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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
みんなと。

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22/54

2-11

 てんてんと、ボールがシャニの足元に転がってくる。受け取ったシャニは振りかぶり、豪快な投げ方でボールを放つ。狙われた男子は避けること叶わず命中。


「じゃ戻ってくわ」

「おー」


 そうしてまた暇になる。


(しかし、発育か)


 気になっていることはあった。ナゴョミの特殊な土壌によって育まれる、村人たちの身体的な傾向。長期間の追跡調査を行ったことで得られた、ある仮説。


(でもなあ……食うもの食ってるのに、ああいう例もいるしなあ……)


 暇なので移動する。既に今回の試合を半分捨てていた。


「リィンはその辺どう思う」


「…………。吾になにを求むらむ」


「いやー、俺の素朴な若者の疑問を、なにか哲学のなんやかんやで紐解けるんじゃないかと」


 外野の一番深いところで、リィンが体育座りで地面に溶けていた。太陽を浴びるとそうなるのだろうか。日中にリィンが外を歩いているのを見たことがない。特殊体質などない、ごく一般的な女だから、ただ単に日光が苦手というだけのはずだが。


 拳一つ分の距離を開けてフーマも隣に座った。


「……さっきから、色のついた視線を汝から感じるのだけれど。田舎金髪女でも見てなさいよ」


「誤解だ。俺は学術的興味から観察しているだけだ」


「見ているのは事実なんじゃない」


「着替えて髪を結うだけでものすごい時間掛けてんだろうなあって思うと感動するだけだよ」


 体操服に身を包んだリィンは、その活動的であるはずの服装と、動きやすさを象徴する一つ結びの髪型に反して、まるで活発さを見いだせない。その内側に秘めた肉体も、動かさないことを前提にした固定化させた彫像のよう。身じろぎ一つでも違和感を覚え、どこか背徳的な何かが背中を奔る。


「あなたってかなり好色ね。吾なんかにまで接触してくるくらいなんだから」


「俺の夢、知ってるだろ。男女で身体の仕組みが違えば必要な栄養素も変わってくる。それは身体的特徴は受け入れているだけであって、男の中でも女の中でも個人差はある。栄養士ってのは個人だけに向き合うんだから、男も女も関係なく接してるだけだ。それに、男だから女だからって切り捨てなければ、単純に二倍友好関係が増えるだろ。その方がさ、ずっと楽しい」


「だから話してる人によってまるで態度が違うと?」


「『八方美人』は蔑称に使われがちだけど、悪いことじゃないと思うぜ。人に合わせるのは当然のことだ。赤ちゃんに大人と同じ態度を取る大人なんていないんだ」


「……吾に合わせた態度が、それ、だとでも?」


「俺なりのな」


「…………」


 言い切ると、リィンは膝に顔を埋めた。


「いかにせばさる心延へに育たむや」


 フーマへの問いかけ、というよりは、独り言のような、呟くような言葉だった。


「俺だって昔はかなり内向的だったぜ?」


「……想像できないわ」


「そりゃまあ、昔も昔、大昔だからな」


 前世はこんな性格でなかった。もっと内向的で、人との付き合いは苦痛だった。栄養士として仕事をしていても、心を栄養士モードとも言うべき状態に切り替えないとまともに業務をこなせなかった。ただ単に、心が弱かった。


 前世はもう、管理栄養士を始めてしまった段階で、新たに別の道へ進む選択は取れなかった。これは心のせいではなく、与えられていた環境による。だから心機一転できなかった。一度走り始めたら、もう走り続けるしかなかった。……そんな言い訳をまかり通していた。


 だから、そんな自分を抜本的に変えてもいいぐらいの環境変化があったことから、人付き合いを是とするようにした。――純然にフーマ自身の意思によって。


 性格を変えるのは自分の意思、行動。生まれ変わったとて、意識しなければ人から好かれることなどできない。


「だから別に、リィンだって変えたいんなら変えればいいし、自然体がいいんならそのままでいいし、ま、好きにすればいいんじゃないか。結局はリィンの人生だ」


「無責任ね」


「管理栄養士なんてそんなもんだ、多分」


 我ながら栄養士に誇りがあるのかないのか、分からなくなる。そこも自己嫌悪に繋がるのだが、全てを掌握するのなんて、たかが栄養士ごときには不可能。だからフーマは趣味と興味で行なっているもの以外は、絞って研究をしている。


