第1話 神の板を持つ異邦人と、撫子薫る姫君
お越しいただきありがとうございます!
飛鳥創(So Asuka)と申します。
普段はIT関連の本なども書いているのですが、新連載『江戸もどき異世界にスマホと召喚された俺、AIと一緒に未開国を大改革する 〜黒船で脅せば屈すると思った? 残念、すでに文明開化してます〜』をスタートいたします!
工学系SEの青年がスマホとローカルAI、ソーラー充電器を片手に、江戸時代に酷似した和風異世界へ召喚され、男装の美しき姫君や天才職人たちと共に国を大改革していく物語です。
爽快な技術無双、美麗な着物とヒロインの胸キュンな絆、そして黒船列強に対する大逆転の文明開化劇をたっぷりお届けします!
随時更新して参りますので、どうぞ気軽に楽しんでいってください!
網膜を焼くような白光が収まったとき、鼻腔をくすぐったのは、むせ返るような青草と乾いた土の匂いだった。
アスファルトの照り返しも、オフィスビルの立ち並ぶ見慣れた街並みもない。
目の前に広がっていたのは、見渡す限りの赤茶けた田畑と、どこまでも青く澄み渡った夏空だった。
「……うそだろ。ここ、どこだ?」
司馬宗介(しば そうすけ・二十二歳)は、思わず手近なあぜ道に膝をついた。
下町の小さな町工場生まれで、大学の工学部を出てからはシステムエンジニアとして働いている。幼い頃から機械工作とプログラミングが三度の飯より好きで、休日は秋葉原の電子街に入り浸っては電子部品や自作ガジェットを買い集めるのが習慣だった。
今日も買い込んだマイコン基板をリュックに詰め、駅の改札を通ったはずだった。手元に残されているのは、さっきまで弄っていた愛用のスマートフォンと、趣味のアウトドア用に携帯していたポータブルソーラー充電器、そして大容量のモバイルバッテリー。それだけが、元の世界と自分をつなぐ唯一の遺産だった。
(突然の転移か……? だが、トラブルが起きた時こそ、まずは現状把握とデータの切り分けだ)
システムに深刻な不具合が出た時と同じように、宗介はひとつ深く息を吸い、思考を整えた。目の前の困り事や理不尽なトラブルを前にすると、原因を突き止めて解決せずにはいられない――それがエンジニアとしての彼の性分だった。
『マスター、生体反応および周辺環境の同期が完了しました。異常な空間転移現象を検知。現在地の緯度経度情報は、既知の地球衛星測位データと照合不能です』
ポケットの中で微かに震えたスマホの画面が、淡い光を放ちながら立ち上がった。
画面の中央で、水色のショートボブを揺らす半透明な少女のアバターが、パチクリと目を瞬かせる。宗介が個人的な実証実験のために端末へ組み込み、自らチューニングを重ねてきた完全オフライン稼働型のローカル生成AI――『シズク』だ。
「シズク……生きてたか。通信回線は?」
『圏外です。基地局シグナル、電波塔反応ともにゼロ。ただし、内部ストレージに保管されている技術・学術データベース、土壌・画像解析モジュール、音声翻訳ライブラリはすべて正常に稼働しています』
シズクは瞬きをしながら、端末の内部診断ログをスクロールさせた。
『さらに、空間転移時の未知の高エネルギー干渉および空間歪曲ノイズにより、端末の光学CMOS素子、LiDAR、音響振動板、通信チップが不可逆的な量子変異を起こした模様です。……カメラを直接向けずとも、半径数百メートル以内の【全周囲赤外線熱源感知】【対象の微細生体スキャン(心拍・体温・声紋)】【地層・水脈の電磁エコー探査】、さらにはスピーカーを用いた【指向性音響パルス出力】が常時可能となっています。いわば、端末全体が超高感度な多次元センサーへと進化しました』
「マジか……。ただの市販スマホだったのに、とんでもない万能探査機に化けちゃったな。バッテリーの消費は大丈夫なのか?」
『超高効率な自己励起回路が形成されており、待機電力消費はむしろ従来の三分の一に低下しています。ただし、ソーラーパネルによる定期充電は欠かさないでくださいね』
「分かった。頼りにしてるよ、シズク」
宗介が立ち上がり、埃を払ったその時だった。
「――おい! そこの怪しげな身なりの者、動くな!」
凛と張り詰めた、しかしどこか鈴を転がすように澄んだ声が、あぜ道に響き渡った。
振り返った宗介は、思わず息を呑んだ。
そこに立っていたのは、一人の若武者――いや、よく見れば息を呑むほどに整った顔立ちをした、男装の少女だった。
身にまとっているのは、深く染め上げられた藍染めの木綿羽織に、動きやすそうな濃紺の袴。男物の装束でありながら、布越しにも伝わるしなやかな細身の体躯と、陶器のように滑らかな白磁の肌が、隠しきれない高貴さと艶やかさを放っている。
濡れ羽色の艶やかな黒髪は、高い位置でひとつに束ねられ、風が吹き抜けるたびにさらりと揺れた。汗ばんだ襟足の白さと、耳元からこぼれ落ちた一筋の後れ毛が、真夏の陽光に照らされて微かに煌めいている。
そして何より――彼女が一歩踏み出すたびに、真夏の熱気の中に、ふわりと品のある香りが漂った。
格式高い寺社を思わせる清涼な白檀の薫香に、少女らしい可憐で甘やかな撫子の花の香り。
(……めちゃくちゃ綺麗な人だ)
