21話 開始の笛
どうしよう! これから競魔稽古だというのに、食いすぎて腹が重たい。
もったいないからといって、デザートまで無理して食べるべきではなかった。
ユーリアや同級生たちに連れられ、魔導館へと歩かされている。
他の多くの生徒たちも、ぞろぞろと同じ方向に歩いていく。
まもなく競魔稽古が始まることは、全校生徒の耳に入っているのだ。
ああ、腹が苦しい。
ユーリアには悪いが、開始とともに降参しようか。
やっとの思いで魔道館に到着。
とうとうこのときがやってきた。
ユーリアは大勢から注目されて表情がコチコチだ。
ごめん、ユーリア。そんな緊張せずとも、オレすぐ負けるんで。
魔法科教師のミチニーカが魔導館の中央に立った。
大観衆を見回す。
「皆さん、これよりアミレロス・インザケトアさんとユーリア・ウィルハイザさんの競魔稽古を始めます。これは互いの魔法を高め合うためのものであり、学校教育の一環として認められた練習試合です。在学中の『使い魔召喚』は極めて稀なことでして、その時期が重なったのは、当校の長い歴史において初のこととなります。両生徒ともこの稽古を通じて、多くのことを学びとってください。以上」
ミチニーカは観衆の大拍手の中で退場した。
オレの周囲にはユーリアと同級生たちがいる。
金髪縦ロールのシャナレミアが正面にきた。
「使い魔様、わたくしたちの名誉のため、必ずや勝利をお掴みください」
イヤだね。
即、降参するさ。
ところが……。
「凛、絶対勝ってきて」
ユーリアが顔をあげ、強い口調でオレにいった。
忘れていた……。
どういうわけか使い魔は、主人の命令が絶対なのだ。
その気がなくとも不思議な力で強制されてしまう。
これは困ったぞ。全力を尽くさなければならなくなった。
降参や逃亡という選択肢が消えてしまったのだ。
くそ、くそ、くそ。
こんな腹のコンディションの中、勝負を投げだすことは許されないのか。
オレはユーリアたちに送りだされた。魔導館の中央へと歩いている。
ああ、腹が……。
最悪だ。食い過ぎて苦しんでいるところに運動なんて無理だ。
ユーリアよ。お前、オレを殺す気なのか。
ふたたび拍手がどっと湧きあがった。
頼むから拍手はやめてくれ。きつくなった腹に響く。吐きそうだ。
しかし拍手はさらに高まるのだった。
いよいよ相手の使い魔が登場するらしい。
白煙が立ちあがった。
相手の上級生が、使い魔を顕現させたようだ。
あ・・・・・・・・・・・・。
そいつを見た瞬間、死を確信した。
ふざけんな。卑怯だぞ。なんだよ、それは!
ドラゴンじゃん。
無理無理無理無理無理無理無理。
命がいくつあっても足りゃしない。脳みそは勝負を激しく拒否しているのに、この体はそれを無視して戦おうとしている。
生徒たちはドラゴンと山神の対決に歓喜している。
オレ、山神じゃないんだけどなあ。
「シノ、シノ、シノ! いっしょに戦ってくれ」
なんの応答もない。
巨大なドラゴンと目が合った。
右手が熱くなる。だけど今回は無理だ。弱小怪異ならばこの右手で何度も倒してきたが、相手があんな大物ではこっちが瞬殺されてしまう。
壁に背をつけたミチニーカが、笛を口もとへと運ぶ。
すぐに理解できた。笛が戦闘開始の合図なのだ。
もうおしまいだ。
オレの頭の中は真っ白になった。
「お待ちください、ミチニーカ先生」
開始を止めようとする声があった。
ユーリアたちのいる方からではなく、敵側からだ。
一人の生徒が歩いてくる。
「この勝負もとい稽古は、延期とさせてもらえませんか」
救いの天使かと思った。
誰だよ、このお方は。
彼女がまっすぐこっちに近づいてくる。
「凛くんだよね」
オレのことを知っているのか。
そんな馬鹿な。こっちの世界にゃ、知り合いなんていないはずだ。
じっと彼女の顔を見据える。
懐かしい気持ちになった。
「アミちゃん?」




