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艦長の覚悟・1

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 メッティは子爵令嬢のサリカと親しくなり、ときどきはサリカの部屋に泊めてもらうことになった。パラーニャ王立大学では、在学生は日割りで寮を利用することができるそうだ。

 しかも大学の女子寮は近衛師団の女性部隊が警備している。女性王族の警護を担当するエリート部隊なので安心だ。



「子供がいないと気楽だな、艦長」

 ポッペンがくつろいだ声でそう言い、シャワールームに備え付けのバスタブに潜る。

 シューティングスターは米軍の設計なので浴槽はないのだが、日本側が後から勝手にシャワーを減らして浴槽を追加したらしい。



 俺は隣のシャワールームに入りながら、気楽に応じる。

「大人の男だけだからな」

 俺もポッペンも大人の男だ。気楽でいい。

 すると七海が艦内放送を使って反論してきた。



『私は一応、性自認は女性ですよ』

「お前は人工知能じゃないか」

『人工知能の女の子です!』

 うーん……。めんどくさい。こいつに人間の女性相手のように接することを考えると、急に楽しくなくなってくる。気を遣う。



「おっさん同士の裸の会話に割り込んでくる時点で、もういろいろダメな気がするぞ……」

『い、いいじゃないですか、それぐらい!』

 よくない。

 俺は話題を変えることにして、ポッペンに声をかける。



「ところでソラトビペンギンの集落、次はいつ帰る? 臨時測候所のデータを回収したい」

「そうだな。資金もだいぶ貯まってきたからな」



 ソラトビペンギンは人間並みの知能と洗練された文化を持っているが、体は完全にペンギンだし、生息地域は不毛の南極だ。おかげで文明を築けない。

 安全な街を作る為には資材と人員の輸送が必要だが、莫大な費用がかかる。見積もりを出すにも、まず南極の気候を調査しておく必要があった。

 そこでシューティングスターの機材を降ろし、今は気象データを記録させている。



「不公平がないように全ての者に屋根を与えたいが、途方もない大きさになってしまうだろうな」

 ポッペンがそう言うので、俺はシャンプーで頭を洗いながら応じる。

「そうだな、世帯単位の小さな家をたくさん建設する方がいいかも知れない」



 大きなドームに全員収容しようとしたら、水回りや空調や出入りで問題が発生しそうだ。建築も修理もままならない。

「そういえば、職人と建築家の手配をカレンに頼んでいる。本当は王室に頼めば簡単なんだが、借りは作りたくないんだろ?」

「ああ。私は国家とかいう形のないものを、まだ信用していない。私が信用するのは艦長、あなた個人だけだ」

 光栄です。



 俺たちはアンサールの港に向かい、そこでカレンと落ち合う。

 ずっと前にここで奴隷市場を瓦礫に変えたので、アンサールの港湾地区にシューティングスターが来ると大騒ぎになる。

「ぎゃああ、出たああぁ!」

「海賊騎士だ!」

「殺さないでええぇ!」



 モスキート偵察機が拾ってきた音声から、街の混乱ぶりがよく伝わってくる。声の主はみんな犯罪者だ。

「艦長は正義の執行人だからな」

 風呂上がりのポッペンが冷凍イカをあぐあぐやりながら、楽しげな声で言う。

 別に正義って訳でもないんだけどなあ……。



 俺は戦闘指揮所の艦長席に腰掛け、腕組みしながら命じる。

「七海、そのへんに降下しろ。建物を破壊しない程度にな」

『じゃあモレッツァ大劇場の跡地にしましょう』

「カレンの話だと、海賊騎士の呪いがかかっていると噂されてるそうだな」



 モレッツァ大劇場はヤミの奴隷市場になっていて、俺が……いや、七海が三十ミリ機関砲でメチャクチャにブッ壊した。

 未知の兵器による突然の襲撃は、地元の犯罪組織たちに凄まじい恐怖心を植え付けたらしい。おかげで土地は再利用されず、一年経った今でも崩れた瓦礫が残る廃墟のままになっている。



