表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/111

乙女と海賊・6

009



『目標地点上空に到着しました』

 メッティが髪を乾かしている頃に、七海が俺たちに報告してくる。

 LLサイズのタンクトップをワンピースのように着ていたメッティが、目を丸くした。

「もう着いたんか!? めっちゃ速いなあ」

「空飛んでるからな。便利な船だよ。だがここからは、七海に任せっきりにはできないぞ」



 俺は身支度を整える。

「聞き込みは七海にはできない。俺が行く」

「いやでも、あんたパラーニャ語わからへんやろ? 私が一緒に行かなあかんで」

「俺のこの眼帯は、声や音をこの船まで届けることができる。メッティはここにいて、通訳してくれればいい」



 メッティを危険な目に遭わせないための苦肉の策だったが、彼女は首を横に振る。

「まどろっこしいやろ? それに相手が敵やったら、通訳しとる暇なんかあらへんで」

「まあ、それはそうだが」

「せやから、私もついていく」

 タンクトップ一枚のくせに、やけに堂々とした態度だった。



 そして俺たちは光学迷彩で姿を消した七海に運ばれ、アンサールとかいう港町の港湾地区に降り立つ。

 なんていうか、魚臭いスラムだ。

 治安悪そうだけど大丈夫かな。



『艦長、どうか御無事で』

「無事を祈るより、なんか武器貸してくれ」

『大丈夫です、何かあれば艦砲で支援しますから』

 それ、俺も死んじゃうだろ。



 一方メッティはというと、しっかり元の服装に着替えて、腰のガンベルトにはフリントロック式の単発拳銃を納めていた。火縄銃みたいなもんだが、俺より武装が充実してる……。

 そして七海から支給された眼鏡をかけていた。

「うわ、ほんまになんか字とか線とか見えるわ……。なんやこれ」

「眼鏡型の通信ゴーグルだよ。それがあれば居場所もわかるし、七海や俺と会話もできるから、絶対になくすなよ」

 あっちは俺の眼帯と違って民生用で、主に艦の見学者に貸し出すヤツらしい。

「じゃあメッティ、通訳を頼む」

「うん、任せとき」



 聞き込みの結果、人身売買が行われている場所はすぐにわかった。

「この町の住人には、艦長は貴族に見えたみたいやな。身なりがいいし、肌もつやつやしとるし」

「そう?」

 お肌つるつるですか。

「あの、栄養状態のことやで?」

「ああ、旨いもん食ってるって意味ね」

 現代人だからバランスよく十分な食事をしてたし、それは納得できる。

 今後はどうなるんだろう……。



 それはさておき、俺は「愛玩用美少女を買いにきたどこかの貴族」と思われたらしい。

 愛玩用美少女?

「私のこと、艦長の愛人やと思ったみたいやで? 二号さんを買いに来たと思われたんやろな」

 ひどい誤解だ。



「俺の好みはもっとこう、むっちりぼいんぼいんのオウイエスシーハーアッハーンな感じなんですが」

「何を言っとるかはよくわからんけど、失礼なこと言われてるのだけはわかるで」

 メッティに睨まれてしまった。



 やがて到着したのは、スラムには不似合いな立派な劇場だった。

 メッティがつぶやく。

「売買される奴隷は、『採用面接を受けに来た俳優』って体裁になっとるらしいわ。変なものが置いてあっても『芝居の道具』で済まされるし、何か事件が起きても『芝居の練習』で片づけられてしまうんや」

