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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
みんなとたたかい

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エピローグ

 忙しかった。


 とにかく忙しかった。


 それからの数日は只管に忙しかった。


【ナゴョミ】を咲かせ、一頻り遊んでいると、異常を感知した大人たちがやってきては、その光景を見て涙した。


 なんでも、村全体に花吹雪が吹き荒れていたらしい。何事かと外を見ると、【ナゴョミ】が光っているではないか。そうして駆けつけてみれば、咲き誇る【ナゴョミ】の前で笑い合う虹霓の面々。それさえ見れば、後は何が起きたか一目瞭然だった。


 実はというと、あの作戦、大人たちには何も伝えていなかった。もともと虹霓が【ナゴョミ】を咲かせようとするのに、誰かの許可を取る必要なんてない。虹霓に参入している者は各々が好きにやればいい。それが村にある数少ない掟の一つだったから、フーマ達が勝手にやったこと、それ自体は何も問題はない。ただ、その手筈を揃えるまで誰一人として情報をおくびにも出していなかったため、大人たちからすれば唐突に成功してしまったように見えた。


 なので純粋に驚きの感情が勝っていたわけだが、それにしたって半分諦めていたようなこと。それを今日このタイミングで前触れもなく仕出かしてくるなど、想像もしていなかったのだ。


 そこからはもう、丸一日半は昼夜を問わずに大騒ぎ。


 何をやったのか、どんなことをしたのかを逐一聞いてくるが、一人一人に話しても埒が開かないので、夜の学校を解放して講堂で夜通し説明。学者肌の人間たちは【ナゴョミ】の様子をよく観察し研究した上で、その質問が何故かこちらに飛んできたり。


 フーマとシャニが頭脳班として動く一方で、女子陣が村の婆様たちと、来たる日のために用意していた祝いの御輿を引っ張り出してきて、村中を練り歩きはじめた。


 太陽が昇った頃には、【ナゴョミ】を見てから戻ってきた村中の村民が学校へ押しかけてきた。よくぞやってくれたとか、羨ましいぞこんちくしょうとか、そういった妬み一歩寸前の羨望を浴びせまくられるという、まさしく英雄の扱いを受け続けた。


 夕方ごろなると、報道記者がずらりとやってきた。ナゴョミは知る人ぞ知る秘境だったから、これだけ集まるほどのネタになるのかと思った。が、数百年枯れていた樹がうら若き中等部生の働きによって、素晴らしい命の輝きを手に入れたとあらば、なるほど紙面を飾れるな、とフーマは当事者すぎて気づかない驚きを得た。そうなれば、取材には真摯に応じたくなる。詳細をきちんと話せるのはフーマかシャニ。手分けして一社一社丁寧に受け答えをした。同じ質問も何度も出てきたが、省略することなく、質問されたことは全て明け透けにした。……ついでに、栄養士としての仕事も宣伝し、これまでの発明品を広告してもらったり。


 その翌日には、かつて村に住んでいたが、それぞれの事情から巣立った人たちが帰省してきた。一様にかつての【ナゴョミ】とのあまりの違いに感動した。立役者を一目見ようと、これまた沢山の人が学校へ押しかけた。その度にフーマは顔を見せ、握手を求める声に応えた。


 そうして人が戻ってくると、段々と、ある種の同窓会のような様相になっていった。各々が祝い品を持ってきたこともあり、祭の規模が膨れ上がっていった。


 このくらいになってくると、最早、日常がいつ戻ってくるのだろうと心配になるくらい、あちこちで笑い声が響いていた。


 すっかり落ち着きを取り戻したのは二週間ほどが過ぎた辺り。何をするにも集会場代わりに学校を使っていたため、臨時で休校していたが、流石に本日からは平常通りに進めることとなっていた。そうでないと単位もまずい。


