感情複合バッドステータス12
ありすを牽引したあと、揃姉にも席へ座るように促し雑巾を頂戴する。意地を反復されたフローリングの末路は酷い様で、なんというかハルマゲドンしていた。雑巾もそこはかとなく黙示録しているし。それに、死臭が漂っているように思うのは僕の錯覚だよな?
戦乙女さまが降りなすったぁ――などと心の好々爺が戦慄を禁じえないご様子なので、フローリングに出現したメギドの丘を削り取って、死臭をバターのそれへと還元する。二枚目の雑巾とかで拭く。ごりごり。
作業が終わってテーブルを一瞥してみると、娘っ子達(いささか誇張表現あり)が談笑に興じていた。
寂寥感を覚えながらも、かしましい二人を微笑ましく眺めたりする。こういうノスタルジーに似た感慨をなんて表現するんだっけか――あー……、殺意?
「ぼさっとしてないで、コーヒーでも淹れなさいよ」
自己修復を終えた幼馴染の突っ慳貪な声に、シンデレボーイは業腹だ。お前に履かせる鉄下駄じっくり温めてやんよ。と、先代シンデレラ(揃姉リミックス)の呪詛が脳裏を霞めたけれど、世界で一番お姫様している奴にそんな虚勢を取ったりでもしたら、逆賊の謗りは免れまい。下手をすると、火炙りどころかコロンビヤード砲で太陽まで射出されてしまいそうだ。よって自重。憤怒の形相も苦笑するまでに止めておく。
揃姉にありすに対する呼称の更新を推奨するか、それともありす自身の耐性付与に期待するか――歩きながら裁定を懊悩していたとき、
「で、どうしてしばらく顔を出さなかったんだ?」
ふと、揃姉のそんな詰問を、コーヒーメーカーの前で聞き取る。
――その瞬間。
どろり――と。
コーヒーメーカーの分解能が、カップにコールタールを精製させる。
内心に認識される妄想に戸惑いながらも、コールタールが形成する輪郭をじっと見つめる。
――リヴィアたんの声は、ありすの声そのものなんだよ。
とぐろを巻いた蛇が、色彩の欠けた眼をおもむろに僕へ向ける。
滑り気を帯びた湿気が目蓋の裏にひりつく。
目を擦ると、コーヒーメーカーは本来あるべき機能を取り戻していた。
しかし、カップが許容範囲を上回るという代償を糧にして。
「うん、まあ……。その、色々とあるのよ……、思春期だし」
言葉から生成される微妙な間に、投射される視線が皮膚をひくつかせる。だけど、それは不快を有する視線ではなかった。そんなことより、憂うべきは、視線に内在する、幼馴染が抑圧していた、僕に対する特別な価値観。
「そうか、まあ良い。お前が話したくなければ、私は無理に訊かんよ。またこうして顔を見せてくれたしな」
「ありがとう、揃姉。まあ今後ともよろしくってことで。それで崇、お前コーヒーは?」
「お前のそのスタンスは変わることがないのな……」