乙女と海賊・6
009
『目標地点上空に到着しました』
メッティが髪を乾かしている頃に、七海が俺たちに報告してくる。
LLサイズのタンクトップをワンピースのように着ていたメッティが、目を丸くした。
「もう着いたんか!? めっちゃ速いなあ」
「空飛んでるからな。便利な船だよ。だがここからは、七海に任せっきりにはできないぞ」
俺は身支度を整える。
「聞き込みは七海にはできない。俺が行く」
「いやでも、あんたパラーニャ語わからへんやろ? 私が一緒に行かなあかんで」
「俺のこの眼帯は、声や音をこの船まで届けることができる。メッティはここにいて、通訳してくれればいい」
メッティを危険な目に遭わせないための苦肉の策だったが、彼女は首を横に振る。
「まどろっこしいやろ? それに相手が敵やったら、通訳しとる暇なんかあらへんで」
「まあ、それはそうだが」
「せやから、私もついていく」
タンクトップ一枚のくせに、やけに堂々とした態度だった。
そして俺たちは光学迷彩で姿を消した七海に運ばれ、アンサールとかいう港町の港湾地区に降り立つ。
なんていうか、魚臭いスラムだ。
治安悪そうだけど大丈夫かな。
『艦長、どうか御無事で』
「無事を祈るより、なんか武器貸してくれ」
『大丈夫です、何かあれば艦砲で支援しますから』
それ、俺も死んじゃうだろ。
一方メッティはというと、しっかり元の服装に着替えて、腰のガンベルトにはフリントロック式の単発拳銃を納めていた。火縄銃みたいなもんだが、俺より武装が充実してる……。
そして七海から支給された眼鏡をかけていた。
「うわ、ほんまになんか字とか線とか見えるわ……。なんやこれ」
「眼鏡型の通信ゴーグルだよ。それがあれば居場所もわかるし、七海や俺と会話もできるから、絶対になくすなよ」
あっちは俺の眼帯と違って民生用で、主に艦の見学者に貸し出すヤツらしい。
「じゃあメッティ、通訳を頼む」
「うん、任せとき」
聞き込みの結果、人身売買が行われている場所はすぐにわかった。
「この町の住人には、艦長は貴族に見えたみたいやな。身なりがいいし、肌もつやつやしとるし」
「そう?」
お肌つるつるですか。
「あの、栄養状態のことやで?」
「ああ、旨いもん食ってるって意味ね」
現代人だからバランスよく十分な食事をしてたし、それは納得できる。
今後はどうなるんだろう……。
それはさておき、俺は「愛玩用美少女を買いにきたどこかの貴族」と思われたらしい。
愛玩用美少女?
「私のこと、艦長の愛人やと思ったみたいやで? 二号さんを買いに来たと思われたんやろな」
ひどい誤解だ。
「俺の好みはもっとこう、むっちりぼいんぼいんのオウイエスシーハーアッハーンな感じなんですが」
「何を言っとるかはよくわからんけど、失礼なこと言われてるのだけはわかるで」
メッティに睨まれてしまった。
やがて到着したのは、スラムには不似合いな立派な劇場だった。
メッティがつぶやく。
「売買される奴隷は、『採用面接を受けに来た俳優』って体裁になっとるらしいわ。変なものが置いてあっても『芝居の道具』で済まされるし、何か事件が起きても『芝居の練習』で片づけられてしまうんや」
「なるほどな」
別の見方をすれば、ここで少々派手にやっても大丈夫ってことか。
「よし、入ろう。七海、指向性対人センサーを使え。劇場の敷地内にいる人間を全て表示しろ」
『了解、艦長』
二秒ほどして、俺の眼帯とメッティの眼鏡に詳細な立体図が表示される。
建物の内部構造と、そこにいる人間たちが全てわかる。
メッティが目を丸くして、「ほふぅ……」と変態っぽい溜息をついた。
「こんなん、まるで魔法やわ……。でもこれが全部、科学技術やなんて……あかん、すごすぎてドキドキしてきた……」