「おはようマイカ」


「おっすー。なんかフーミンの制服見るのも久々だしっ」


「マイカのもな」


 学校で会うのが基本だからこそ、私服が新鮮に映るのである。それが逆転し始めるくらいの時間は経っていた。


「フーくんおはよぉ。初等部、休み明けだけど遅刻者いなかったぁ。よきかなよきかな」


 フーマに遅れて教室に入ってきたはナージ。今日も登校者へ挨拶の行進曲を奏でていた。


「なんだかんだ初等部面々は律儀だよねえ。まだ祭気分抜けてないかと思ったけど、案外そうでもないんだね」


「……フーくんが一番遅いこと多いんだけどなぁ」


「ふっふーん。俺はいいんだよ。一番役職高いし」


「あー。いっけないんだぁ」


 そう会話しつつ、二人はようやく着席する。


 フーマは着席をして、横の席の偉丈夫へ、気軽な挨拶をする。


「よっす。……色気づきやがってこの男」


「おはよう。これか」


 シャニの腰に、見たことのない織物がかけられていた。何かの動物を象形化させたような、不思議な紋様が織り込まれている。


「妻が祝儀に送ってくれてな。トゥールスルトでは、願いが成就した者にこれを贈るんだ」


「なるほどな。てっきり、民族的な風習半分、それにかこつけて着飾る半分かと思ったぜ」


「いやあ流石はフーだ。観察眼あるな」


「嫁さんには悪いけど引きちぎるぞお前! その半分いらねえんだよ!」


 そう言ってシャニと笑い合う。


「オレは嫁の美的な感性も好きだからな。あいつが織ってくれたものはどうにのオレの好みを刺激する」


「惚気おって……」


 妻帯者の気持ちなんて今も昔も知らない。


「…………」


「…………。今日もいい天気だよなあ」


「……。なにか思ふがあらばいひたまへ」


「いやあ。こんな自然さが当たり前になったらなあって」


「当たり前じゃないうちは何か反応しなさい!」


 何故か教室にいるリィンを、フーマは敢えて無視していた。……いやまあ、何故かと言っても、フーマがきちんと教室に来るよう言いくるめていたからなのだが。


「この時間が終えたら吾は書庫へ戻るわ……!」


「書籍は全て読み終えたんじゃないのかよ」


「二週目よ」


「意味あんのか……?」


 現在、ナゴョミ校の古書室の本は読了したということで、新書が入ってくるまでの間は教室にいる、という約束をしていたのだった。


 しかし、リィンも丸くなったものだ。以前までなら絶対に教室まで来ることはなかった。たとえ条件付きでも来てくれるだけ、リィンも変化してきたのだろう。


 ふと、開け放たれた窓から、花びらが一枚、ひらひらと入ってきた。フーマの席まで飛び込んできたと思ったら、机に触れた途端にすぅと溶けていった。


 あれ以来、ナゴョミ中は定期的に花びらが降り頻るようになった。何かに触れたと同時に消えるために積もることはない。ただ単に見た目が綺麗なだけの風流さがあるということで、新たな村の風物となっている。


 痕跡の残さず消えていく、桜の花びら。


 ふいと、もう片方の隣にある席を見やる。


 全ては彼女がいなければ始められなかった。


 そんな彼女の座るはずの席は、空席となっている。


 少し考えれば分かることだ。


 サクラは母の痕跡辿ってこの村へやってきた。それに付随していた出来事も解決見せた。


 もう滞在するだけの意味は、何一つとしてない。


 半年ほど前のある日。ふらっと現れたサクラ。それと同じように、いなくなる時もまた――


「おはよーねーふーま君ー。なんかもーお腹空きましたなー」


 ……ということはなく、普通にまだまだ村で暮らしていた。


 目的を達成した……ように思えるが、サクラの目的とは、最初から『母の痕跡を辿る』ことにある。そしてそれは、【ナゴョミ】だけに仕込まれていたわけでもなかったようで。もう一つ存在しているようだ。


 そんな事情があるから、まだこの村を去るわけにも行かなかった。


 挨拶もそこそこに、自分の席へ座る。当たり前のように置かれた、別にうちの生徒でもないのに自身のものとしている、そんな席へ。


「来るなりそれかよ。朝に合流しなかったからって」


「やー。ササキラおじーちゃんとこの朝ご飯に誘われてさー」


「だろうとは思ったから心配してなかったけど食ってきてんじゃねえか!」


 慣れているもので、そうごちりながらもサクラへ木筒を投げ渡す。サクラの胸元から発生した桜色の花びらが、渦を巻きながら柔らかく受け止めた。中身がどんなものかも分かっていないのに、サクラは木筒を開封して中の物をぐびりと煽る。


