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脇役艦長の異世界航海記 ~エンヴィランの海賊騎士~  作者: 漂月
第14章(全8話)

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忘れ得ぬ貴方に・3

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 シューティングスターの艦内に移されたジュナは、警戒心よりも好奇心の方が勝ったようだ。目をキラキラさせて、しきりにメモを取っている。

 それから俺を見て、こう言った。



「グラン! ファラーユンデ、イソ!」

「すまん。さっぱりわからん」

 こりゃまず言語の問題を何とかしないと無理だな。

 すると七海がいそいそと声をかけてくる。



『言語学習プログラムを使って、彼女に日本語を教えましょうか?』

 シューティングスターでは文明崩壊後に外国人を保護する可能性も想定されている。その際に日本語を教えて「戦力」にするプログラムだ。

 セキュリティクリアランス四レベルになった途端、細かい説明がどんどん表示されるようになったので助かる。



 しかし俺は首を横に振った。

「日本語を教えても、日本語話者はこの艦のクルーしかいない。あとはニドネと狩真ぐらいだ。彼女のメリットにならない」

『まあそうですけど』

「言語習得は楽じゃないんだから、その苦労に見合うメリットがなければ不誠実だろう」



 俺はそう言い、もっと大事なことを七海に言う。

「そもそも学習は、衣食住に対する安心感があってこそのものだ。ジュナは今、衣食住の保証がされていることを認識できていない。言語を学ぶ状態にはない」

『ええと、じゃあどうするんです? わかりません』

 七海が途方に暮れているので、俺は笑った。



「俺たちが覚えるんだよ。彼女の言葉を」

『えええ!? 負担が大きすぎませんか?』

 でも俺はもう決めていた。

「七海、俺たちがこの世界に来た頃のことを思い出してくれ。メッティと会って、この子が日本語をしゃべれるとわかったとき、俺たちがどれぐらい安心したか」



 メッティと出会えていなければ、俺たちはまだ根無し草のままだったかも知れない。異世界で日本語が通じたときの嬉しさと安堵は、今でも覚えている。

「ジュナも、俺たちが言葉を理解してくれるようになったら安心するはずだ。安心させないと人間関係は始まらない」



 俺がそう説得し、さらに言う。

「七海は一度聞いたものは忘れないというか、全部きちんと記録できるだろ。パラーニャ語の辞書を作ったときのように、ジュナの言葉を記録分析してくれ」



 すると七海が腕組みする。

『艦長の御命令ならやりますけど、簡単じゃないですよ? メッティさんは日本語とパラーニャ語の両方を話せたので、文法の解析や辞書作りは簡単でした』

「心配するな、すでにサンプルは入手できている」

 俺は眼帯を操作し、少し前の音声記録を再生する。ジュナとの最初の会話だ。



『ヤータム、サンキエット。バルアンカニェーニ』

『やっぱり日本語も無理か?』

『ソルテ。アンカニェーニ』



 俺はちょっと得意げに、七海に言う。

「この短い会話に、『アンカニェーニ』という言葉が二回登場している。このときはお互いに言葉が通じないことを確認していたので、それに関係する言葉のはずだ」

『あー! なるほど!』

 七海がポンと手を叩く。



 さらに俺はミオに声をかけた。

「ミオ、彼女が空腹かどうかはどうやって判断した?」

「ええと、パンを差し出したり……。あと、食べる仕草で聞いてみたりしたよ。こんなふうにね」

 手を口に運ぶ仕草をしてみせるミオ。うーん、賢い子だ。



「見たか? 異世界でも同じ人間だから、基本的な仕草はほぼ同じなんだ。本能に基づいた動作だからな。ここを突破口にしていけばいい」

『はー……なるほど……』

 バカみたいな顔をして感心している七海。

『私、食事ってしたことがないから気づきませんでした』

「あ、うん。……そうだね」

 言われてみれば確かにそうだな。



