艦長の覚悟・3
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俺たちがエンヴィラン島に戻って何日か経つと、ポッペンが戻ってきた。四羽……いや四名のソラトビペンギンと一緒だ。
……いや、どれがポッペンだ? 見分けがつかない。
「帰ってきたぞ、艦長」
あ、見分けがついた。あの声はポッペンだ。よく見ると顔も確かにポッペンだな。
「お帰り、ポッペン」
するとポッペンは誇らしげに、他の四名の仲間を紹介してくれる。
「イカれた仲間たちを紹介しよう。右から順番に『高速バカ』『潜水バカ』『上昇バカ』『遠征バカ』だ」
ひどくない?
すると案の定、ソラトビペンギンの征空騎士たちがパラーニャ語で文句を言い始めた。
「お前に言われたくないぞ、『空戦バカ』!」
「いいから凍ったアジをよこせ! このへんの魚は生ぬるくていかん!」
「その紹介は失礼だぞポッペン! 俺は『上昇そして急降下バカ』だといつも言ってるだろ!」
「ヒュー、ここ涼しくて最高!」
なんなんだこいつらは。
確かにイカれてると思ったが、見た目は水族館っぽくなってきてなかなか楽しい。細かいことは気にしないことにする。
「はじめまして。俺がシューティングスターの艦長だ。ポッペンは我が戦友だ」
たちまちペンギンたちがペタペタ寄ってくる。
「やあアンタか、ポッペンと仲良くなった物好きな人間ってのは!」
「冷凍イワシでもいいぞ!」
「俺は急降下のために上昇し、上昇するために急降下する。そこは覚えておいてくれ」
「このでっかい鯨みたいなヤツは、どうやって飛んでるんだい? これでどこまで行ける?」
本当になんなんだこいつらは。
改めて紹介してもらったところ、彼らはこんな感じだった。
「私の大親友、『高速バカ』ことシュッピン。同い年だ。戦闘もせずに空中レースばかりしているバカだ。五百連勝を過ぎた辺りから、本人も記録を覚えていないようだ」
ポッペンの旧友らしい。
「それから次、こっちが『潜水バカ』のポップン。もうジジイだ。浅ましい食い意地で魚を求めて潜ってばかりいるバカで、私の義父だ。ペッピンを嫁にもらうときに空戦でボコボコにしてやった」
奥さんの父親をバカよばわりできるのって、ある意味凄いなと思う。言われた方も全く気にしてないし。
「『上昇バカ』にして『急降下バカ』のピュットン。私の先輩で、高いところに上がりすぎて真っ先にイカれたバカだ。落ちるの大好き。今度高度計を貸してやってくれ」
ポッペンの雑すぎる紹介に呆れてしまうが、覚えやすいので助かる。簡潔なのはいいことだ。しかしひどい。
「そしてこいつが『遠征バカ』のネルモデウス四世」
急に名前の方向性が変わってない?
