忘れ得ぬ貴方に・1
095
『艦長、バフニスク連邦軍の件でお話があります』
俺は七海に呼び出され、なんだか面倒くさそうな用件を切り出された。だが俺も気にはなっていたことなので、ここは話を聞くことにする。
「ああ」
『……と、その前に艦長のセキュリティクリアランスを四レベルに昇格させますね』
「毎度のことながらアバウトだな」
レベルアップしたと喜べるタイミングじゃない。
しかし七海は慌てたように首をぶんぶん振った。
『とんでもないですよ! 艦長は先日、バフニスク連邦軍の艦艇を撃沈することに成功しました。本格的な戦闘に臆することも忌避することもなく、敵に勝利したのです』
「それがそもそも、民間人としてヤバいんだよ。俺の平和的な性格を返せ」
今の俺は有事の際には瞬時に戦闘モードに切り替わり、敵と見なした相手なら殺すことも躊躇しなくなっている。世紀末の修羅の世界を生きていくならちょうどいいが、このまま元の世界に戻ったらたぶん犯罪を起こす。
俺にとっては割と深刻な問題ではあるのだが、七海は気楽そうだ。
『まあそのへんの問題は、そのうち考えるということにしませんか? 現状に最適化されていると思いますし』
「人間の性格をコロコロ変えていいと思ってんのか、お前は。まあいい、続きを」
『あ、はい。そんな訳でして、艦長にはセキュリティクリアランス四レベルを差し上げます。これで艦内機密は全て公開されますよ』
七海が嬉しそうな顔で言うが、俺は首を傾げる。
「全てって言っても、九七式重殲滅艦とかは七レベル機密だろ? 四レベルじゃたかが知れてる」
『まあそうなんですけど、作戦や役職に応じて、より上位の機密が開示されることもあります』
七海は淀みのない口調で、すらすらと説明する。
『例えば本艦の正規の乗組員には、セキュリティクリアランスが一レベルの者もいました。でも自分の艦が九七式重殲滅艦であることは、さすがに全員が知ってます』
なるほど。それもそうか。
「じゃあセキュリティクリアランスがレベルアップしても、あんまり関係ないのでは?」
『いえいえ、四レベル機密って艦内最高機密ですよ? 通常のセキュリティクリアランスが四レベルになった今、それに自由にアクセスできるんです』
ほほう。
「具体的にはどんなことがわかる?」
『艦の航海記録や武装の状況、乗組員の経歴などですね。艦長や副長クラスなら知っていて当然の内容です』
その情報、あんまり役に立たない気がするな。急にどうでも良くなってきた。
「他には?」
『国際情勢や戦略護衛隊の内部資料とかですね。四レベルというとおおまかには佐官クラスですから、かなりの情報が入ってきます。実はお渡ししたいのは、そっちの資料なんですよ』
「じゃあ早くそう言えよ」
しょんぼりする七海。
『すみません、話すの下手で……』
インターフェース用のAIだよね? でもあまり責めるとかわいそうなので、俺はツッコミを自重した。
「とりあえず聞こうか」
七海から渡された内部資料によると、七海の世界では「冷たい戦争」が「熱い戦争」になる一歩手前の状況だった。
「東西両陣営の代理戦争に、両陣営の正規軍が乗り込んできてメチャクチャやってるな……」
七海の世界では軍艦が空を飛ぶので、お互いの正規空母が内陸の国境地帯にまで飛んできている。空母は船の形をした移動基地なので、空飛ぶ基地が国境に横付けされている状態だ。
「空母の護衛艦隊までぞろぞろ連れてきてるし、これ一触即発じゃないか?」
すると七海はうなだれる。
『一触即発といいますか、こないだとうとうやっちゃいまして……』
「何を?」
『紛争調停に向かう使節団が乗った大型飛空客船をですね、カランジャ共和国軍防空司令部の旧式人工知能が西側の空母と誤認しまして』
「まさか、撃沈……?」
こっくりうなずく七海。
『やっぱり機械任せはダメだなと思いました』
お前が言うな。
あ、そうか。それで七海はきちんと人間の艦長を立てているのか。意外と偉いな、こいつ。
「七海がそんなダメな人工知能でなくて良かった。お前は立派だ」
『あ、ありがとうございます! でへへ』
嬉しそうに照れて、頭を掻く七海。
『まあそんな訳でして、今度はそっちで戦争が始まりまして、もうあっちこっち代理戦争だらけなんです。もう他に戦争できる場所がないから、そろそろ直接戦争かなって感じですね』
「お前の世界、怖すぎるだろ」
『艦長の世界と違って、実用性の高い飛行兵器が早くにできちゃったせいですかね……。歯止めが利かなくて』
兵器に限った話じゃないが、便利な道具というのは使い方が整備されてないと大変なことになる。
俺は七海の世界が今どうなっているか、少し不安になった。
ただ、そうなると別の不安も出てくる。
「ずっと前に、ライデル連合王国でバフニスク連邦軍の基地を見つけたよな?」
『はい。飛空艦の空きドッグが八つありました。未だに本艦の防空レーダーには探知されていませんが、飛空艦隊がどこかにいる可能性もあります』
事実、バフニスク連邦軍の潜水艦とは戦ったしなあ。
「引き続き警戒しておこう。ただ、できればもう戦いたくないな。この艦は一年以上、メンテナンスも補給もしてない」
『そうですね……まだ一年ぐらいは放ったらかしでも大丈夫ですけど、あと何年かしたら使用不能になる装備がじわじわ出てくると思います』
それまでには元の世界に返してやりたいな。
「よし、お前が早く元の世界に帰れるよう、俺も今以上に協力しよう」
『ありがとうございます、艦長!』
そんな話をしていると、大学の講義が終わったメッティが帰ってきた。最近は出迎えに行くと怒られるので、女子寮の真上で待機している。
「艦長、艦長大変や!」
「メッティ、手は洗ったか? おやつの芋きんとんが冷蔵庫に……」
「い、いやほんまに大変なんやって!」
メッティは血相を変えて、俺に詰め寄ってくる。
「『シュウガさん』が見つかったんやって!」
「なんだって!?」
まさか本当に、この世界に来てたの!?