「いつも思うんだが、お前はやりすぎだ」

『これでも精一杯手加減してるんですよ!?』

 涙目になり、拳を握って力説する七海。努力は認めたいけど、やっぱりやりすぎだと思うなあ。



「大量破壊兵器にしてはがんばってると思うよ」

『でしょう!?』

 パッと笑顔になる七海。健気だとは思うんだけど、あれがどこまで演技なのかわからないので不安になる。

「降りるぞ」

 俺は小さく溜息をつき、降下の準備をすることにした。



 大海賊『雷帝』グラハルドの手下だった女海賊カレン。元々は郷士の娘で、貴族と富農の中間に位置する良家のお嬢様だ。

 今は海運会社を設立し、グラハルドの船を使って輸送や護衛などで立派に働いている。



 そして乗組員の多くは貧困層の女性で、カレンは弱い立場の女性たちの救世主として尊敬を集めている。立派になったなあ。

 そんな立派なカレンが、今日も酒場で俺に絡んでくる。

「艦長、最近は王立大学に通ってるんだって?」

「俺じゃない。メッティだ」



 金髪の美女が俺にぐいぐい寄ってくるので、俺はじわじわ後退して距離を取る。こいつとのコミュニケーションについては、未だに最適解がつかめていない。

 俺は糖蜜酒をストレートで飲みながら、ふとつぶやく。

「大学ならもう出ている。演劇論を軽く学んだ程度だが」

「えっ!?」



 驚いた顔をするカレン。周囲にはカレンの手下たちも大勢いるが、みんな驚いている。

「艦長、そんな秀才だったの!? やっぱり貴族だったんだ!?」

 俺のいた世界には大学がたくさんあったし、学問における演劇論の比重もパラーニャとはずいぶん違う。



 一方、神学や芸術がまだまだ学問の柱として重視されているパラーニャでは、演劇は伝統ある貴族の学問だ。非常に格式が高い。

 カレンは郷士の出身だから、どうしても「大学で演劇論を学んだ人=身分の高い貴族で国内有数の秀才」という印象になるんだろう。

 この誤解をどう解いたものか。



 ……もういいや、めんどくさい。

「さあな?」

 俺はフッと笑い、糖蜜酒のショットグラスを傾けた。

「それよりカレン、石材の手配はできそうか?」

「あー、それが……」

 カレンは気まずそうな顔になる。



「ごめん、艦長。今、このへんの海が大変なことになってるの」

 こいつが大変なことって言うぐらいだから相当だな。俺は糖蜜酒の残りを確かめ、それからカレンに言う。

「聞かせてくれ」



 カレンの語ってくれた「大変なこと」は、予想以上に大変だった。

「海に魔物が出るのよ。それも姿を見せずに船を沈めちゃう、恐ろしい魔物が」

 姿を見せてないのに、なんで魔物だって断言できちゃうのかな。

 そんな疑問を抱いたが、この世界の人々にとっては訳のわからないものは全部魔物だ。



 科学が未発達な世界では、真相を究明するのにも危険が伴う。時間もかかるし、何もわからないことが多い。

 だったら片っ端から「魔物フォルダ」に入れて、とりあえず近寄らないようにした方が効率がいい。そういうことだ。



 ただ俺の場合、そうもいかない。危険は承知で、元の世界に帰る方法を探しているところだ。怪しいものには片っ端から首を突っ込む。

「面白そうだな」

「艦長、グラハルドの親父さんより剛胆よね……。もしかして、怖いものが何にもないの?」



 空飛ぶ超ハイテク軍艦に乗ってれば、誰だって大胆にもなる。無敵だもん。やることが大雑把だけど。

「怖いものならいくらでもあるが、怖がる価値があるのか自分で確かめる主義だ。もう少し詳しい情報を頼む」

「ああ、うん。沈められてるのはだいたい、武装商船ね。他の船を襲ってるところばかり狙われてるみたい。襲われた側はみんな無事だって」



 陸では法律を守る善良な交易商人の中にも、海では本業の合間に海賊稼業で儲けを出す連中がいる。

 海の上で何があったかなんて、陸の官憲にはわからないからだ。だからこの海から海賊が完全に消えることはない。

 しかし面白いな。襲撃側だけ沈められてるのか。



 カレンは腕組みして、こんなことを言っている。

「みんなは怖がってるけど、中には神様が遣わした正義の魔物なんじゃないかって言ってる人もいる。沈められてるの、悪党ばっかりだもんね」

 正義の魔物か。俺は首を横に振る。

「人間の考える善悪など、自然は意にも介さない。そして神は気安く手を差し伸べたりはしないものだ。そうだろう?」



「ま、それもそうか」

 信仰心の薄いカレンはあっさり納得して、首を傾げる。

「じゃあ、艦長はどう思ってるの?」

「沈められている側は先に大砲を撃っているのではないか? ここらの海賊は火薬代をケチらない」

「そうね、たぶん撃ってると思う。撃ちまくったら赤字になるのにね」



 俺はうなずき、仮説を立てる。

「大砲を発射した衝撃は船体から水中に伝わる。水の中に何かいるのなら、そいつは大砲の音を聞いていたはずだ」

 カレンはますます首を傾げた。



「てことはやっぱり、ただの魔物?」

「さて、どうだろうな」

「んもー! そうやっていつも振り回す!」

 カレンが何かぷりぷり怒っているが、仮説は検証しないと意味がない。ここはひとつ、海の平和のために一肌脱ぐか。



 俺は雷帝の船長帽を被り直し、カレンに言った。

「では調査してみよう」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] わざわざ建材持ち込まなくても 現地の雪で、イグルーみたいなのを作った方がいいんでないの?
[良い点] 時々ポッペンの「あぐあぐ」いいですね。
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