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第3章 第63話 答え合わせ

WHAのプレスリリースが公開されてから、その異常さが理解されるまでに、さほど時間はかからなかった。

発表された内容そのものは、決して異常なものではない。

所属ハンターが一人増えた。

ただ、それだけの発表である。

問題は、その名前と時刻だった。


 真神幸一郎。


日本国内で2つのダンジョンを完全攻略し、現在確認されている唯一の該当者として、その扱いを巡る法案まで作られているハンター。


そして、ここ半年近く、公の場から姿を消していた男。

その名前が、ハワイダンジョンで最終エリアへの挑戦が確認された直後、WHA会長レイチェル・アシュフォードの名で公表された。


偶然と片付けるには、あまりにも出来すぎたタイミングだった。


最初に反応したのは、当然ながらハンターに関わる者たちだった。


日本ハンター協会東京本部では、公開された文書が各部署へ転送され、担当者たちが過去数か月の記録を洗い始めた。


真神幸一郎から海外活動の申請は出ていない。JHAを通じてハワイダンジョンへ入った記録もない。そもそも彼がいつ日本を離れたのかさえ、JHAは把握していなかった。


だが、それは彼がハワイにいないことを意味しない。

WHAへ所属した時期も、そこへ至る経緯も分からない。

分からないことだけが、次々と判明していった。

やがて大阪支部へ問い合わせが集中した。

理由は単純だった。

真神幸一郎と最も多く接触していたJHA職員が、そこにいる。

藤堂だった。


     ◇ ◇ ◇


混乱は霞が関にも広がった。

つい先ほどまで、そこにいた者たちの関心は国会へ向けられていた。

数か月を費やした有識者会議。

省庁間の調整。

与野党による議論。

修正を重ねた法案は、ようやく衆議院を通過したばかりだった。

能力が高いというだけで、一私人から自由を奪ってはならない。

協力を求めるのであれば、本人の意思を尊重しなければならない。


当初よりもはるかに慎重な制度へと修正され、それでも国家と高位ハンターとの関係を初めて法律として形にしようとした一歩だった。


その採決直後に、ハワイで鐘が鳴った。


そして、その数分後にWHAが真神幸一郎の所属を発表した。


偶然なのか。

それとも、最初からこの瞬間を選んでいたのか。

答えを知る者はいなかった。

ただ、少なくとも一つだけ、これまでの前提が崩れた。

政府は半年近く、真神幸一郎が日本国内のどこかにいる可能性を前提として制度を考えてきた。

その本人が、いつの間にか国家から独立した国際組織へ所属していたのである。

法律そのものが無意味になったわけではない。

日本国籍を持つハンターとして、今後も関係する部分は残る。

だが、その制度の中心にいると考えていた人物は、政府が想定していた場所にはもういなかった。

机の上には、衆議院を通過したばかりの法案資料。

その横には、WHAのプレスリリース。

数か月をかけて作られた文書と、わずか数百文字の文書が並んでいた。

誰かが、ぽつりと漏らした。


「……何も書いてないな」


その通りだった。

真神幸一郎がWHA所属ハンターとなった。

書かれている事実は、それだけだった。

それなのに、その数百文字によって確認しなければならないことは、数え切れないほど増えていた。


     ◇ ◇ ◇


報道機関も動いた。

ハワイダンジョン最終エリアへの挑戦だけでも、世界的な速報となる出来事である。

そこへ真神幸一郎のWHA所属が重なった。

テレビ局では予定されていた番組が変更され、専門家への出演依頼が飛び交い、海外支局にはハワイとWHA双方の情報を確認するよう指示が出された。


新聞社も通信社も同じだった。

だが、どれだけ問い合わせても、肝心の部分だけが埋まらない。

ハワイダンジョンへ挑戦しているのは誰なのか。

真神幸一郎は今どこにいるのか。

いつWHAへ所属したのか。

WHAはプレスリリース以上の説明をせず、挑戦者の情報も公表されなかった。

だから報道機関も、両者を事実として結びつけることはできない。

見出しには疑問符がついた。

専門家は「可能性」を語った。

速報番組では、ハワイダンジョンと真神幸一郎という2つの名前が同じ画面に並んだ。

だが、その間にはまだ一本の線が足りなかった。


     ◇ ◇ ◇


その一本を勝手に引いたのが、ネットだった。


『これ真神だろ』

『まだ確定してない』

