが気に食わないのか、襲い掛かっていく。
「こ、こら!? テルト、やめろー」
「あらあら、いつもながら仲いいですよね」
「微笑んでないで助けろニャンコ!」
うーん、やっぱり子供だなーエシュリー。
『ふふふ、リア・ファイルにやられたと聞いてたが、思ったよりも元気そうだな』
「ああ、今度はやり返してやるさ」
神様同士の会話を聞いて、ふと思った。
「神様同士って、基本仲いいの?」
「仲良かったり、時にはケンカしたり絶交したり、いろいろだよ」
神様の世界って、存外人間臭いんだな。
「うん? ちょっと待ってくれ……」
国王が何かあったようだ。
「たぶん、念話で会話してる」
「そういえば超能力の国だったわね」
携帯・スマホが発展しないのは納得。
「ふむ、ふむ……わかった……」
念話が終わったのか、こちらに向きなおる。
「まずいことになった、アリスがさらわれた様だ」
「えええええっ!」
めっちゃまずいじゃん!
「急いで戻るぞ!」
わたしたちはアリスの部屋まで全力で向かった。
たどり着くと、すでに衛兵が何名も集まっていた。
部屋の中には当然アリスはいない。
窓は閉められており、争った形跡も無い。どうやったかは不明だ。
「わたしたちがいなくなっているタイミングを狙われるとは」
「国王!」
衛兵が走ってきた。
表情から、悪い知らせを持ってきたのだと分かる。
「なんだ」
「神器が、我が国の神が盗まれました!」
「なんだと!?」
タイミング悪すぎるうううう!
どっちもいないタイミングで奪われるなんて!?
「その場にいなかったとはいえ、連れ去られたのはこちらの失態。取り返すことで、見事挽回して見せましょう!」
エシュリーが自信満々で言い放つ。
「連れ去られた場所に心当たりがあるのか?」
「ええ、行くぞ、モナカたちよ!」
大丈夫かな?
エシュリーの自信がどっから来ているのか分からず、不安になってくる。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
第一~二十ニ話まで、修正させていただきました。(2017/9/23)




