第二十五話 クレープ
典型的な貴族像というのがある。
やたら偉そうで、人を階級で判断し、庶民は完全に見下しているというもの。
サロンに訪れたアリスの友人、グレイスとやらが、まさにそれだった。
「アリス様、最近襲われたのですって? 街の外は物騒ですわね」
列席を許されたわたしたちには挨拶もろくにせず、さっきからアリスとばかり話をしていた。
「はい、けど今はモナカさんたちが護衛をしてくれているので、安心できますよ。ねえ、モナカ」
「はは、アリスにそう言ってもらえると嬉しいわ」
わたしが答えた途端、グレイスが眉間にしわを寄せた。
「姫様とお呼びなさいな。まったく……アリス様、下々のお相手が大変ですね」
「モナカにはアリスって、呼び捨てにしていいと言ってありますから」
それに対して横から否定が入る。
「グレイス様ですら、アリス様を敬称を略さずにお呼びしているというのに、下々のものは建前の言葉であることを理解せず、無教養無遠慮で困りますよね」
「まったくですわ」
グレイスの取り巻きも二人来ていて、そいつのおべっかに大仰にうなずいていたりする。
なんなのだ、この連中は。
「ふふふふっ、無教養とか言ったか、わたしの方が貴様らよりも教養があるぞ」
エシュリーがいきなり神話時代の講釈を始めやがった。
空気読まずに知識披露するのの、どこが教養のある態度なのだろうか……
ベラベラとしゃべりまくるエシュリーの言葉に、興味津々で聞き入ってるのはテルトだけで、他はみんな唖然としている。
「もうよろしいわ、おだまりなさい」
グレイスの言葉に、あっさりと黙るエシュリー。あれ、聞き訳がいい。
「つまりは、わたしの勝ちと言うことだな」
偉そうにふんぞり返るエシュリー。
「バカな子供に付き合っていられませんわ」
「バカとはなんだ! バカって言った方がバカなんだぞ!」
グレイスに指を突き付け、わめき散らすエシュリー。
ホントに齢数千年の女神様なのだろうか……
グレイスや取り巻きたちは心底嫌そうな顔をしているが、アリスは笑いをこらえるのに必死なご様子。
「エシュリー、恥ずかしいから、いい加減にしましょうねー」
とりあえず圧を効かせて黙らせる。
「ごめんなさいアリス、アホの子が空気読まなくて」
「あはははっ、いいわよ、おっもしろいー!」
もうアリスは涙目である。
「誰がアホの子か! もっとわたしは敬われるべきだ!」
「なら、もっと敬われるような態度をとりなさいよ」
いがみ合うわたしとエシュリーに、アリスが突然抱き付いてきた。
エシュリーと向き合う体勢になってしまう。勢いで危うくキスしてしまいそうになった。
こんな近くで見るの初めてで、可愛いエシュリーの顔を、不覚にも意識してしまう。
「もーう、二人ともケンカしないの。仲良くしようねー」
何やらわたしたちの体勢が気に入らないのか、グレイスの目つきが鋭くなっている。
「アリス様は甘すぎますわ」
取り巻きの二人がうなずいている。
「だってー、この子たち可愛いし」
「グレイス様もお美しいですわよ?」
取り巻きの一人がフォローに入る。
「うーん、わたしはこの中で一番かわいいのはモナカだと思うな、ねぇモナカ」
「ちょっ!」
面と向かってそう言われると、なんかこそばゆい。
じーっと、見つめないで欲しい。超かわいいお姫様に見つめられるとか、ドキドキしちゃう。
「えっと……アリスも可愛いと思うんだけど」
「わぁ、プロポーズされちゃった」
いやいや、そんな嬉しそうな顔して、何を言っているんだ。
というか、さっきから顔が近いです。
お姫様って、やっぱり使っているボディーオイルや化粧品類が高級品なのかな。すごくいい匂いがする。
「いつまで抱かれてるんですか! はやく離れなさい!」
グレイスはそんなわたしたちの状態が面白くないのか、とうとう吠え出した。
結局、グレイスが終始怒りまくった状態でサロンは終わってしまった。
「サロンって、あんなもんなんですか?」
「普通は、お互いの近況とか意見や情報を交換する場なんだけどね。けど、今日はモナカたちがいて、退屈なおしゃべりにならなくて、ホント楽しかったわ!」
いいのかなそれ?
