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第4章 第113話 循環…

第二回となる深層装備の適合評価が終わってから、世界各地の攻略速度は目に見えて上がり始めていた。


もちろん、真神幸一郎が所有していた深層装備を手にしただけで、誰もが突然強くなったわけではない。装備に振り回される者もいれば、適合していても出力を制御しきれない者もいる。新しい装備に合わせて戦い方を変えた結果、それまで問題にならなかった部分が新たな弱点として現れることもあった。


それでも彼らは進んだ。危険だと思えば帰る。何が足りなかったのかを確認し、それを地上へ持ち帰って研究者や支援者と共に考え、もう一度潜る。かつて幸一郎が一人で繰り返していた試行錯誤を、今では多くの人間が、それぞれの役割を分担しながら繰り返していた。


そして攻略深度が伸びれば、当然、それまで人類が手にすることのできなかった物も地上へ持ち帰られるようになる。


「……これ、俺持ってないな」


WHAの拠点で攻略報告を眺めていた幸一郎が、ある一枚の資料で手を止めた。先日、一つの攻略隊が持ち帰った細身の片刃剣だった。外見だけなら珍しいものではなかったが、暫定分析では既存の深層装備に見られなかった特性がいくつか確認されている。


同席していたセルマとレイチェルも資料を確認したが、確かに幸一郎が三つの完全攻略済みダンジョンから持ち帰った膨大な装備の中にも、同一の物は存在しなかった。


ダンジョンから得られる装備が常に同じとは限らない。攻略するダンジョンが増え、攻略者が増え、到達する階層が深くなれば、幸一郎自身が見たことのない装備が出てくるのも不思議ではなかった。


その説明を聞いた幸一郎は、意外にも嬉しそうだった。


「じゃあ、俺が持ってない装備も、これから増えるんだ」


「その可能性は高いでしょう」


「いいじゃん」


これまで行われていた適合評価は、言ってしまえば幸一郎が持っている装備に合う人間を探す作業だった。剣士だから剣を渡せばいいというほど単純ではない。同じ種類の武器でも重量、重心、魔力の流れ、付与効果、そして時には装備そのものの意思まで違う。そのため、世界でも屈指のハンターが強力な装備を手にしても、まともに扱えないことすらあった。


だが、装備そのものの種類が増えれば話は変わる。


「今は俺の持ってる装備に合う人を探してるだろ? でも数が増えたら、その人に合う装備を探せるようになるんじゃない?」


レイチェルもその意味をすぐに理解した。攻略者自身が深層から装備を持ち帰るようになれば、選択肢そのものが増えていく。しかも、その装備を持ち帰った本人が使う必要すらない。ある者には扱いにくい武器が、別の者には理想的な一品になる可能性もある。


さらにセルマが指摘したように、装備によってハンター自身の不足を補うこともできる。攻撃力、防御力、魔力消費、継戦能力。すべてを一人で備える必要はない。パーティで補い、それでも不足する部分を装備で補えばいい。


幸一郎はそこで、もう一つ疑問を持った。


「でも、全部ぴったりの装備なんて、そうそうないよな」


それは幸一郎自身が誰より知っていた。彼の《マジックボックス》に眠る装備の大半も、弱いから使わなかったわけではない。ただ、自分の戦い方には合わなかっただけだった。


ならば――合わない部分だけを変えることはできないのか。


威力は十分だが魔力消費が大きい。性能は申し分ないが重すぎる。ある能力は有用だが、別の部分が使用者の戦い方を邪魔する。そうした装備を、与えられた完成品としてそのまま使うのではなく、人間側から手を加えることはできないのか。


レイチェルの答えは慎重だった。現在の技術では、深層ドロップ装備の構造すら完全には理解できていない。異鉱物を利用した人類製装備でさえ、ようやく試作品を実戦へ持ち込めるようになった段階である。未知の原理で成立するドロップ装備への加工など、現時点では危険性の評価すら難しい。


「現時点では、推奨できません」


「今は?」


その聞き返しに、レイチェルは一瞬だけ黙った。


「……今は、です」


それで幸一郎には十分だった。


彼が持ち帰った装備がある。これから他のハンターたちが持ち帰る新しい装備もある。六甲山からは異鉱物が供給され、世界中の研究機関がその利用方法を探している。今すぐには無理でも、それらの知識が積み重なれば、いつか装備に人間を合わせるのではなく、人間に装備を合わせることができるかもしれない。


完成品として使うだけではなく、構造を知り、素材を知り、効果の仕組みを知る。利用できる部分だけを別の装備へ応用することも、異なる技術を組み合わせることも、今はまだ答えのない話だった。


だが、答えがないということは、研究する余地があるということでもあった。


レイチェルは研究部門へ新たな検討課題として伝えることを決めた。ただし、幸一郎が所有する深層装備を無断で分解することだけは認めない。その条件に幸一郎もすぐ同意した。


「壊されたら、使える人が出てきた時に渡せないだろ?」


自分の財産だから惜しい、という理由ではなかった。


セルマはそれを聞いて、僅かに表情を緩めた。


それから幸一郎は、もう一度、新たに持ち帰られた見知らぬ装備へ目を向けた。


「でも、いいな。俺が知らない物が増えてる」


8年間、幸一郎が歩いた場所には誰もいなかった。何を拾っても、何を見ても、それを知っている人間はいない。使い方も価値も、自分で試して確かめるしかなかった。


今は違う。


自分が歩いていないダンジョンを、別の誰かが歩いている。自分が拾わなかった物を、別の誰かが拾っている。そして、それを待っている研究者たちが地上にいる。


「そのうち、俺の方が『これ何?』って聞くようになるかもな」


その言葉にレイチェルは、すでに研究分野ではそうなりつつあると淡々と答えた。幸一郎が驚く横で、セルマも研究報告をほとんど読んでいないことを指摘する。


「長いんだよ、あれ」


「要約版もあります」


「それでも長い」


「三ページです」


「三ページもある」


世界最高峰のハンターが、三ページの報告書に負けていた。


だが、その視線はやがて別の資料へ移った。第一回の適合評価に参加した者たちも、第二回から加わった者たちも、すでに次の攻略準備へ入っている。適合する装備を得られなかった者でさえ、そこで止まってはいなかった。


世界中のハンターが、再びダンジョンへ向かおうとしている。


それを眺めていた幸一郎が、ぽつりと言った。


「……みんな、また潜るんだな」


セルマが肯定する。すでに複数の攻略隊が、次の攻略日程を決めていた。


幸一郎はしばらく資料を眺めていた。


他のハンターたちが、自分の知らない場所へ進んでいく。自分の知らない物を拾い、自分とは違う方法で、その先を目指そうとしている。


それを見ていたら――自分も、少し行きたくなった。


「俺も、そろそろ潜ろうかな」


セルマとレイチェルの視線が、同時に幸一郎へ向いた。


「攻略を再開されるのですか?」


「うん」


「どちらへ?」


「まだ決めてない」


少し考えてから、幸一郎は笑った。


「なんか面白そうなところ、ある?」


世界中の未攻略ダンジョンを把握するWHAの会長に対する質問としては、あまりにも軽い。だがレイチェルは、もう驚かなかった。


「候補を用意しましょう」


「頼む」


世界は、自分の知らないものを増やし始めている。


ならば自分も、また知らないものを見に行けばいい。


幸一郎にとっては、それだけのことだった。

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