19.旅立ちの前日
「これでよし……と」
旅立つための荷物がまとめ終わり、あとは明日の朝を待つだけ。
持っていくものは当面の食料、着替え、種などだ。
食料が尽きそうになる前に【岩石生成】で簡易的な家を建て、種を蒔いて3日後に収穫して食料を補充する。
その間、狩りも並行して行って……という計画だ。
人のいる村に寄るのもいいとは思うが、この人数の亜人を連れて行くのは敵対者とみなされる恐れがある。
俺だけで村を訪れるとしても、その間みんなが冒険者に見つかり、危険な目に遭うかもしれない。
そのため、できるだけ自給自足が望ましいと判断した。
旅に出るのは俺、ワーキャットのミィ、グリフォンのリーフ、ゴーレムのレム、土の精霊の分体のスー、アルラウネのルゥの6人だ。
その場を動けないウンディーネのティーネ、俺たちの帰る家を守ってくれるゼファーはこちらに残ることになった。
ゼファーは約束通り、定期的にティーネを色々な場所に連れ出してくれるそうで、ティーネも退屈はしないだろう。
「ゴロー! ゴロー! ミィもゼファーに乗りたいにゃ!」
「え!?」
俺がそんな考え事をしていると、急にミィに話しかけられる。
どうもゼファーに乗りたいそうだが……たぶんスーがゼファーに乗って空を飛んだことを自慢したのかな。
「あ、あノ……よければワタシも……」
「わわわ、わたしは周りの植物が邪魔と思いますが……その……」
みんなを集めて旅の会議をしていたから、レムやルゥも興味津々だ。
「あのー……ゼファーさん、みんなこう言っているのですが……」
『……ゼファーでいい』
「え……?」
『我とゴローは対等……いや、ゴローの方が上だろう。他の者と同じように接するがいい』
……神に近い存在のドラゴン、ゼファーを呼び捨てにするのもどうなんだろうと思うが、割とゼファーは頑固で言い出したらなかなか意思を曲げない。
「……分かった、ゼファー、これでいいか?」
『ああ……そしてそこの子らを乗せて飛べばいいのだな?』
「わくわくするにゃー!」
「初めての経験でス……気持ちが高鳴りますネ……」
「お、お邪魔しますっ……」
ミィ、レム、ルゥの三人がゼファーにしっかりとしがみつき、ルゥはツタをみんなとゼファーに巻き付けて、万が一の際の命綱にしてくれた。
『よし、それではしっかりつかまっておくのだぞ』
ゼファーはそう言うと上昇を始め、俺たちの遥か上空へと浮かび上がった。
「ゴーーーローーー! すごいにゃーーーー!!!」
上空からでも分かるミィの声。
楽しそうで何よりだ。
「……ゴロー、少しいいだろうか」
「ああ……どうしたんだ、リーフ」
「私が譲渡された力についてなのだが……」
リーフがゼファーに渡された力について話してくれた。
今のリーフでは全ての力には耐えられないため、己を鍛えることで力が解放されていくこと。
現段階では、風を操作して鋭利な刃で切り裂いたり、空気の塊を作り敵を圧死させたり……そして。
「どうだ、ゴロー」
「う……浮いてる……?」
対象を不思議な力で浮かせ、空を飛べるようにできる力が備わったとのこと。
「そういえば空気の塊を作る技、俺との戦いでは使ってなかったような……」
「ああ、どうも呪縛と理性でせめぎ合っていたらしく、全ての力は使えないようになっていたそうだ」
「なるほど……だから倒すことができたんだな」
もし全力を出されていたとすると、俺はここにいなかったかもしれない。
そして、もしかするとこの先の他のドラゴンたちも同じように……。
「ただいまにゃー!」
「帰りましタ……すごい体験でしたネ……」
「はわわ……まだふわふわしてます……」
と、そこに空の旅をしていた三人が帰ってきた。
空を満喫して興奮気味のミィ、一見落ち着いているように見えるけど内心すごく興奮しているのが分かるレム、刺激が強すぎたのか足元がおぼつかないルゥ。
三者三様の反応でちょっと微笑ましい。
