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栄光の次席・1

082



 こうして、我がシューティングスター号のクルー、通訳と経理を担当するメッティは、パラーニャ王立大学の名誉ある学生となった。

 パラーニャには大学自体がこれひとつしかないから、どれぐらいのエリートかわかるというものだ。

 俺も鼻が高い。あんまり関係ないけど。



 だが入学するとなると、いろいろな問題が生じてくる。

「下宿先を探さんとあかんなあ」

 メッティがそんなことを言い出したので、俺は士官食堂の厨房からエプロン姿のまま振り返る。

「シューティングスターがあるだろ?」

 毎日エンヴィラン島から往復便を出すぞ。



 しかしメッティは首を横に振る。

「せやけど、それやと艦長が仕事できへんやろ? 私の送迎だけで一日終わってしまうで? それに実験とかある日は、帰りが遅くなるし」

「だからこそだよ」

 俺はパンケーキを皿に移し、冷凍庫で作った自家製アイスクリームを上に盛る。ハルダ雑貨店の特製ベリージャムも添える。



「首都ファリオの一等地にあるとはいえ、この国は治安が悪い。お前みたいな子供……」

「子供ちゃうで」

「はい。ええと、若い娘が夜遅くに帰宅することになったら、とても危ない」

 彼女の父のウォンタナも心配しているし、俺だって心配だ。



 俺はフォトジェニックなパンケーキをメッティの前に置きながら、エプロンを脱いで椅子の背もたれに掛ける。

「そもそもお前、大学の女子寮に入る予定だったろ。街中で下宿なんて、ウォンタナが許可しないぞ」

「せやけどあの寮、私は苦手でなあ……なんやあれ、お嬢様だらけやん」



 そりゃあこんな世界で王立大学に通える女の子っていえば、とてつもなく裕福な家の子女に決まっている。女性に学問は必要ないというのが、パラーニャの一般常識だ。

 だから王立大学の女子学生も学問が目的ではない。大半が結婚までの腰掛けだ。



 その結婚のために、将来有望な結婚相手を大学で見つけるという目的もある。

 王立大学の学士は高級官僚になる者も多いし、有力貴族の子弟も多いからだ。未来の旦那様としてはなかなか悪くない。



 一方、本気で勉強する「ガチ勢」の女子学生も多少いるが、彼女たちにしても学問より出世の方が大事だという。彼女たちは実家にいるのも結婚するのも嫌なので、官僚や実業家になって自力で稼ぐ道を選ぶのだ。

 だからメッティと話の合う女子学生はいない。



「異なる価値観を持つ者と付き合っていくのも、大事な勉強だぞ」

「それは講義のときだけでええやろ……。さすがに帰宅後もそんなんと同室やったら、気が滅入るわ」

 おっしゃる通りです。



 メッティは俺のフォトジェニックなパンケーキをもぐもぐ食べながら、真剣な顔で悩んでいる。

「あとな、寮に入るのにお金めっちゃいるねん」

「海賊退治のときの賞金を使えばいいだろ。足りなければ俺が出す」

「もったいないわ。本代に回した方がマシやし、卒業後にまとまった蓄えがないと困るやろ」

 堅実だ。さすがは商人の娘。



 だがそれならそれで、俺も提案したい。

「シューティングスター号に下宿するなら、家賃は格安にしといてやろう。俺は家賃収入を生活費に回すから、仕事を減らせる」

「あー、なるほど。どうせ金を払うなら、身内で回そってことやな?」

「そういうことだ。現物払いでもいいぞ」

 ハルダ雑貨店の食料や生活雑貨は品質が良く、遠方の船乗りたちも愛用している。



 メッティは素早く思考を巡らせたようで、うんうんとうなずく。

「せやったら、家賃はハルダ雑貨店の商品で払うけどええかな? 家賃分、好きなもんを選んでくれたらええから」

「おう、全く問題ないぞ」

 もともとだいたいハルダ雑貨店で買ってるからな。



「よっしゃ、商談成立や。商品の代金は私が家にお金入れとくから心配無用やで」

「おお、偉いぞ」

 俺はにこにこ笑って彼女を誉めたが、笑顔のままふと考える。

 そのお金を、そのまま俺にくれたら良かったんじゃないの?