「……なにこれー」


「〈羊羹〉モドキ。本当は〈あずき〉って豆で作りたいんだけど、シュータ豆で餡作った」


「おいしーけど不思議な食感ー」


「カゴの根から澱粉を精製して、それでシュータ豆の〈餡〉を固めた」


 折角だからこちらのやることに興味を持ってほしいものだが、尚も変わらず、こちらの説明など聞き流す。こんな日々が愛しくなる日もくるのだろうか。そうなる前に、きちんとこちらの話を聞くのが常態になってほしいフーマだった。


 そうやって朝の一時を過ごしながら担任を待つ。やがて担任が、二週間前となんら変わらない態度で教室へ入ってきた。こちらもこちらで何も変化がなくて安堵さえしてくる。


 と思ったら。


「フーマ・ミシナム」


「…………え?」


「フーマ・ミシナム、欠席と」


「いやいやいますいますいます。え?」


「マイカ・ヒスイカ」


 完全に意表をつかれた形で始まり、気怠げな声で、一人一人名前を読み上げる。


 どうにも不意打ちとなった一同だが、教師から出席を取られたら「はい」と言わざるを得ないだろう。そしてその中に、サクラの名前まで混じっていた。尚更困惑する一同。


 チカキを除く六人の名が終わったあと、担任はフウと呼吸を一つ。


「一つ、問いたい」


 いつもなら出席を終えればすぐに退室する。なのに今日は、神妙な面持ちで言ってきた。


 誰に命じられたでもない。だがフーマは、自然と背筋が伸びた。


「知っての通り、お前らの働きで【ナゴョミ】は咲いた。――それでだ。お前らは、これからどうするんだ」


 言葉には出さない。しかしそれぞれは、別々の反応を表情だけで返す。


 フーマはゆっくり瞼を下ろす。


 思考する時間は五秒あれば十分だった。


 視界を開けていく。この世界を、ありのまま受け止められるように。


「変わりません。【ナゴョミ】を咲かせるのは、目標の一つでしかなかった。生憎と皆はそれ以外の大きな目的があります。それが達成できたのであれば、他の目標を目指すだけです」


 意を唱える者はいなかった。それを聞いた校長は、ふっ、と鼻で笑った。


「愚問だったな。ま、好きにやれ。それが若者の特権だ。以上」


 それだけを言って、こちらは平常通り、教室を出ていった。


 フーマは、一時限目の授業を開始する前に空を仰ぎ見る。


 たしかに【ナゴョミ】は咲かせることができた。それは、この村に住まう人々の悲願である。


 だがそれでも、達成させた人間は、あくまでもただの十代の、子供なのだ。その先の人生の方が長い。


 たかが子供と侮るなかれ。子供こそ大人では抱えられない悩みを持つ。子供に戻ったフーマはもちろん、他の皆だってそれぞれの悩みや苦しみがある。それは自分で解決できることかもしれないし、身を委ねるしかないものもあるかもしれない。そこまではまだフーマも知らない。


【ナゴョミ】を咲かせたことなんて、言ってみれば、数多ある悩みの一つが解消された、その程度のものだ。今日の夕飯は何にしよう。あ、あれにしようか。これにて夕飯の悩みは解決。これと同列にある。


 大目的など、全く叶っていないのだ。


「さてと――今日も今日とて、授業開始しますかね」


 その言葉で、何も言わなくても、リィン以外は時間割通りの陣形になる。ぽかんと硬直したままのリィンがどこかおかしかった。その光景の自然さに、フーマは思わず苦笑する。


 まだまだやることなど沢山ある。それでいいのではないか。


 辛酸も甘美も、皆一様に人生の味なのだから。


・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・


これにてこの作品は完結となります。

ここまで読んでくださった方がいましたら、心よりの感謝を申し上げます。

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