 なのでこうして、リィンの身体を見るのは至って真面目な理由なのだ。


「……いいわけないでしょう。なんの繋がりもないわよ」


「俺の心と言い訳を読めるのか。魔の力、恐るべし」


「使わなくても読めちゃったわよ。嗚呼、心得るまじ」


 まあ女の発育に興味がある……というと大分語弊はあるのだが、事実ではあった。


 こうして体育の時間になるとかなり浮き彫りになる。


 ――ナゴョミで育つ女子は、成長がいい、という現象を。


 体感の話ではなく、統計として出した。最近、ずっとシャニに計算をお願いしているのがそれだったのだ。データだけは集めていたが、処理する時間が取れなかったから、大手を振って任せていた。結果、概ね予想通りのデータが返ってきた。


 他の地方の同年代比べると、男子はさほど変わらないのに、女子のみ著しく成長曲線が鋭い。田舎だからという理由も、他の人口や発展レベルを合わせて考慮してもここまで差が出てこない。有意差のある統計できちんと証明した。


 ナゴョミは生態系が特殊。セゴナで流通している一般的な植物は育たない。そのためナゴョミ内で食用に栽培しているのは専らナゴョミの固有種である。ここになにかしらの因子が女子の成長を促しているのが見て取れる。問題は、その因子が何であるか、というところだ。


 フーマは栄養士としての立場から、まだ見ぬ女だけに作用する栄養素があり、これのおかげで女だけがよく成長する、と仮説を立てている。フーマはこれを『第六栄養素』と呼んでいた。


 これまで誰も発見できなかった未知のそれを、ナゴョミにいるから発見できるのではないか、と内心ドキドキしていた。


 ……人間の五味に数えられる、旨味。これを発見したのは日本人。日本人だからこそ発見できたその経緯は、日本という環境に秘密がある。


 食材や調味料を組み合わせれば旨くなるというのは、古今東西、どこでも体験していることだった。これには旨味のタンパク質ことグルタミン酸が関与していることが多い。グルタミン酸を多く含有していることで有名なのが、トマトである。大変ポピュラーな食材であるが、グルタミン酸が旨味物質であると解明できなかったのはいくつか要因がある。フランス料理におけるフォン、ブイヨン、コンソメのように、だしによってうま味を増す料理法が存在するが、欧州の水は硬くて出汁を取りにくく、多くの料理ではトマト、チーズのような酸味などが強い食材によってうま味を補給したり、何より肉料理では肉の煮汁自体がうま味の供給源となったため、うま味を増すことに多くの意識は向けられなかった。


 一方で、日本にはグルタミン酸の塊である、昆布出汁が文化的に根付いていた。日本料理では「出汁がきいていない」という味覚があることから、他の四味のどれでもない味があることは感覚的に知っていた。そこに、純粋なグルタミン酸のかたまりを出汁にできる、昆布という存在。このような下地から、旨味成分を発見できた、という歴史がある。


 ……とまあ、フーマはこのような歴史を知識として備えている。その上でナゴョミにいるから気付けたのだ。帰納法的に導けたのだから、具体的に何が要因となっているのか、それを突き止めるのがフーマの課題だった。


 もちろん、傾向があるだけで全ての女子の発育がいいわけではない。例を出せば、隣で体育座りをしている女子とか。


「…………」


「痛い痛い痛い」


 また何かを感じ取ったのか、リィンがつねってきた。本当は痛くなどなかったが。背中を手をプルプルさせるほどつねるのはいいのだが、力がなさすぎて摘んでいる程度にしかなっていない。なんともまあ、美人なくせに、可愛らしい女だ。


 その試合はもちろん負けつつ、組分けを変えて何戦か行って盛り上がったところで体育は終わった。


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