わたしたち、グレイスとその取り巻きにめっちゃ嫌われたけど。
「さて、お部屋で続きをしましょうか」
「続き?」
「モナカをもーっとぎゅってしてあげるね」
「をおおいいい!?」
大丈夫かなこの子。
「仲いいよねーアリスとモナカは」
いたずらっ子のような笑みを浮かべるリン。
「あら? リンは嫉妬してるの? 大丈夫! 独り占めとかしないから」
「ちがっ! わたしはそんな趣味無いから大丈夫ですって!」
反撃されると弱いなリンは。
「わたしたちも相手してほしいよねーテルト」
ニャンコがめずらしくテルトを抱っこしていた。
テルトは意外とまんざらでも無い様で、胸に顔をうずめている。
「おっぱいまくら気持ちいい」
「テ、テルト!? おっぱいとかモナカさんみたいなこと言っちゃいけません!」
「わたしみたいってなんだー! おっぱいがどうとか、言った憶えないぞー!」
こいつめー。
ニャンコの胸を思いっきり揉んでやる。
「このおおっ! ニャンコめ、けしからん体しおって!」
「にゃああっ! すみませんモナカさん、ちょっと調子に乗り過ぎちゃって」
ニャンコめ、大人しい性格かと思ったが、最近タガが外れてきたようだ。
ふと見ると、リンとアリスがお互いの体を見比べていた。
「モナカって、ああいう体付きが好きなんだね」
「リン、まだまだわたしたちは成長期ですわ」
「二人とも何の話をしているの!?」
なんだか、今日はみんなハイテンションであった。
こういうじゃれまくる感覚、久しぶりだなー。学生時代以来だ。
アリスが街を散策してみたいとかで、みんなで一緒に行くことに。
ほんとうはいつ襲撃があるか分からないから、不用意な外出は禁止なんだけど、ずっとお城の中では息が詰まるということで、無理言って来たのである。
襲撃に備えて、わたしたちだけじゃなくアリスも剣を携帯していた。
首都と言うだけあって、今までの街とは規模が違う。
大きな建物が立ち並び、視界の向こうまで続いている。歩いている人の数も多い。
様々なお店があり、見て回るだけでも楽しい。
「あ、クレープ屋さんだ」
テルトが指さす先に、テイクアウト専門のクレープ屋さんがあった。
日本ではよくある食品サンプルのディスプレーは無いが、表に出ている看板に、メニューがずらりと書いてある。
通りに面した位置にカウンターがあり、そこで注文してもらう形式だ。
「モナカさんと初めて会った街でも、みんなで食べましたね」
リンが懐かしそうに言ってくる。
「よし、クレープを買いましょう」
アリスはクレープ屋さんをじーっと見ている。
顔が少しこわばってる、緊張しているのか?
「アリスって、クレープ屋さん初めて?」
「今までの友達って、相手のお屋敷に行くか、演劇を見に行くかだけだったし、たまの外食もレストランだけだったの。こういうのは初めてで、ちょっと楽しみ」
そういえばお姫様なんだよね。
こうやって街歩きする機会もほとんどなかったかもしれない。
たしかに、グレイスとか、庶民的なことは毛嫌いしそうだな。
「何食べます?」
「モナカが決めて」
えー、自分で選ぶのが楽しいんだけどな。
メニューを見ながらちょっと悩む。
その間にみんな注文しだしてる。
「照り焼きチキンくださーい」
「テルトは食事系食うのか」
食事系頼む子初めて見た。
アリスのは無難にアーモンドチョコ生クリームを注文した。
「ありがとう、モナカ。あ、定員のお姉さん、モナカのも同じ奴で」
「あいよー」
「ちょっ、人のもの勝手にー」
「これでお揃いー」
真似っこなのか、同じように語尾を伸ばすアリス。なんか可愛いぞ。
「アリス、違うの頼んで食べ合いっこするっていう手もあるんですよ?」
リンがいたずらっぽく言ってきた。
どんな知識を刷り込む気だ。
「リンは何頼んだっけ?」
「ジューシーカルビ、あとでシェアしよ!」
「クリーム系と全然味が合わないわ! テルトとしていなさい!」
「うーんシェアか、お姉さーん、モナカのやつショコラカスタードに変えてー」
「あいよー」
アリス、シェアしたくてしょうがなかったのか?
