11話 三つの短剣
三つの短剣が襲ってくる。
しかし突如としてその勢いはピタリと止まった。鋭い短剣を握った彼らが、いっせいに後方へと転がっていくではないか。まるで見えない壁にでも跳ね返されたようだった。
豆鉄砲を食らったような彼らの顔を見ると、ちょっと笑えてくる。
ふり向いたところで、シノが小さく首肯する。
どうやら彼女が山神の力で守ってくれたらしい。
サンキュー、シノ。
声にはださず、口の動きだけで、彼女に感謝を伝えた。
彼らはぴょんと起きあがると、その一人が尋ねてくる。
「おい、何者だ。まさか同業の者じゃあるまいな」
オレはここで働いているわけではない。しかし『新入りの使用人』としておいた方が話は早かろう。真相は明日にでもうち明ければいい。とにかくこんな夜間に、面倒なことは避けたかった。
「まあ、そんなところ……です」
そういい終わらないうちに、今度は矢が飛んできた。
大きな袋を持った男からだ。彼が手にしているのは小さな弓だった。
矢は眼前で見事に止まった。そしてカタッと床に落ちた。
またシノが助けてくれたのだ。
矢を放った者が地団駄を踏み、顔を歪める。
「奇妙な魔法を使いやがって! 我々の逆鱗に触れたらどうなるのか、わかっていないようだな。命乞いするなら、いまのうちだぞ。さあ、武器を捨て、盗んだものをすべて放棄しろ」
はあ? なんのダメージも与えられないくせに、そのようなセリフがよく吐けたものだ。てか、オレのことを泥棒みたいにいいやがって。
白けたように首をすくめてやった。
すると彼らの一人が、不気味な笑みを浮かべる。
「そうか。我々に従う気がないということか」
彼はそういうと、懐から丸いカプセルをとりだした。大きさはテニスボールくらいか。それを真上に放り、ヒューっと口笛を吹く。
小さなカプセルから、グレートデンのような大型犬がでてきた。
しかし犬というよりは化け物というべきか。首が三つもあり、前足から突きでた爪は、およそ三十センチほどの長さを持っている。
「ケルベロス、あいつを食ってしまえ」
化け物は命令を受け、牙を剥いた。
四人組が笑う。見物人と化した彼らは、ずいぶん愉快そうだ。両手を頭上にあげて拍手したり、片足ずつジャンプして見せたり。
皆、オレが化け物に食われるものと確信しているようだ。その化け物の強さに、よほど信頼をおいているのだろう。
だが、オレにはシノがいる。
ここでも彼女は守ってくれた。
小さな顔が気だるそうな表情を浮かべる。
突然、三つ首の化け物は、激しい炎に包まれた。悲鳴するように吠え、のたうち回る。もがくようすは、見ているこっちまで胸苦しくなりそうだ。
やがて化け物はカプセルに戻ってしまった。
彼ら四人は、大きな口をあんぐりと開けた。
一人が短剣を放り捨てると、ほかの者もそれに続き、短剣や袋を手放した。
彼らは横列に並び、土下座する。
「命ばかりはお助けください」
命乞いするならどーのこーのと、さっきはそっちがいってたくせに。
「別に命をとろうなんて思っちゃいないよ」
「では見逃していただけると?」
「そういうことになるのかな」
いっせいに顔をあげる。
「ありがとござぁーっす」
短剣や袋やカプセルを拾いあげるなり、兎のような跳躍でぴょんぴょんと逃げていく。階段をのぼった。屋上へ向かうようだ。
「あいつら、なんだったんだろう」
シノが呆れたような顔でオレを見あげる。
「まだわからないのかしら。あれらは泥棒よ」
「あっ!」
そういわれて、やっと気づくことができた。
確かに使用人としては奇妙だった。彼らが同業の者かと訊いてきたが、同業とはそっちの意味だったのか。
「あれらの顔を見ても、変だとは思わなかったの?」
「他人を顔で泥棒だと判断するのはちょっと……」
「あの顔が人間に見えたわけではないのでしょ?」
「いいや、人間だと……」
確かにずいぶん醜い面だなとは思っていた。ヤツらの目や耳の大きさは異常だったし、背丈も妙に低かった。それに声だって異様にしゃがれていた。そっか……。
いまさらだがやっと納得。
「凛には呆れたものね」
あとで知ったことだが、ヤツらはゴブリンなのだという。
この世界にはそんな奇妙なものがウジャウジャいるらしい。
そしてこの夜、さらに別の化け物と遭遇することとなった。