艦長の覚悟・5
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翌日、投下した救難ブイが回収されていたことが判明する。それと前後して、航路での沈没事件がぱったり止んだ。
『まさか本当に、話が通じちゃったんでしょうか……』
信じられないような顔をしている七海だが、人工知能らしく冷静にコメントする。
『人間の行動は読みきれない部分があり、予測のつかない行動に出ることがあります。もしかしたら、今回もそのケースかも知れませんね』
「どうかな。俺もそう思いたいが、お前はそうは思っていないんだろう?」
人間の可能性に期待をかける軍用人工知能じゃ、戦争に勝てる気がしない。
案の定、七海は冷静だった。
『我々が投下した救難ブイによって、相手は多くの情報を得ました。おそらくはシューティングスターに関する情報もです』
「こっちの素性は明かしてないけど、たぶんいろいろバレてるよな……」
正直、俺がプロの軍人でないこともバレてるんじゃないかと思う。敵国の軍艦に接触しようとした俺のやり方は素人そのものだ。
そして海は今日も静まりかえっている。眼下に見える波間のどこかには、対空ミサイルをバカみたいに搭載した潜水艦が潜んでいるのだ。やだなあ。
「しょうがない、向こうがおとなしくしててくれるのなら別に……」
俺がそう言いかけたとき、七海が叫ぶ。
『眼下の海面付近に異常な水流を感知!』
「なんだって!?」
七海のアニメーションが一時停止するが、声は緊張感にみなぎっていた。
『緊急回避します! バフニスク連邦軍のミサイル潜水艦です! ミサイルハッチ開放音を確認!』
「迎撃しろ!」
『そうします!』
七海が叫んだのと、海面から何かが飛び出してきたのが同時だった。
次の瞬間、シューティングスターの五百五十ミリ湾曲光学砲が拡散モードで発射される。まばゆい無数の光条が海面を切り裂き、ミサイルを全て焼き払った。
『第一波の迎撃に成功!』
「でかした! ひとまず逃げろ!」
『了解、緊急離脱します!』
俺が叫ぶと、シューティングスターは凄い勢いで上昇を始めた。いつもなら加速を全く感じないのに、今日は座ってないと体が重い。
あっという間に、いつもは来ない高さにまで到達してしまった。高度計は一万五千メートルを示している。
『与圧正常、戦闘指揮所への酸素供給を開始します』
「ポッペンは大丈夫か?」
すると士官食堂からの通信が入る。
『私なら心配するな、生身でこの高さを飛ぶ男だぞ』
そうでした。頼もしいペンギンだ。
そうなると次は敵の追撃を警戒しないと。
「七海、ミサイルの第二波は?」
『飛んできてません……変ですね? それにさっき撃墜したミサイルも、爆発しませんでした』
七海が首をひねっている。
『撃墜したミサイルは全部で八発ですが、全てが不発というのは考えにくいです。演習用の模擬弾か何かだったのでは……?』
「小手調べ、という訳か。あ、まずいぞ七海」
俺は大事なことを思い出す。
「この艦、表向きは輸送艦だろ? 派手にレーザーぶっ放したから、もうあっちに正体がバレてる」
『あああ!? しまったー!?』
七海が頭を抱えてのけぞっている。
『用心深くなりすぎて、肝心な部分の用心を怠っていました……まずいです、これでほぼ確実に敵だと思われました』
「敵国本土爆撃用の戦略兵器だもんな、この艦」
『しかもクリムスキー級ミサイル潜水艦は、九七式重殲滅艦に対抗して建造された艦なんですよ……あうあうあう』
よほどショックだったのか、七海はモニタのステータスバーに手をついてうなだれる。
『大失態です……九四式輸送艦に偽装したまま、電波妨害と三十ミリ機関砲で対抗すべきでした』
こいつもしかして、異世界暮らしが長すぎて戦争のやり方を忘れかかってるんじゃないだろうな。
俺は少し考えたが、すぐに決断を下す。
「七海。模擬弾だろうがミサイルはミサイルだ。撃ってきた以上、殺し合いをするしかない」
さっきまでと違い、俺の気持ちは驚くほどに澄み渡って静かだった。
「敵艦を撃沈しろ」
『……いいんですか?』
七海が心配そうに俺を見つめるが、俺は微笑む。
「お前が俺を変えたんだろ。話し合いの時間は終わりだ。殺し合いを始めろ」
『了解しました、艦長』
七海は真顔でビシッと敬礼した。
* * *
艦を急速潜行させながら、私は苦々しい気持ちでいた。
『日本の偽装爆撃艦か』
『九四式輸送艦に偽装した九七式重殲滅艦だと思われます。こちらの予測と異なる回避運動をされたため、追尾に失敗しました』
『民間人を乗せた輸送艦かもしれないと思っていたが、例の悪名高い戦略兵器だったか』
結果論だが、模擬弾で様子見したのは完全な悪手だった。
『構わん、次はありったけの防空対艦ミサイルをくらわせてやれ。ヤツと共に元の世界に戻るぐらいなら、ここで差し違えた方が連邦国民を守れる』
極東の西側陣営という最も恐ろしい敵に対して、この艦がなすべきことはひとつだ。本土に襲来する敵飛空艦を一隻でも多く撃墜すること。
『連邦の基地か艦艇が敵の手に落ちているのは間違いない。連中は機密コードを知っていた。おそらく民間人だけで戦争を続けているんだ』
『何ておぞましい……』
さすがのサーシャも表情をゆがめる。俺だってそうだろう。
『敵の迎撃システムは優秀だ。完全な奇襲だったのに、八発全て迎撃されるとは予想外だった』
確実に当てる自信があったからこそ、全て模擬弾にしてやったんだがな。結果的に実弾を温存できたのでよしとする。
少なくとも温度境界層まで潜れば、敵艦はこちらを簡単には追尾できない。ただ九七式重殲滅艦は、強力な対潜爆雷を大量に搭載できる。
『あの艦が艦隊護衛用の対潜仕様だった場合が厄介だな』
『その場合は対潜用のソノブイなどを使っているはずです』
サーシャが言うが、私は油断できないと感じていた。
『我々の存在を最初から知っていた可能性もある。のんきに話し合いなど求めてきたのも、余裕の現れかもしれん』
こんな潜水艦などいつでも沈められるという余裕だ。違うかも知れないが、ありえないとも言い切れない。
『敵の対潜能力が不明な以上、長引かせるとまずい。飽和攻撃で一気にケリをつける。差し違える覚悟でやるぞ』
『了解、艦長。嬉しそうですね?』
『明らかな敵が目の前に現れたのだ。張り切るのは当たり前だろう?』
私はかつてない高揚感に包まれながら、頭上の敵を追い求め始めた。
* * *
「ここで潜水艦を逃がすと、次に捕捉するまでまた怯えて暮らさないといけない」
『そうですね……毎回うまく奇襲を迎撃できる訳ではありませんし、飽和攻撃されたら危険です』
「リスクは前払いで全額支払っておこう。差し違える覚悟でやるぞ」
こっちは平和的な解決を望んだが、戦争を望んだのはあっちだ。お望み通りたらふく食らわせてやる。
「ソラトビペンギン航空隊、総員発艦せよ!」
俺は持てる力全てを使って、「海の怪物」を葬る覚悟を決めた。