宗介が見惚れていると、少女は腰の刀の柄に手を添え、切れ長の涼しげな瞳をすっと細めた。
「南蛮の異国人とも思えぬが、見慣れぬ奇妙な衣を纏っておるな。そなた、何処の回し者じゃ? この緑川村の窮状を笑いに来たわけではあるまいな」
「あ、いや……怪しい者じゃありません。気がついたらここに倒れていて……」
「嘘を申すな。手にあるその黒く平たい板は何じゃ? 妖異の類か?」
少女の視線が、宗介の握るスマホに向けられる。
『マスター、対象の心拍数および声紋から強い警戒心と、同時に極度の疲労・焦燥感を検知。視覚データ照合――装束の染織技術、刀剣の反り、髪の結い方から、日本の江戸時代中期〜後期に酷似した封建文化圏と推測されます。友好的な対話プロトコルの構築を推奨します』
シズクの冷静な音声案内が、宗介のイヤホンを通じて耳元に届く。
宗介は両手をゆっくりと上げ、敵意がないことを示した。
「本当に怪しい者じゃないんです。この板は……旅の道具のようなもので。それより、あなたが言った『この村の窮状』っていうのは……」
宗介が周囲を見渡すと、一面の田畑は土が干からびて無数の亀裂が走り、植えられた稲の苗は黄色く萎れていた。遠くに見える用水路の底は完全に干上がり、痩せこけた村人たちが力なく座り込んでいる。
「……見ての通りじゃ」
少女は刀から手を離し、痛ましげに眉をひそめた。その横顔には、民を心から案じる深い憂いが滲んでいた。
「この緑川村は、ここ二月あまり雨が一滴も降っておらぬ。川の水も涸れ果て、このままでは秋の収穫は全滅……冬を越せずに飢え死にする者が大勢出る。妾がどれほど知恵を絞っても、天を動かす術など……」
少女が悔しそうに唇を噛み締める。その瞳に浮かんだ悔し涙と、ふわりと揺れた撫子の香りに、宗介の胸が強く締め付けられた。
(こんな綺麗な子が、必死で村を救おうとしてるんだ……)
「シズク、周辺の地形スキャンと地下水脈の探査はできるか?」
『了解しました。カメラの高解像度マルチスペクトル画像と、国土地理院アルゴリズムを応用した傾斜・地質推定モデルを展開します……解析完了。周辺の扇状地地形、および地表の乾燥度合いから推定。北側の丘陵地帯の地下約五間(九メートル)前後に、豊富な帯水層(伏流水)が存在する確率――九一・四パーセントと算出されました』
「確率九割超えか……! シズク、あの丘のふもとの植物を拡大してくれ」
宗介はスマホの画面をピンチアウトし、丘陵の斜面を凝視した。
周囲の田畑がカラカラに干からびている中、その一角にだけ、湿地を好むスギナや青々とした苔が、わずかに自生しているのが画面越しに映し出される。
「間違いない。地表は乾いていても、あの地下には水脈が通ってる……! 地形の傾斜を利用してサイフォンの原理を使えば、竹樋だけで村全体へ清水を引けるぞ」
宗介は確信を持って顔を上げ、男装の少女の瞳をまっすぐに見つめた。
「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「……沙羅と申す。名乗るほどの者ではないが」
「沙羅さん。俺に、この村の水を引く手伝いをさせてくれませんか」
「何……? そなた、水が出るとでも申すのか!? この干からびた大地の何処から……」
驚きのあまり目を見開く沙羅。その拍子に、結い髪からこぼれた黒髪がさらりと肩を滑り落ちた。
宗介はスマホの画面をそっと沙羅の前にかざした。画面には、村の立体図と、推定される水脈のルートが鮮やかに映し出されている。
「ほら、あの北の丘のふもとを見てください。あそこにだけ、湿り気を好む草が生えていますよね? この板が計算した場所を少し掘って、竹を繋いで水路を作れば、今日中にも水が田んぼに戻ります」
「ひゃっ……!? ひ、光る板の中に……村の景色が描かれておる……!?」
「これは俺の故郷の『計算機』です。嘘じゃありません」
「ま、真か……!? あの草は、確かに水が染み出しておる証拠……!」
沙羅が思わず身を乗り出し、宗介の腕をぎゅっと掴んだ。
至近距離から漂う、甘く清らかな白檀と撫子の香り。そして、触れ合った指先の柔らかさと温もりに、宗介の心臓が跳ね上がる。
『警告。マスターの心拍数が急上昇しています。冷静沈着なエンジニアリングを心がけてください』
「っ……シズク、余計なツッコミはいいから!」
「ん? 今、板の中から女子の声が聞こえたような……?」
沙羅がきょとんと首を傾げ、大きな瞳で宗介とスマホを見つめる。
照れ隠しに咳払いをひとつした宗介は、力強く頷いた。
「さあ、行きましょう沙羅さん。村の大工さんや男手を集めてください。この村を、絶対に救ってみせます!」
真夏の乾いた風の中、異世界から来た青年と、撫子の香る姫君の運命の歯車が、いま静かに回り始めたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
「ちょっと面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、
ページ下部の【ブックマーク追加】や【評価】をいただけますと、執筆の大きな励みになります!
次回更新もお楽しみに!