「なるほどな」

 別の見方をすれば、ここで少々派手にやっても大丈夫ってことか。



「よし、入ろう。七海、指向性対人センサーを使え。劇場の敷地内にいる人間を全て表示しろ」

『了解、艦長』

 二秒ほどして、俺の眼帯とメッティの眼鏡に詳細な立体図が表示される。

 建物の内部構造と、そこにいる人間たちが全てわかる。



 メッティが目を丸くして、「ほふぅ……」と変態っぽい溜息をついた。

「こんなん、まるで魔法やわ……。でもこれが全部、科学技術やなんて……あかん、すごすぎてドキドキしてきた……」

 科学者の卵としては普通なのかもしれないが、どうみても変態だ。



 さて、どこから侵入しようか。

 どこも見張りだらけだ。さすがに犯罪組織の巣窟だけあって、警戒は厳重だな。

 しょうがない、七海に助けてもらおう。



「七海、お前の武装で木造物に火災を起こせるよな?」

『はい、可能です』

「劇場の離れに薪を乾かしておく小屋がある。あそこに小規模な火災を発生させてくれ。どさくさに紛れて侵入するから」

『了解しました。左舷砲門開放。演習モード起動、出力〇・〇〇〇〇一%で一秒間照射します』



 一瞬空が光ったように見えたが、よくわからなかった。

 でもしばらくすると、劇場の裏手が騒がしくなる。

「火事だって叫んどるで」

 メッティが通訳してくれた。



 よしよし、裏手に人がいっぱい集まってるな。眼帯に網膜投影されている立体画像で、劇場内の人間が裏手の巨大な熱源に集まっていくのがわかった。

「今動いているのは全部、奴隷商人側の人間だ。捕まってる子たちは部屋を行き来できないからな。七海、色分けしてくれ」

『はぁい』



 何だか楽しそうな七海の音声と共に、立体図の中を動き回るマーカーが赤と黄色に色分けされる。

『赤は敵勢力と推定される人物、黄色は不明です。人質や味方勢力は緑色で表示します』

 じゃあ、俺の隣にいる緑色はメッティか。



「では正義のヒーローの時間だ」

 完全に無人になったので、正面玄関から堂々と突入しよう。

 凝った装飾のドアは施錠されていたが、俺には消防斧がある。別名『マスターキー』。どんなドアでも開く。

 ということで、重厚なドアをバキバキと破壊しながら突入させてもらう。

「艦長艦長、こんなんすぐバレてしまうで!?」

「火事が収まるまでは大丈夫だろ、たぶん」

 メッティが慌てているが、俺は構わずブッ壊す。



 エントランスからホールへと乗り込み、客席を縫って舞台上に上がる。

 実をいうと、高校時代の俺は演劇部だった。こんな立派な舞台、奴隷商人に使わせておくのはもったいない。

「艦長、どないするん!?」

「舞台袖から楽屋裏に行けるはずだ。ひとつの楽屋に十人ほど閉じこめられている。一人も部屋から出てこない」

 たぶんそこが監禁場所なんだろう。



 当たり前だが、開演前の舞台には誰もいない。楽屋裏への通路にも人気はなかった。

 目的のドアは……やっぱり施錠されてるな。

 俺は再び『マスターキー』を振り上げると、遠慮なくドアをブッ壊した。

「ふはははは!」

「何で笑っとるん……?」

「いや、これ結構スカッとするぞ」

「艦長、もしかしてだいぶ鬱憤が溜まっとるん?」

 そうだね。



 ホラー映画の悪役ばりにドアをメキメキ壊しながら、俺は中に踏み込む。

 とたんに悲鳴が聞こえてきた。

 全部若い女性だ。



 室内には、木製の手枷をつけられた若い女性が十人ほどいる。お互いの手枷は鎖でつながっていた。

 ひどく怯えているので、すかさずメッティが進み出た。

「ドナクリータ! エレル、ディ、メッティ!」

 メッティがそう叫ぶと、片隅にいた女性が三人、ぱっと顔を輝かせる。

 ああ、あの子たちがメッティと同じ船に乗っていた踊り子さんたちか。

 うむ、確かに……いいな。とてもいい。

 こう、ダンサーらしい筋肉の引き締まり具合と、適度なむっちり感が……。とてもいい。



 喜んでる場合じゃなかった。

「メッティ、みんなを説得しろ。すぐに逃げるぞ」

「せやけど、手枷が」

「壊せばいい」

 マスターキーなら何でも開くぞ。



 俺とメッティは美女たちを全員連れて、狭い廊下に出る。