「珍しいものへの憧れが強くて、巣立ちと同時に故郷を飛び出してしまったバカな若造だ。年に一度しか帰ってこないので、そろそろ死んだだろうといつも言われている」
お前も人のこと言えないだろ。
「征空騎士、整列!」
彼らは飛び込んできた格納庫で好き勝手なことばかりしていたが、ポッペンが号令をかけると整列する。
そして敬礼。
「我々『ニシンおいしい浜』征空騎士団は黒き翼に誓い、シューティングスター号に協力することを宣言します!」
ちょっと待って、発言する度にツッコミどころが出てくるの勘弁して。
「ニシンおいしい浜って何?」
「我々の故郷のことを、征空騎士の間では何となくそう呼んでいるのだ。他の営巣地と区別する為にな」
普通は他の営巣地には行かないから固有の名称は必要ないらしいが、征空騎士はそうもいかないという。単なる「営巣地」じゃ、どれだかわからないからだ。
しかし名前が名前なので、俺はそこを無理にパラーニャ語に訳さなくてもいいと伝える。
すると彼らはうなずき、一斉にこう言った。
「では、我ら『グエッカカルカルクェ』征空騎士団は……」
「呼びにくいから別の名前つけよう」
メッティが背後で腹を抱えて悶えているが、俺はコントをしている訳じゃないんだぞ。
すったもんだの末、彼らには「ソラトビペンギン航空隊」という新しい名前を与えることにした。いずれ違う営巣地出身の征空騎士が参加する可能性もあるので、この名前がいいと思う。
「ソラトビペンギン航空隊の隊長は、もちろんポッペンだ。よろしく頼む」
「任せておけ、艦長!」
ポッペンは最高に嬉しそうな声で、たぶん俺の顔を見つめてくれたのだった。
ああ、疲れた。
でもこれでようやく、「海の魔物」を追跡できるぞ。
ソラトビペンギン航空隊には哨戒任務に出てもらう。足首に発信器を付けてもらい、何かあれば即座に通報できるようにした。バイブレーション機能で緊急召集も可能だ。
なお哨戒任務の報酬として、毎日「ゲロ吐くぐらい」の冷凍魚を支払うことになった。彼らにとってキンキンに冷えた魚は故郷の味らしい。まあいいけど。
それから程なくして、シューティングスターに通報が入った。
『高速バカ……じゃなかった、シュッピンさんの発信器から通報シグナルを受信しました』
七海の報告に、ポッペンがすっくと立ち上がる。
「私が急行する。シューティングスターや艦載機が近づくとバレてしまうのだろう?」
「ああ。頼む、ポッペン」
ポッペンは記録用の通信機材を背負うと、指定された海域へと飛んでいった。重い通信機材を背負ってしまうと飛行距離が落ち、水にも潜れなくなるので、ポッペンはずっと母艦で待機していた。
俺は冷凍ニシンのブロックを割る作業を中止し、急いで戦闘指揮所に入る。
「七海、俺たちに今できることはないか?」
『ポッペンさんの現着待ちです。救助用の簡易ソノブイを投下してもらえば、何かわかると思いますから。少なくとも潜水艦かどうかは……』
七海が答えたとき、ピポッとウィンドウが表示される。
< 音紋照合完了 >
< バフニスク連邦軍クリムスキー級ミサイル潜水艦 >
「ビンゴだ!」
すると七海がこれ以上ないぐらい嫌そうな顔をする。
『あー、これマズいやつですね。八連装VLSを二十四基も積んでるミサイルお化けですよ。もちろん対艦ミサイルも撃てます。それも海中から』
最悪じゃん。
「話し合いで戦闘を回避できるかな?」
『お互いに規定がありますので、たぶん無駄だと思います。向こうが受けている命令次第ですね』
「異世界来てまで冷戦の続きをしなくてもいいだろうに」
『そう言われましても……』
だから戦争は嫌なんだ。戦争反対。
しょうがない、向こうがやる気なら沈めてしまおう。エンヴィラン島の周辺に出没されると、ようやく築き上げた俺の日常が崩壊する。
「七海、対潜用の火器はあるか?」
『ええと、海面近くまで上がってくれたら、五百五十ミリ光学湾曲砲が使えますね』
上がってくる訳ないよね?
いや、方法はあるな。俺は艦長権限でバフニスク軍製VLSの説明を読みながら溜息をつく。
「いざとなったらやるか。相手が今までシューティングスターとの接触を避けてきた理由がわからないが、いきなり撃ってこなかったのには理由がありそうだ」
『艦長が思ってるような優しい理由じゃないと思いますよ?』
「俺だって敵国の潜水艦と友達になれるとは思ってないぞ」
とはいえ、殺し合いは嫌だなあ。
「とりあえず例のヤツを準備してくれ」
『危険ばっかり高くて、あまり気が進まないんですけど……。命令ですので了解しました、艦長』
七海が溜息をつきながら、それでもびしっと敬礼してくれた。