科学者の卵としては普通なのかもしれないが、どうみても変態だ。
さて、どこから侵入しようか。
どこも見張りだらけだ。さすがに犯罪組織の巣窟だけあって、警戒は厳重だな。
しょうがない、七海に助けてもらおう。
「七海、お前の武装で木造物に火災を起こせるよな?」
『はい、可能です』
「劇場の離れに薪を乾かしておく小屋がある。あそこに小規模な火災を発生させてくれ。どさくさに紛れて侵入するから」
『了解しました。左舷砲門開放。演習モード起動、出力〇・〇〇〇〇一%で一秒間照射します』
一瞬空が光ったように見えたが、よくわからなかった。
でもしばらくすると、劇場の裏手が騒がしくなる。
「火事だって叫んどるで」
メッティが通訳してくれた。
よしよし、裏手に人がいっぱい集まってるな。眼帯に網膜投影されている立体画像で、劇場内の人間が裏手の巨大な熱源に集まっていくのがわかった。
「今動いているのは全部、奴隷商人側の人間だ。捕まってる子たちは部屋を行き来できないからな。七海、色分けしてくれ」
『はぁい』
何だか楽しそうな七海の音声と共に、立体図の中を動き回るマーカーが赤と黄色に色分けされる。
『赤は敵勢力と推定される人物、黄色は不明です。人質や味方勢力は緑色で表示します』
じゃあ、俺の隣にいる緑色はメッティか。
「では正義のヒーローの時間だ」
完全に無人になったので、正面玄関から堂々と突入しよう。
凝った装飾のドアは施錠されていたが、俺には消防斧がある。別名『マスターキー』。どんなドアでも開く。
ということで、重厚なドアをバキバキと破壊しながら突入させてもらう。
「艦長艦長、こんなんすぐバレてしまうで!?」
「火事が収まるまでは大丈夫だろ、たぶん」
メッティが慌てているが、俺は構わずブッ壊す。
エントランスからホールへと乗り込み、客席を縫って舞台上に上がる。
実をいうと、高校時代の俺は演劇部だった。こんな立派な舞台、奴隷商人に使わせておくのはもったいない。
「艦長、どないするん!?」
「舞台袖から楽屋裏に行けるはずだ。ひとつの楽屋に十人ほど閉じこめられている。一人も部屋から出てこない」
たぶんそこが監禁場所なんだろう。
当たり前だが、開演前の舞台には誰もいない。楽屋裏への通路にも人気はなかった。
目的のドアは……やっぱり施錠されてるな。
俺は再び『マスターキー』を振り上げると、遠慮なくドアをブッ壊した。
「ふはははは!」
「何で笑っとるん……?」
「いや、これ結構スカッとするぞ」
「艦長、もしかしてだいぶ鬱憤が溜まっとるん?」
そうだね。
ホラー映画の悪役ばりにドアをメキメキ壊しながら、俺は中に踏み込む。
とたんに悲鳴が聞こえてきた。
全部若い女性だ。
室内には、木製の手枷をつけられた若い女性が十人ほどいる。お互いの手枷は鎖でつながっていた。
ひどく怯えているので、すかさずメッティが進み出た。
「ドナクリータ! エレル、ディ、メッティ!」
メッティがそう叫ぶと、片隅にいた女性が三人、ぱっと顔を輝かせる。
ああ、あの子たちがメッティと同じ船に乗っていた踊り子さんたちか。
うむ、確かに……いいな。とてもいい。
こう、ダンサーらしい筋肉の引き締まり具合と、適度なむっちり感が……。とてもいい。
喜んでる場合じゃなかった。
「メッティ、みんなを説得しろ。すぐに逃げるぞ」
「せやけど、手枷が」
「壊せばいい」
マスターキーなら何でも開くぞ。
俺とメッティは美女たちを全員連れて、狭い廊下に出る。
「艦長、どないするん?」
「逃げ切るのは難しいだろうから、七海に迎えに来てもらう。この通路を塞ぐぞ。先に舞台に上がっておけ」
「舞台?」
「いいから早く」