「艦長、どないするん?」

「逃げ切るのは難しいだろうから、七海に迎えに来てもらう。この通路を塞ぐぞ。先に舞台に上がっておけ」

「舞台?」

「いいから早く」

 俺はテーブルや衣装棚を動かし、狭い通路に簡単なバリケードを作った。

 こっちの通路からは誰も来ないようにしておかないとな。



 俺は急いで舞台に向かったが、それより早くメッティから通信が入る。

『艦長、あかん! 見つかった!』

「すぐ行く!」

 俺が舞台袖から舞台に飛び出すと、観客席に十数人の荒くれ男たちがいた。



 メッティが震えながら俺に言う。

「あいつら、奴隷商人の用心棒や! ナイフ持っとるで!」

 俺は眼帯に表示されている情報を参照しながら、ふむふむとうなずく。

「俺一人じゃ勝ち目ないな」

「なな、何言うとるん!?」

 メッティが慌てて俺にすがりついてきたが、俺は笑う。

「心配するな、俺は一人じゃない。急いで幕を下ろして隠れろ」



 メッティは目を白黒させていたが、すぐに真顔になってうなずいた。

「わ、わかった」

 俺はじりじり近づいてくる悪党たちに微笑みかける。

「俺の得物が、この斧だけだと思っているんだろう」

 俺は西部劇のガンマンのように、パッとコートの裾を払った。素早い動きで銃を抜く……ふりをする。

 悪党たちがビクッと身構えたので、俺は通じないとわかってはいたが日本語で警告する。



「武器を捨てろ。さもなきゃ撃つぜ」

 俺が構えたのは指鉄砲だ。

 メッティのフリントロック銃じゃ、一発撃ったら再装填に二十秒はかかる。命中率も低いし、敵を全滅させるのは無理だ。

 そして他に銃はない。

 まあでも、今のブラフで五秒ぐらい稼げただろう。



 俺の演技力も意外と捨てたもんじゃないな。

 悪ノリした俺はニヤリと笑い、指鉄砲を構えて撃つ仕草をする。

 悪党たちがなんか怒ったように叫んでるけど、言葉が通じないってのは案外気楽だ。

 あ、でもこっち来るぞ。やばいやばい。

 だがそれとほぼ同時に、背後の幕が下りた。

 そろそろ時間だ。



「七海、準備完了だ」

『了解、艦長。三十ミリ機関砲を使用します』

「ちょっと待って」

 待ってくれなかった。



 無数の炸裂音が轟く。

 天井にスポスポと穴が穿たれ、観客席の椅子がダンスを踊りながらバラバラになっていく。

 椅子だけではなく、その場にいた悪党たちも同じ運命をたどった。

 もっとも数回踊るうちに原型を留めなくなり、赤いシミだけ残してどこかに消えてしまう。

 三十ミリは人間を撃つ弾じゃない。威力があり過ぎる。



 俺とメッティの位置情報は七海が正確に把握しているので、俺や人質たちが撃たれる心配はない。

 とはいえ破片は飛んでくるだろうから、舞台の幕で防御する。

 問題は俺が幕の外にいたことだ。



「ストップ! 七海ストップ! もういい! 撃ちすぎ! あたっ!? ちょっ、破片飛んできてる! 痛い!」

 椅子だか床だか天井だかの破片がバシバシ俺に当たっている。

 七海にもらったコートは破片避けとして確かに立派に機能していたが、痛いものは痛い。

『あ、すみません。掃射を終了します』

 七海が軽い口調で応じて、唐突に静寂が戻ってきた。



 俺は背後のメッティに告げる。

「もういいぞ、幕を上げとけ」

 破片を受け止めてボロボロになった幕が、スルスルと左右に分かれる。

 怯えた表情の美女たちが、目をパチパチさせていた。

 メッティもなぜか、俺をまじまじと見つめている。



 あ、そうか。

 天井に大穴が空いたせいで、昼下がりの日差しが降り注いでいる。

 それがちょうど、スポットライトのように舞台の上だけを照らしていた。

 確かにこれじゃまぶしいよな。よく見えなくて不安だろうから、俺はメッティを安心させるために笑いかける。

「もう大丈夫だ、何も怖がらなくていい」



 七海の音声通信が入る。

『敵勢力の全滅を確認。現在、この建物は本艦の制圧下にあります』

「よくやった」

 俺はうなずき、まだ震えている美女たちにも笑顔を向けた。

「さあ、さっさとずらかろう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