メッティに連絡をくれたのは王室の使者で、どうやらフェルデ六世の地道な努力が実を結んだらしい。
「カルマンゾって村の人が、シュウガと名乗る男と会ったって話やで」
「ほんとかな?」
一応行ってみるけど。
そしてパラーニャ北部の山奥にあるカルマンゾ村で、村の老神官が教えてくれる。
「ああ、確かにシュウカと名乗っておりました。こう……若い、男だったかな?」
シュウカ? シュウガじゃないの?
「一月ほど前のことです。言葉は通じませんでしたが、身振りでお名前はかろうじてわかりました。大変空腹の御様子でしたので、パンとワインを差し上げましたよ。王室のおふれを知っていれば、お引き留めできたのですが……」
老神官は申し訳なさそうにそう言い、こう付け加えた。
「その御仁はその後、街道を歩いて南に向かわれました」
俺たちは老神官に礼を言うと、シューティングスターに乗り込んだ。そこから街道を南下し、次の村に聞き込みをしに行く。
次の村では情報はなかったが、次の次の村でまた情報が得られた。
「シューガ? シューカ? いや、ジューカだったような気がするが……。狐を捕まえてきたから、食料と交換してやったぜ。そのときの毛皮がほら、この帽子さ」
村の雑貨屋のおっさんが、真新しい狐皮の帽子を見せて笑った。
「ところで海賊騎士の旦那、うちに来たことを宣伝に使ってもいいかね? 戦友を探して旅を続ける海賊騎士が立ち寄った店ってことで、自慢したいんだ」
「情報料代わりだ、好きにしてくれ」
「わはは、ありがとうな! そうだ、一杯やってきなよ!」
いえ、先を急いでますので。
そしてまたずっと南下した先の、宿屋のおかみさん。
「んまあ、本物の海賊騎士さんなの!? 会えて嬉し……ああ、ジューカって人のことね。ごめんなさい、海賊騎士さんがあんまり男前だから」
おかみさんの旦那さんがこっち睨んでるんで、手早くお願いします。
「うーん、聞き覚えは……あっ、そうそう、ジューチャ! ジューチャでしょ! 会ったわ! 知らない言葉を話してたわね!」
また名前変わってない?
「可愛い女の子だったわよ! そうね、歳は海賊騎士さんのお連れさん、そうそう、そこの女の子ぐらいかしらね!」
さらに性別と年齢まで変わってない?
不安になりつつ、さらに南下する。今度は大きな街の両替商のおじいさんだ。
「おお、海賊騎士殿! あんたの武勇伝には何度も熱狂して……あ、すまんすまん。ちょっと待ちな、帳簿を調べるから」
俺が行くとみんな親切に教えてくれるのはいいんだけど、聞き込みするのにメチャクチャ時間がかかる。
「ああ、ジューナという名前の小娘が、銀を七オンメばかり持ち込んできとる。帳簿の日付は五日前だな」
また名前が変わってる。シュガーさんの面影が完全に消えてる上に、性別と年齢が固定されてしまった。
「銀に混ぜ物がないか、だいぶ調べたんだがな。不気味なぐらいの綺麗な純銀だった。だが盗品だったら困るんで、相場よりだいぶ安く引き取らせてもらったぞ。ほれ、これがそうだ」
手のひらサイズの銀塊を見せてもらった。
「そのお嬢ちゃんは言葉が通じんかったが、絵を描いてくれてな。どうも船に乗りたいようだったぞ」
そして南に下った俺たちは、港町モンテオにたどり着いてしまった。
「艦長、ほんまに今追ってるのはお友達なん?」
「いや、絶対にシュガーさんじゃない……」
俺がいじけていると、向こうからパン屋の息子のミオが駆けてくる。
「艦長! 艦長!」
なんだよ、ミオ。俺は今、とてもいじけているんだ。
「うちにいるジュナって人が、シューティングスターを見て興奮してるんだ! もしかして艦長が知ってる人?」
また名前変わってない?