まあ、高級レストランとか貴族の家とか、そんなところでシェアとか経験しないだろうからな。
先にアリスのクレープが出てきた。お姉さんから嬉しそうに受け取っている。
いきなりきらめくものが視界に入った。
とっさに反応し、アリスを抱き寄せる。
「きゃあっ! なになに!? モナカ、こんな人通りの激しいところでダメだって!」
「なにを言ってるの! 襲撃だよ!」
アリスに刺さろうとしていたナイフが、道に落ちていた。
「大丈夫ですか!?」
ニャンコたちが気付いて近寄ってくる。
「クレープは落としませんでした!」
「ええい、何をがんばってるか! 敵襲よ」
「モナカ、敵さん出てきたようだよ」
リンの言葉に周囲を見ると、黒ずくめが六人、わたしたちを囲んでいた。
「こんな昼間に襲撃って、すごい度胸ね。リン、他には?」
「こいつらだけ。少なくとも近くに敵はいない」
これだけの人数なら問題ないだろう。
「無粋な方たちですね、人のデート中に乱入してくるとは」
アリスが抜刀すると、その刀身が輝きだした。
「デートなのか!? まあ、それは置いといて、ここは任せて」
久々に、力を使ってやろう。
黒づくめたちを全員見て、魅了の力だ!
とたんに黒づくめたちは、武器をしまい込み、こちらに寄ってきた。
「モ、モナカさまー」
「ええい! 野太い声で合唱するな、気持ち悪い!」
この力、男に対して使うとキモイから、女性限定にしようかな?
「えっと、モナカ、これは?」
「わたしの能力で魅了してあげたんです」
「暗殺者すら魅了されてしまうとは、モナカの美貌はそれほどなのね!」
なんか、アリスが微妙に勘違いしているような……
まあ、尋問を先に始めておくか。
「あなたたち、誰? なんの目的で襲ってきたの?」
「お、おれはドクト、三十一歳で嫁を募集中です。家は農家をやっていて、優しい家族が自慢です」
「暗殺者やめて農家で働け! てか、おっさんのプロフィールはいらん! 依頼人とっとと教えろ!」
「依頼人は全身黒ずくめで顔を隠してて、声から壮年の男としか……ギマと名乗ったが本名かは分からん」
「襲った理由は?」
「理由は聞いていない。護衛を殺し、姫を連れて来いと言われた。おしゃべりな依頼人でない限り、普通は殺し屋に理由を言わないものだ」
「わたしを連れてって、わたし一人でも、この人たち全員倒せてたよ」
お姫様、強いな。
それはともかく、うーん、こいつらから敵の素性は分からないか。
「どこかで会えたりする?」
「襲撃が成功したら、賞金を受け取る場所は決めていたが、失敗したら現れないことになっている。たぶん来ないだろう」
「モナカ、こいつらからはあんまり情報は聞けそうにないね」
リンの言う通り、こんなもんだろう。
「さて、あなたたち、いろいろ教えてくれてありがとうね。みんな、これから衛兵の詰め所に言って事情を全部話して、捕まりなさい」
「はい、わかりました」
六人そろってゆっくりと歩いて行く。
「捕まると分かってても行くんだねー」
テルトが面白そうにその後姿を眺めつつ、照り焼きチキンにかぶり付いている。
なんか、ごはんが食べたくなってくるな。
「そうゆうプレイだと思ったんじゃない?」
エシュリー、それは高度過ぎるぞ。
一気に食欲がうせてしまった。




