感情複合バッドステータス15
奇怪な喘ぎ声を上げて、ありすは目を大きく見開いたあと、睫毛を数回瞬かせる。
僕のツンっぷりに不満を覚えたらしい、「このお人形なんだかいけ好かないのー」と幼児特有の無自覚な悪意を行使されたビスクドールみたいに、目一杯首を『ぐきぃ』っと僕の方へと回転させ、『くわっ!』っと先駆者の威厳を開眼させるありすさん。そんな底冷えする圧力の中で、本格ツンのなんたるかを教示され、その奥深さに驚嘆と感化に打ち震える僕なのである。出鱈目だけどねっ。
しかし、ビスクドールのやつは本当にあった怖い話しなんだけど……。
「崇さあ、なんかここ息苦しくない?」
「さぞかし空気が綺麗だったんだろうね、お前のいたとこ」
「は? なんの話し?」
「涅槃の話し」
「意味わかんない」
「意味はわからなくても、人生は謳歌できるのだよ。とりあえず食せ」
「うぃ、食す」
魂が定着し現実へと回帰したのを見計らったあと、一分の一スケールありすさんから退去する僕。 なにやら味がしないだのどうだの騒いでいたが、まあ気にしない。再発防止を兼ねた行為なのだから、それは仕方がないのですよ。
「本当に大丈夫なのか?」
保護欲をフルスロットルさせた揃姉が、顔を寄せて僕へと訊ねる。だけど視線は僕へと向けてはおらず、二枚目のトーストにかぶりついている気になるあの子にご執心中だ。まあ幾ら軽症とはいえ、『嫉妬』は奴の専売特許なので心の最奥にそっと仕舞っておく。
「別に淋しくなんかないしぃ」
「淋しくなると鼻血が出るものなのか?」
兎ですらそんなもの出ませんよ。やだなぁ揃姉。
「さては揃姉。空気詠み人知らずのジョブを取得していますな?」
「いや、私は刑事だが」目線を固定したまま揃姉は言った。天然をとことん貫く揃姉、超絶可愛い。
揃姉の横顔を盗み見ながら、すっかり冷め切ったトーストを頬張る。それからアリスへ視線を向けて、軽く逡巡。他愛無い日常の延長線上だと思っていたものが、存外に厄介を秘めたものだと再認識した。
江戸川・フールフール・莉鈴を捌け口とした、夢枕ありすの感情の露呈。
そう……、昨日の昼休みの一件にその兆候は窺えたはずだけどな。
軽く見ていたどころか、軽く見すぎていた。
まさか、揃姉の言葉に過剰に反応して壊れてしまうとは思ってもみなかった。
まったく、僕という人間を意識しずぎなんだよお前は。
「ん――」僕の視線に気づいたのか、ありすは大仰に頭を振って、そして敵愾心露に僕を睨みつける。「な、なによ? じろじろ見ちゃったりしてさ、あ、あたしの顔になんかついてるとでも言いたいわけ?」
「ついってるというか……、ティッシュが鼻に突き刺さってるよお前」