『じゃあなんでこのタイミングなんだよw』

『WHAに聞け』

『WHA「活動地域は公表いたしません」』

『知ってる奴の回答じゃねえかwww』

『半年どこ行ったって言われてた答えがハワイだったら笑う』

『笑えねえよw』

『今日、真神法が衆院通ったんだぞ』

『日本「法律作りました」』

『WHA「真神入りました」』

『真神本人どこだよwww』


 根拠のある推測。

 根拠のない推測。

 冗談。

 憶測。

 それらが入り交じり、真神幸一郎の名前は再び猛烈な勢いで拡散していった。

 そして日本だけではない。


 ハワイでは現地メディアがWHAへ確認を求め、アメリカ本土では政府機関やダンジョン関係者が情報を集め、各国のハンター組織もまた、ハワイとWHAという2つの情報を並べていた。

 世界中が、ほとんど同じところまで辿り着いていた。

 証拠はない。

 公式発表もない。


 しかし――。


 あまりにも条件が揃いすぎている。


     ◇ ◇ ◇


大阪支部にいた藤堂のもとにも、当然その波は押し寄せていた。

東京からの電話は、すでに3本。

4本目の着信表示を見て、藤堂は小さく息を吐いた。


「……忙しいなあ」


電話を取る。


『藤堂支部長。真神さんのWHA所属について、確認したいことがあります』


「でしょうね」


レイチェル・アシュフォードと幸一郎が接触することを知っていたのか。

知っていた。

何を話したのか。

知らない。

WHAへの所属について相談を受けていたのか。

受けていない。

ハワイについて聞いていたのか。

それも知らない。


東京が求める答えを、藤堂はほとんど持っていなかった。

ただ一つ、分かることがあるとすれば。


「真神さんが、自分で決めたんでしょう」


それだけだった。

誰に強制されたわけでもない。

JHAへ許可を求める必要もない。

幸一郎が話を聞き、自分で選んだ。

ならば、それは彼の選択だった。


『……ハワイの挑戦者も、真神さんだと思いますか?』


「さあ」


『本人に確認できませんか』


「東京から掛けてるんでしょう?」


『電話が繋がらないんです』


「でしょうね」


『藤堂支部長……』


 藤堂が苦笑した。


 その時だった。


 鐘が鳴った。


『――ハワイダンジョン、最終エリアの攻略を確認しました』


藤堂の表情が止まる。

電話の向こうも静かになった。

だが、鐘が告げる言葉は、それだけでは終わらなかった。


『ハンター、真神幸一郎が、試練を突破したことを、ここに祝福します』


『なお、ハワイダンジョンは、待機状態に移行します』


世界中で。


それまで一本だけ足りなかった線が、繋がった。


     ◇ ◇ ◇


 テレビ画面から疑問符が消えた。

 速報記事の見出しが書き換えられた。

 各国の政府機関で新しい報告書が作られ、WHAへ送られていた問い合わせの内容が変わった。

 JHA東京本部では、誰かが調べていた海外活動記録から手を離した。

 もう必要なかった。

 そしてネットでは。


『真神だったああああああwww』

『答え合わせ来たwwww』

『鐘が実名出しやがったwww』

『世界「ハワイ誰?」』

『WHA「真神が所属しました」』

『世界「まさか……」』

『鐘「真神幸一郎です」』

『wwwwwwwww』

『しかも待機状態www』

『完全攻略じゃねーか!』

『レイチェル絶対これ待ってただろwww』

『真神法が衆院通った日に何してんだよw』

『真神はハワイ攻略してただけだろwww』

『じゃあWHAは?』

『…………』

『会長名義』

『レイチェルwwwww』


 数時間どころか、ほんのわずかな時間だった。

 日本では、真神幸一郎との新しい関係を築くための法案が衆議院を通過した。

 ハワイでは、最終エリアへの挑戦を告げる鐘が鳴った。

 WHAは、真神幸一郎の所属を発表した。


 そして二度目の鐘が、そのすべてを一本の線で結んだ。

 半年近く姿を見せなかった男は、立ち止まっていたわけではなかった。

 日本で自分についての議論が続いている間にも、自分で次の場所を選び、自分でそこへ向かい、そして一つのダンジョンを最後まで攻略した。

 誰かに逆らうためでもない。

 誰かを困らせるためでもない。

 ただ、自分が選んだ先へ進んでいただけだった。


 その結果として。


 世界の方が、彼を追いかけて走り始めていた。

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