土の章 第11話 獣の檻と、じーちゃんの秘薬
その場所は、鉄と血と、得体の知れない泥が混ざり合ったような、
鼻をつく臭気が立ち込める場所だった。
「あいちゃん」という名の小さな命は、
まだこの世界の理なんて何も知らない。
ただ、じーちゃんの大きな手のひらだけが、
この暗い檻の中で唯一、温かくて確かな「聖域」だったの。
「ねえ、じーちゃん。……この人たちは、どうしてこんなところで働いてるの?」
あいが問いかけると、その場所で働く戦士たちの巨体が、
地面を震わせて通り過ぎる。彼らは強そうで、
怖くて……でもどこか、魂が抜け落ちた空っぽの鎧みたいに見えた。
じーちゃんは、使い古された煙管をくゆらせながら、
ため息まじりに答える。
「……捨て子じゃよ。身分という名の鎖も持たぬ、
名もなき戦士たち……。わしが面倒を見てやらねば、
彼らはただの『使い捨ての道具』として、この泥の中に消えていくだけじゃ。」
あいは、ふ~ん、と首をかしげる。
「……じゃあ、あたいもそうなの?
どこから来たのかも、だれの子かもわからないし……。」
じーちゃんは、あいの頭を大きな手でぽんぽんと撫でた。
「……そうなるのう。お前にはまだ、
この国の重すぎる身分制度も、生まれながらに決められた灰色の運命も、
理解するのは難しいかもしれん。……厳しい世界じゃよ。」
檻の中の澱んだ空気が、あいの小さな胸を締め付ける。
「……ねえ、じーちゃん。やっぱりさ、ここは臭いし、気持ち悪いよ……。
ずっとここにいるなんて、あたい、無理。」
じーちゃんは、静かにあいの目を見つめた。
「……自由じゃよ、じょーちゃん。どこか他へ行っても、
ここに残っても。……選ぶのは、じょーちゃん(お前)じゃ。」
「……とにかく、この臭いのはなんとかならないの?」
あいが鼻をつまんで眉をひそめると、
じーちゃんは少しだけ愉快そうに笑って、奥の暗がりを指さした。
「ふふ、そうじゃな。……香りの強い木の皮を口に覆っておくかい?
肉の保存用に巻くやつじゃ。
……裏の貯蔵庫に取りに行ってこい。
それが、お前が最初に選ぶ香りになるかもしれん。」
どんなに環境が厳しくても、身分なんてなくても、
じーちゃんという「錨」がいれば、あいはあいのままでいられた。




