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第35話 未来を紡ぐ学び舎 〜瑞穂工学アカデミーの誕生〜

飛鳥創です。いつもお読みいただきありがとうございます!

 江都停車場からほど近い、千鳥川の清流を望む広大な敷地。

 かつて守旧派の巨頭・土井大炊頭が贅を尽くしていた屋敷跡に、赤煉瓦と堅牢な欅(けやき)材が見事に調和した、三階建ての壮麗な西洋風学舎が姿を現していた。


 正面の車寄せに掲げられたのは、金文字で刻まれた看板――【瑞穂工学アカデミー】。

 中央にそびえる時計塔からは、からくり宗兵衛が製作した巨大な機械式大時計が、カチリ、カチリと新時代の時を正確に刻んでいた。


 講堂の前に集まったのは、これまでの瑞穂国(みずほこく)の身分社会ではあり得なかった、多様な三百名の第一期生たちだった。

 刀を差した武士の若者、法被(はっぴ)を着た町人の大工見習い、相模野の緑川村から推薦された農家の少年少女、そして万代屋の小夜が推挙した利発な町娘たち――。

 身分も、家柄も、性別も問わず、ただ「学びたい」という純粋な情熱を持った若者たちが、配られたばかりの真新しい教科書を胸に抱き、緊張と期待に目を輝かせていた。


 演壇に立ったのは、初代学長に就任した司馬宗介だった。

 その隣には、純白の小袖に格式高い緋色の袴を凛とまとった名誉総裁・西園寺沙羅。

 そして教壇の左右には、機械実技教授のからくり宗兵衛、建築工学教授の作造、経済学講師の小夜が並んでいる。


「皆さん、瑞穂工学アカデミーへようこそ」


 宗介の穏やかで力強い声が、満員の講堂に響き渡った。


「これまで、この国の技術は『秘伝』や『勘』として、一部の職人や家柄の中だけで受け継がれてきました。しかし、皆さんが手にしたその教科書に書かれているのは、誰がやっても百パーセント同じ結果が出る自然の法則――『科学』です」


 生徒たちが一斉に開いた教科書には、活版印刷で刷り上げられた美しい幾何学図面や、滑車とテコの力学、電池の回路図、そして植物の細胞のスケッチが、わかりやすい言葉で解説されていた。


「数学、物理、化学、機械、電気、衛生、そして経済。……これらは、一部の天才だけのものではありません。皆さんが自らの頭で考え、自らの手で試行錯誤し、新しい道具を生み出すための力です。……この学び舎から、瑞穂国の未来を創る真の技術者たちが羽ばたくことを願っています!」


 宗介が一礼すると、講堂いっぱいに割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。


 ――午後。

 広々とした実験室や実習工房からは、若者たちの熱気あふれる声が絶え間なく響いていた。


「す、すげえ……! 銅板と亜鉛板を青い水に浸けたら、針金の先で小さな真鍮のベルがチリンチリン鳴ったぞ!」

「見て見て! 顕微鏡で池の水を覗いたら、本当に小さな生き物が泳ぎ回ってる!」

「おい、この歯車のギア比を計算通りに組んだら、片手で持ち上がらなかった重い鉄の塊が、指先一つで軽々と持ち上がったぜ!」


 生徒たちが目を輝かせて実験に没頭している。

 宗兵衛が旋盤の回し方を手取り足取り教え、作造が木組みの力学を熱弁し、小夜が帳簿の付け方を優しく指導していた。

 かつては宗介ひとりが現代の知恵を教え込んでいた技術が、いま、この国の若者たちの手と頭を通じて、燎原(りょうげん)の火のように自律的に広がっていたのだ。


 ――夕暮れ。

 放課後の静けさが戻ったアカデミーの屋上。


 時計塔のバルコニーに、宗介と沙羅が二人きりで並び立っていた。

 茜色の夕陽が、千鳥川の波間を黄金色に染め上げ、眼下に広がる大都会・江都の町並みを優しく照らし出している。


「……宗介」


 ふと、涼やかな声がかけられた。

 振り返ると、夕暮れの風に濡れ羽色の黒髪をなびかせた沙羅が、愛おしそうに宗介の顔を見つめていた。

 ふわりと漂う、清涼な白檀と可憐な撫子の香り。


「沙羅さん、お疲れ様でした。素晴らしい開校式になりましたね」


「うむ……。妾はな、宗介。今日の講堂で、目を輝かせておったあの子らの顔を見て……胸がいっぱいになってしまったのじゃ」


 沙羅はそっと手を伸ばし、宗介の手の上に自らの柔らかな手を重ねた。

 触れ合う手の温もりと、真剣に宗介を見つめる沙羅の潤んだ瞳。


「あの日、相模野の緑川村のあぜ道で……泥にまみれて水を引いてくれたあの日から、今日まで。……そなたがこの国に蒔いてくれた科学の種は、ただの機械や大砲にとどまらず……この国の民の心の中に、しっかりと、決して枯れることのない希望の根を張ったのじゃな」


「沙羅さん……」


「これでもう、海の向こうからいかなる脅威が押し寄せようとも……この瑞穂国は決して屈せぬ。民自身が知恵を持ち、手を取り合い、自らの手で未来を切り拓いていけるのじゃからな」


 沙羅の大きな瞳から、一筋の清らかな嬉し涙が頬を伝い落ちた。

 彼女は宗介の胸元へと優しく身を寄せ、その温もりを確かめるように額を預けた。


「宗介。妾は……そなたを心から愛しておる。そなたと共に歩むこの道が、妾の人生の全ての誇りじゃ」


「沙羅さん……。俺も、あなたを心から愛しています。あなたと一緒にこの国を守り、育ててこられて……本当に幸せです」


 宗介が力強く抱きしめ返すと、沙羅は幸せそうに微笑み、静かに目を閉じた。


『マスター、生体および社会動態データ測定。瑞穂国の自律的文明開化指数――臨界点を完全に突破しました。……マスター、沙羅姫、おめでとうございます』


 イヤホン越しに、シズクの温かい祝福の音声が届く。


 夕陽が沈み、時計塔の鐘がゴォン、ゴォンと江都の空に厳かに鳴り響いた。

 水と農業を救った第1章。

 疫病と守旧派を打ち破った第2章。

 鉄と蒸気と電信を生み出した第3章。

 そして、黒船の脅威を退け、対等の開国と鉄道・教育を打ち立てた第4章。


 未開の国と呼ばれた瑞穂国は、いまや世界最高峰の科学と誇りを抱く、新しき近代国家へと完全に生まれ変わっていた。


 だが――宗介と沙羅の挑戦は、まだ終わらない。

 瑞穂国の文明開化の光は、いよいよ大海原を越え、世界を驚愕させる『真の万国平和への飛翔』――最終第5章へと向かっていくのだった。


(第4章・完 / 第5章へ続く)


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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次回更新もお楽しみに!


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