10話 満天の星
ベッドで眠るユーリアが寝返りをうった。
シノの耳元に口を近づけ、声量を抑えて提案する。
「もっと話がしたい。だから場所を変えないか。ここじゃユーリアを起こしてしまいそうだ」
彼女はゆっくりとした瞬きをもって、首肯の意を示した。
ユーリアの眠る部屋から、そっと静かに退出する。閉める戸の音にも注意を払った。
部屋の外には長い廊下が続いていた。
この建物ってどれほどデカいのだろう。
「こっちよ、きて」
シノが歩きだす。どこへ連れていくつもりなのか。
壁のところどころに、点灯したランプが設置されていた。
だが場所によっては結構暗いところもある。
ひたすら進むと階段があった。階段は上にも下にも続いている。
彼女は上を向いた。あがっていくつもりのようだ。
シノが階段をのぼり、オレもあとを追う。
上の階までくると、すぐ行き止まりになった。
しかし壁にはドアがあった。
シノがドアを開ける。
その向こうは小さな屋上だった。
彼女とともに外へでた。並んで腰をおろし、いっしょに満天の星空を見あげる。壮美な大パノラマに心を奪われ、あっと声を漏らしてしまった。
ついでに大きなクシャミもでた。
思いのほか、夜風がひんやりしていたせいかもしれない。
このクシャミにシノが笑う。
彼女の無邪気な笑みを見たのは、この世界にきてから初めてのことだ。
だけどオレのクシャミって、そんなにおかしかったか?
「凛はぜんぜん変わってない。体が大きくなっても、あの頃のままね。小さな凛が大きなクシャミをするときは、決まってギュッと目を瞑っていた。それが可愛くて可愛くて」
シノが頭を撫でる。オレはその手を払った。
「笑うな」
このあと当時の思い出を二人で語りあった。
しばらくして、ふわぁっとアクビがでた。
するとシノは話をやめ、立ちあがった。
屋内に向かって歩こうとする。
「どこいくんだ」
「凛は眠いのでしょ? 子供はもう寝る時間だから」
「誰が子供だ。外見だけならば、シノの方がよっぽど子供じゃん。てか、実はシノこそ眠かったんじゃないのか」
「あたしは山神よ。めったに眠くなることなんてない」
オレは目をすがめ、疑いの眼差しを送ってやった。
彼女が黒髪を掻きあげる。
「もしあたしが眠ったら、百年や二百年は目覚めないわ……」
「百年や二百年? それ本当か。そんなに眠るのか?」
だとすれば彼女にここで眠られてしまうと、このちんぷんかんぷんな世界で、オレは独りぼっちになるってことじゃん。それって、かなり心細いというか、半端じゃなくキツいぞ。
「……なんてね」
「な、なんだ。冗談か」
二人で屋内に戻り、階段をおりていった。
廊下を歩き、角を曲がる。
「わあ!」
驚愕のあまり尻餅をついてしまった。
いてててて。
廊下の角の向こうに人がいたのだ。
驚いて尻餅をついたのはオレばかりではなく、相手も同様だった。
相手はすぐに立ちあがった。
大きく後ろへ跳び、オレから距離をとった。
彼の背後には連れが三人いる。四人ともここの使用人だろうか。
それにしても皆よく似ている。かなり小柄な体躯で、ユーリアよりも背が低いくらいだ。目はぎょろっと大きく、尖り気味な耳もデカい。猫背でガニ股だが、胸板は厚く、腕も太かった。
彼らは一人を除き、いっせいに腰から短剣を抜いた。
ずいぶん警戒しているようだ。
四人のうち三人が短剣を片手で構えているが、いつもそんな物騒なものを持ち歩いているのか。こえーな。
残りの一人は短剣の代わりに、大きな袋を肩にかけていた。何が入っているのだろうか。まさかもっと恐ろしい武器なんてことは……。短剣よりもむしろ袋の方が気になる。
きっと彼ら四人は、オレとシノのことを『屋上からやってきた不法侵入者』とでも思ったに違いない。
「ちょっと待ってくれ。オレたちは怪しい者じゃない」
いってすぐに後悔した。『怪しい者じゃない』なんていったら、余計に怪しまれるだけだ。
「オレたちだと? 仲間がいるのか?」
彼らが反応したところは、そこだった。
ああ、そうか。ユーリアやティラ同様、彼らにもシノの姿が見えていないのだ。
「いや、間違えた。オレだけだ」
こっちをじっと見据えている。
余計に怪しまれたか?
このようすだと召喚されたオレのことを、ユーリアから何も聞いていないのだろう。おそらく召喚があまりにも突然だったため、一部の使用人にはまだ話がいっていないものだと考えられる。
彼らは仲間同士でヒソヒソと相談を始めた。
話が終わると、いっせいに襲いかかってきた。