 少し不安になった俺は、七海にもう少しレクチャーする。

「人間が顔を背ける動作、または首を横に振る動作は『拒絶』を意味するが、これは乳児が母乳を拒む動作から来ている」

『ふむふむ』

「だから異世界の人類が哺乳類である限り、この手の仕草はだいたい通じるんだ」



 すると七海は即座に何かを調べる。

『あ、ジュナさんは哺乳類ですね。スキャンの結果、未成熟ですが乳頭の存在を確認しました』

「何をしている貴様!」

『いえ、健康状態のチェックしただけですよ!? あと私も女の子ですから!』

 人工知能の性別なんかどうでもいい。



「わかった、じゃあ女の子同士仲良くやってくれ」

『え?』

「ジュナの言語を解析する役割はお前に任せた」

 俺はそう言うと、一行を士官食堂へと連れて行く。



 七海はひどく心細そうな顔をして、俺の眼帯の中でぴょこりと首を傾げた。

『じゃ、じゃあ艦長は何をなさるんですか……?』

「俺か? 決まっているだろう」

 エプロンをつかみ、颯爽とまとう俺。

「パンケーキ作りだ」

 最近楽しくなってきた。



 実はこのパンケーキにしても、ちゃんと理由はある。

 俺はメッティたちに説明しつつ、パンケーキをいくつか焼いていく。

「まずジュナに、こっちのパンケーキを食べさせてくれ」

 一番信頼されているミオが皿を運んでいき、ジュナに提供する。



 ジュナはしばらくフンフンと匂いを嗅いでいたが、甘い香りに目尻が緩んでパクリと食べた。そして叫ぶ。

「チィート!」

 チートじゃないよ。

「七海、今の単語を記録しろ。たぶん『おいしい』『あったかい』『甘い』のどれかだと思う」



『あ、はい。なるほどなるほど』

 食事をしない七海が、モニタ上でメモを取りながら単語を記録する。

 次に俺は、甘みを抑えたパンケーキを持って行かせる。今度のはバターの塩気を強くして、食事になりそうな味付けにした。

 さて、なんて言うかな?



「ンー……?」

 なんか言ってよ。

「ソッテ?」

「七海、たぶんあれが『おいしくない』『しょっぱい』のどっちかだと思うので記録して」

『はい。この方法だと、何日もかかりますね……』

 しょうがないだろ。俺に言語学の知識なんかないんだから。素人の手探りだ。



 この後も試行錯誤が続いたが、徐々にいくつかの単語が判明してきた。

「『チィート』は『甘い』、『ソッテ』は『しょっぱい』、『ハンム』は『食べる』だな」

「せやな。あと、『モンモ』は『おかわり』みたいやな……」

 メッティがつぶやいている背後で、ジュナが「モンモ! モンモ!」としきりに訴えている。パンケーキを気に入ったらしい。



 全く意図していなかったが、餌付けに成功したようだ。信頼されてきたかも知れない。

「メッティとミオは、ジュナの身の回りの世話を頼む。メッティは同年代の同性だし、ミオは信頼されているからな」

「艦長は?」

 ミオが不思議そうに言うので、俺は眼帯を撫でながら苦笑した。



「こんな怖そうな海賊みたいな男じゃ、近くにいるだけで威圧感があるだろう。彼女の世話は俺にはできない仕事だ。だが俺にはできないこともミオにはできる。頼めるか?」

「う、うん! そっか、ボクにはできるんだ……」

 言われて初めて気づいたようで、ミオはしきりにうなずいている。



 大人にはできなくて、子供にはできることってのもたくさんあるんだよ。無理して大人にならなくていいんだ。

 俺はそう思いながら、ミオの肩に手を置く。

「頼んだぞ、相棒」

「任せといて!」

 あんまり大きな声で叫ぶから、パンケーキを食べていたジュナがビクッと震えた。まだ落ち着いてないんだから、大声はやめてあげて。



 こんな悪戦苦闘を何日か続けた後、ようやく少しずつ言葉が通じるようになってきた。

 さあ、やっと事情が聞けるぞ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに!近代以降で未知の言語の解析なんてAIには必要ない! 妙にリアル
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