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9話 シノという少女

 ユーリアはぬいぐるみのオレを抱き、頬ずりしている。

 頬にキスしたり、鼻にキスしたり、モフモフした腹にまでキスしてきた。


 オレはされるがままだ。なあ、これって強制わいせつじゃね?

 それはともかく、額以外の部分ならばキスされたとしても、人間の姿には戻れないようだ。


 ユーリアはオレを抱えたまま、ベッドにごろりと転がった。


 このぬいぐるみの体は足で蹴りあげられ、天井までとばされた。

 落ちてくるオレを、両足ではさんでキャッチ。

 彼女は足癖が悪いらしい。


 今度は手や足や尻尾をひっぱられた。

 痛い。ぬいぐるみの姿になっても痛覚はあるようだ。

 次第に扱い方が乱暴になってきてねぇーか?

 

 やがて彼女は疲れてきたのか、消灯し、ベッドの布団に入った。


 その隣でぬいぐるみのオレも、いっしょに眠りに就いた。



 …… ……   …… ……   …… ……



「ねえ、凛」


 誰かがオレを呼び起こす。

 すぐにシノだとわかった。


「凛?」


 起きてるよ。だけどぬいぐるみだから返事ができないんだ。


「無様ね」


 うるせえ。

 彼女はぬいぐるみの体を持ちあげた。


「現れろ、凛! でてこい」


 そういわれても、ぬいぐるみから自ら抜けだすことなんてできない。

 彼女が唇を近づける。

 おそらくユーリアの真似だろう。


 額に柔らかいものが触れた。

 それでも何も変わらない。人間の体を顕現させることはなかった。


「あの小娘と同じことができないとは……」


 シノは首をかしげているが、小娘って。お前の方がチビ助だろ。


 彼女は口角を吊りあげた。


「……なんていうと思った、凛? 本気を見せてあげるわ」


 とっとと見せてくれ。


 オレをベッドの上に置く。

 ぶつぶつと何かを唱えはじめた。そして叫ぶ。


「いでよ、凛!」


 身震いしてしまいそうなほど恐ろしい声だった。

 幼い顔がほんの一瞬、妙齢の女のものと化した。

 気のせいかもしれないが、少なくともオレの目にはそう映った。


 彼女が再度ぬいぐるみの額に口づけする。

 そして奇跡は起きた。


 ぬいぐるみから、オレの体が抜けだしていく。もちろん人間本来の体だ。

 これはすごい。ユーリアではなくとも、オレを顕現させることができるなんて。


 シノはオレの体を見て、冷ややかにフッと嗤った。


「これでも着たらどう?」


 わっ、眩しい。


 閃光が走り、思わず目を瞑った。

 瞼を開けると、オレは着衣していた。

 古風で簡素な袴だ。


「おお、サンキュー」


 シノは向きを変え、ベッドで眠るユーリアの顔をのぞく。

 指先で寝顔をちょんと突いた。


「ユーリアという名だったかしら。根は悪い人物ではなさそう。それになかなかの別嬪(べっぴん)ね」


 ユーリアの顔で遊ぶ彼女に、尋ねてみる。


「あのさ。シノって、もしかして『しいちゃん』なのか」


 シノの指先がユーリアから離れる。彼女はゆっくりふり返った。


「気づくのが遅すぎよ」

「いや、ずっとそうかな、とは思っていたさ。だけど確信が持てなかったんだ」


 彼女はいたずらっぽい顔を近づけてきた。


「で、凛。『しいちゃん』に会えた感想は?」

「ずっとずっと会いたかった。だから嬉しい」

「それはそれは光栄だこと」


 感情のこもらない語調だった。

 さらには軽くデコピンしてきた。ちょうどそこは、彼女がオレを顕現させるために、唇で触れた位置に相当する。


「いてぇーよ」てのひらで額を押さえた。「初めてシノと会ったのって、オレが六歳の頃だったな。もう十一年も経ったのか」


「もっと前にも会っているのよ」


 もっと前に? はて……。

 思いだせない。


「あのときより、さらに三年前のこと。凛は老いた女に連れられていた」

「あれより三年前って……オレが三歳の頃か。もしかして村で迷子になったときかな」


「そう。凛は老女の手から離れ、一人で結界を超えてしまった」

「ふうん、結界なんてものがあったのか。それで結界を超えたオレは、夏水山、いわゆる牛鬼の山にのぼったってことか?」


 シノは(かぶり)をふった。


「いいえ、麓までよ。あの坂道は三歳児の体力では、まず無理。それでも凛の霊力はたいしたものだった。実際、すこぶる感心したわ」


 へえ、そんな昔からオレたちは会っていたのか。


 ぶっちゃけ、憑依されるのって、あまりいい気はしなかった。

 だけどそれが昔からの馴染みのモノノケだったのなら……そんなに悪いもんじゃないかぁ。


 それにしても、しいちゃんがモノノケだったとはな。

 あれっ、モノノケ? 待てよ……。


 そうだ、しいちゃんはモノノケどころじゃないのでは!


 ベッドで眠っているユーリアという少女を指差した。


「オレはこの子によって、この世界へ召喚されたことになっている。んで、彼女はオレを山神だと勘違いしている。それで思ったんだけどさ、シノの正体こそ、実は山神じゃないのか。夏水山の」


「そのとおりよ。いまは存在しない夏水山の山神だった」


 やっぱりか。


 夏水山は結界の中でしか存在できなくなっていたようだが、その結界を無意識に破って訪れてしまうなんて、ガキの頃からオレの霊力ってすごかったんだな。


「凛には悪いと思っているわ。本来、そこの小娘に召喚されるのは、あたしの役割だったはず。凛に憑依したばかりに、迷惑をかけてしまったのね」


「迷惑なんてとんでもない。オレはシノに命を助けられたんだぜ」


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