『さて、ゴローよ……』
「はい、それでは今日はこれを……」
対価が欲しいと言うことだろうと判断すると、俺はブドウをゼファーに手渡す。
「これは中の実だけを食べて、皮と種は出してくださいね」
『面倒だな……気が向いたら出すことにしよう』
「ははは……」
『それと……言葉遣いが戻っているぞ、ゴロー』
「……あ! ご、ごめんゼファー」
「ゴローは真面目だからにゃー」
そう言いながら笑うミィ。
いや、みんなが順応が早すぎると言うか……相手は神に近い存在なんだけど……まあいいか、それがみんならしいし。
「それじゃ、お昼ご飯にしようか」
「今日はどんなおかずが出てくるのでしょうカ……楽しみでス」
「ゴローの作るご飯、美味しいから楽しみにゃー」
「わ、わたしも今日はお邪魔してもいいですか……?」
「ああ、もちろん。ゼファーの分も作っておくよ」
『うむ、このブドウとやらを食べ終わったら行くとしよう』
こうして、ゼファーの遊覧飛行をみんなが楽しんで午前の時間は終わったのだった。
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「ティーネ、いる?」
しばらく旅に出るため、ティーネのところへ顔を出しにきた。
「はい、もちろんです! ……明日、旅立たれるのですね」
「番になってすぐでごめん……もっと一緒にいれたらよかったんだけど」
「いえ、こうしている間にもドラゴンが活動していたらと思うと……ですよね? ゴローさんはお優しいですから」
「……お見通しか、敵わないなあ」
そう、今も他のドラゴンによる破壊活動が行われている可能性はある。
西はウインドドラゴン、北はウォータードラゴン、南はアースドラゴン、東はファイアドラゴンの目撃情報が多いらしく、東西南北を分割して管轄していると思われる。
今は西のウインドドラゴン……ゼファーを解放したので、この影響で管轄が崩れるのか、それとも西は平和になるのか……それはまだ分からない。
「ゴローさんがお優しいのは分かります。でも……ご自分を犠牲にしないように気をつけてくださいね」
「……ああ。こんなにかわいい番の子が待ってくれているんだから、絶対に無事に帰ってくるよ」
「ゴローさん……ああ、今すぐにでもあなたのこどもが欲しいです……が、最初はミィさんと決められていますからね」
「一応ミィたちの常識で言うと成人済みらしいんだけど、俺のいた世界のことを思っちゃうと、どうしてもね……あと、ちょっとまだ言動とかもこどもっぽいというか……あっ、これミィには内緒だから。こども扱いすると怒るし」
「ふふふ……もちろんです」
俺の言葉を聞いてティーネが笑う。
「そうだ、今日はこれを持ってきたんだ」
「種……ですか?」
「ああ、俺の魔法で育つのを早くできるから、いろいろ持ってきたんだ。毎日違う果物を食べるのを楽しんでもらえたらなって……」
俺は湖のすぐそばにある広場に種を植え、魔法をかける。
これで3日で実を付けるようになる。
「ゴローさんは凄いですね……色々なスキルや魔法まで……」
「と言ってもこれはみんなのおかげだからね……俺一人の力じゃないよ」
「ふふ……あっ、そういえばわたくしのスキルのこと、忘れてましたね……」
言われて気づく。そういえばティーネのスキルって……?
「わたくしのスキルは【水の生成】です。わたくし……というかウンディーネは全員このスキルを持っています。水を作り出すのがわたくしたちの使命ですから」
「すごい、旅にぴったりのスキルだ……ありがとう、ティーネ」
「お役に立てて嬉しいです……温度の調整もできますので、練習してみませんか?」
「それじゃあお願いしようかな」
明日旅立てばしばらくティーネに会えなくなるし、今日一緒にいる口実もできて嬉しく思いながらスキルの練習を始めた。
こうして、旅の途中の飲み水の問題も解決でき、準備万端で旅立ちの日を迎えた。
 