俺はテーブルや衣装棚を動かし、狭い通路に簡単なバリケードを作った。
こっちの通路からは誰も来ないようにしておかないとな。
俺は急いで舞台に向かったが、それより早くメッティから通信が入る。
『艦長、あかん! 見つかった!』
「すぐ行く!」
俺が舞台袖から舞台に飛び出すと、観客席に十数人の荒くれ男たちがいた。
メッティが震えながら俺に言う。
「あいつら、奴隷商人の用心棒や! ナイフ持っとるで!」
俺は眼帯に表示されている情報を参照しながら、ふむふむとうなずく。
「俺一人じゃ勝ち目ないな」
「なな、何言うとるん!?」
メッティが慌てて俺にすがりついてきたが、俺は笑う。
「心配するな、俺は一人じゃない。急いで幕を下ろして隠れろ」
メッティは目を白黒させていたが、すぐに真顔になってうなずいた。
「わ、わかった」
俺はじりじり近づいてくる悪党たちに微笑みかける。
「俺の得物が、この斧だけだと思っているんだろう」
俺は西部劇のガンマンのように、パッとコートの裾を払った。素早い動きで銃を抜く……ふりをする。
悪党たちがビクッと身構えたので、俺は通じないとわかってはいたが日本語で警告する。
「武器を捨てろ。さもなきゃ撃つぜ」
俺が構えたのは指鉄砲だ。
メッティのフリントロック銃じゃ、一発撃ったら再装填に二十秒はかかる。命中率も低いし、敵を全滅させるのは無理だ。
そして他に銃はない。
まあでも、今のブラフで五秒ぐらい稼げただろう。
俺の演技力も意外と捨てたもんじゃないな。
悪ノリした俺はニヤリと笑い、指鉄砲を構えて撃つ仕草をする。
悪党たちがなんか怒ったように叫んでるけど、言葉が通じないってのは案外気楽だ。
あ、でもこっち来るぞ。やばいやばい。
だがそれとほぼ同時に、背後の幕が下りた。
そろそろ時間だ。
「七海、準備完了だ」
『了解、艦長。三十ミリ機関砲を使用します』
「ちょっと待って」
待ってくれなかった。
無数の炸裂音が轟く。
天井にスポスポと穴が穿たれ、観客席の椅子がダンスを踊りながらバラバラになっていく。
椅子だけではなく、その場にいた悪党たちも同じ運命をたどった。
もっとも数回踊るうちに原型を留めなくなり、赤いシミだけ残してどこかに消えてしまう。
三十ミリは人間を撃つ弾じゃない。威力があり過ぎる。
俺とメッティの位置情報は七海が正確に把握しているので、俺や人質たちが撃たれる心配はない。
とはいえ破片は飛んでくるだろうから、舞台の幕で防御する。
問題は俺が幕の外にいたことだ。
「ストップ! 七海ストップ! もういい! 撃ちすぎ! あたっ!? ちょっ、破片飛んできてる! 痛い!」
椅子だか床だか天井だかの破片がバシバシ俺に当たっている。
七海にもらったコートは破片避けとして確かに立派に機能していたが、痛いものは痛い。
『あ、すみません。掃射を終了します』
七海が軽い口調で応じて、唐突に静寂が戻ってきた。
俺は背後のメッティに告げる。
「もういいぞ、幕を上げとけ」
破片を受け止めてボロボロになった幕が、スルスルと左右に分かれる。
怯えた表情の美女たちが、目をパチパチさせていた。
メッティもなぜか、俺をまじまじと見つめている。
あ、そうか。
天井に大穴が空いたせいで、昼下がりの日差しが降り注いでいる。
それがちょうど、スポットライトのように舞台の上だけを照らしていた。
確かにこれじゃまぶしいよな。よく見えなくて不安だろうから、俺はメッティを安心させるために笑いかける。
「もう大丈夫だ、何も怖がらなくていい」
七海の音声通信が入る。
『敵勢力の全滅を確認。現在、この建物は本艦の制圧下にあります』
「よくやった」
俺はうなずき、まだ震えている美女たちにも笑顔を向けた。
「さあ、さっさとずらかろう」