20話 リザードマン
ムアはリチナのもとに寄っていった。
「トロールなんかが美味いか」
「うーん、普通?」
普通という割には、美味しそうに食べている。
あんなにグロくて、臭みの強烈なものを。
「そこに顔が転がってるが、やはりリチナにとっても、頭部だけは不味いのだな」
「ううん、脳みそは美味いよー。あとで食べる。ムアもいっしょに食べる?」
「馬鹿なことをいわないでくれ。わたしは遠慮する」
村人たちが大広場から散っていく。
ジルとヨビも帰ろうとしていた。
「待ってください。わたしへの報酬についてですが、できればいますぐにでも、受けとりたいのですが」
もうこの村から退去したかった。シノ、凛、リチナといった化け物とは、これ以上いっしょにはいたくない。
「それはできません」
ヨビが頭をふる。支払いの前倒しには応じられないらしい。
しかしそれが契約なので納得するしかなかった。
二人が踵を返そうとしていたところへ、前方から武装した男が走ってきた。
その恰好を見たことがあった。村の入り口にいた者だ。
任務としてはボーダー警備員や門兵といったところだろう。
「ヨビ様ぁー、ジル様ぁー」
やってきた男に、ヨビが尋ねる。
「何事だ」
男はぜえぜえと肩で息をしている。
ようやく顔をあげた。
「村外部からの来客です」
また誰かが村にやってきたらしい。きのうのミノタウロスや先ほどのトロールに続き、今度はどんなヤツの登場なのだろう。
ヨビが眉間に皺を寄せる。
「当然、今度は人間だろうな?」
「いいえ、リザードマンと思しき者です」
「何、リザードマンだと? わかったすぐに向かう」
男にそう告げ、ふり返った。
「貴殿もお供願います」
ムアに銀貨一枚を手渡そうとしている。
護衛の依頼のようだ。
「わたしとしては銀貨よりも、報酬の支払いを早くしてもらいたいものです」
「銀貨一枚のような端金ならばともかく、多額のカネの管理をしているのは、長老院の中では別の者です」
ムアはがっかりしながらも、銀貨を受けとった。
村の出入り口の門に、二体のリザードマンが立っていた。
仮にトラブルが発生しようとも、二体だけならば容易に打ち負かす自信はある。
それに村人たちは口が堅いらしいので、安心して魔物を殺すことができる。
ヨビが挨拶する。
「わたしたちは領主に代わり、村々を管理する長老院の者です」
「我々はこの小国に派遣された中央官吏だ。ここらの村々の領主に会わせてもらおうか」
リザードマンの目つきは悪い。
ヨビとジルは低頭した。
「手前どもの領主は重い病を患っており、客人たちとの面会はできかねます」
「いかなる領主であっても、国庁での登録や更新が必要だ。しかしここ一帯を治めている領主は、ずいぶん長いこと更新をしていない」
ヨビとジルの額から汗が滴り落ちる。
「承知しております。ですが本当に領主の健康状態が思わしくなく、更新手続きはたいへん困難な状態です。中央官吏の方々がいらっしゃったことは、もちろん領主に報告させていただきます。本日はどうかお引き取りをお願いいたします」
ヨビとジルはリザードマンをなんとか説得して帰らせた。
とりあえずムアの出番はなかった。
長老院二人の顔に疲労が見られる。
「貴殿たちの領主というのは?」
「山羊男です」とジル。
彼らはそれしか答えなかった。
ムアはヨビとジルを見送ったのち、一人で丸太小屋に戻った。
ニーロとジェドモとリチナの三人がいた。
リチナの衣服はしとどに濡れ、下着が透け透けだった。その衣服について話を聞いてみると、トロールを食したときに汚してしまい、川で洗濯してそのまま着込んだのだという。
そんなリチナを眺める男二人の視線。
しかし彼女本人はまったく気にするようすもない。
ジェドモが寄ってくる。
「ムアちんも鎧の下、ちゃんと洗濯してるのかな? なんだったらオッチャンが、丁寧に洗濯してきてあげようか」
ロングソードを抜いた。
ジェドモが慌てて丸太小屋をとびだしていく。
「ごめんちゃーい」
しばらくしてノックがあった。
ジェドモが戻ってきたのだろうか。
ドアを開ける気にはなれなかった。代わりに開けたのはニーロだ。
そこに立っていたのはジェドモではなく、例の若者たち九人だった。
彼らは小屋の中のムアを見つけると、戸口でいっせいに低頭した。
「ムア様にお話があります!」
今回、ずいぶん気合が入っていた。
少し震えているようにも見える。
「悪いがニーロ。代わりに聞いてやってはくれないか?」
「イヤでーす」
「ぼ、僕たちは真剣なんですっ」
若者たちの顔をじっと見据えた。
彼らの眼差しを見ていると、無下にはできなくなってきた。
少しだけ話を聞いてみようか。
「わかった。入ってくれ」
しかし彼らは頭をふるのだった。
「すみません、ここでできる話ではありません」
長老院たちのときと同様、仕方なく場所を変えてやることにした。
話は川のほとりですることになった。
若者がその川を指差す。
「この川は村にとっての母なる川です。底には肥沃な土が溜まっていまして、それを畑に撒きますと作物が元気に育つのです」
ムアには興味なかった。
「そんなことはどうでもいい。さっさと本題に入ってくれないか」
「はい。実は……」
若者たちの目が鋭くなる。
きらりと光るものを袋からとりだした。
「おいっ、お前たち!」
ムアがロングソードを抜く。
若者たちがそれぞれに手にしているのは、農作業用の『鎌』だ。
「そんなものでわたしを殺せるとでも思っているのか」
彼らは首を横にふった。
「いいえ、まさか」
「ならば人を殺すためのものではないと?」
「いいえ、殺すためのものです」