 まんまと店の売り上げに貢献させられてしまった気がするが、俺は別に損をしていないのでよしとする。

 まだ十五歳なのにこの商売上手、将来が楽しみだ。



 こうしてシューティングスターは空飛ぶ下宿と化し、朝夕には空飛ぶスクールバスとしてエンヴィラン島と首都ファリオを往復することになった。

 首都直行の定期便になったので、エンヴィラン島の人たちは大喜びだ。首都での買い出しなど、ちょっとした依頼がガンガン舞い込むようになった。

 だがそうなると、日中の俺はだいたいファリオで暇を持て余すことになる。



 しょうがないので王様と雑談などする。

「海賊騎士よ、そなたと話せる機会が増えたことを嬉しく思うぞ」

 国王フェルデ六世はうきうきした口調でそう言い、俺に紅茶を勧めてくる。

 俺は白磁のティーカップを見つめながら、洗練された優美なデザインに目を細めた。



「俺もあなたと話す時間は心地よい。公務の合間に時間を割いていただき、感謝している」

「当然のことだ、友よ」

 悠々と笑っている王様。でもその背後で側近たちがそわそわしているのは何なんでしょうね、陛下。

 まあいいか。



 フェルデはふと表情を曇らせ、俺に謝罪する。

「ところで例の『シュウガ』なる人物については、あれからも続報はない。周辺国に送り込んでいる密偵たちも、その名は聞かぬと申しておる」

 なるほど。

 ところで今、背後の側近たちがメチャクチャ慌ててますよ。周辺国に密偵を送ってること、俺に言ったらダメだったのでは?

 ……まあいいか。



 王はさらにこう言った。

「異世界より来た者が国益に直結していることは、我が国のみならず隣国ライデルを見ても明らかだ。ぜひシュウガ殿も見つけ出し、我が国の発展にも力を貸してもらいたい」

「力を貸してくれるかはわからないが、彼は信頼できる人物だ。俺より遙かに学識深く、人を惹きつける人徳もある。穏健だが決断力はあり、そして何より欲がない」



 シュガーさん、ドロップアイテムの分配とかもサッパリしてたもんなあ。モノに執着するところを見たことがない。

 それを聞いたフェルデは、感心したように何度もうなずく。

「異世界の知識は今後、何よりも重要な財産となるであろう。艦長以上の学識となれば、王国史に残る賢人だ」

 比較対象が俺なので、それはちょっとわからないです。



 ただ、王様が言っていることは間違っていない。パラーニャもそうだが、このへんの国々はどこも近世の終わりに差し掛かっている。ここが各国の勝負どころだ。

 まだ工業化ができるほどの技術力や生産力はないが、近代的な技術や概念を実用化できる段階には達しているようだ。

 実際、俺が気象学者のラウドに伝えた知識なんかも、すでに王立大学で実証研究が始まっているらしい。



 でも俺はそれより先に、王に言っておきたいことがあった。

「国の繁栄の為に最先端の知識を求めるのも大事だが、その次にすべきことも忘れてはいけない」

「それは何だ、我が友よ?」

「国の治安を良くし、汚職や不正を一掃し、社会保障を導入することだ。つまり、下々の者たちの暮らしを良くすることだ」



 俺が今までに出会った英雄たちは、みんな不遇だった。

 政略結婚の道具にされるのを嫌い、女海賊になったカレン。

 勤めていた陸軍気象局を廃止され、インチキ雨乞い師になったラウド。

 この二人は特に顕著だった。世の中さえまともなら、二人とも強盗や詐欺なんて働かずに済んだ身だ。



 俺は彼らの名前を挙げ、王に言った。

「古来より王族や貴族の間には、平民たちを『悪辣で不正直な怠け者』や『国家を蝕む害悪』と断ずる風潮もある。だがそうではない。平民たちが善良かつ正直に生きようとすれば、たちまち飢え死にしてしまうのだ。国の制度に問題がある。このパラーニャもだ」

 俺の言葉に、王はじっと聞き入ってくれている。俺は言葉を続けた。



「正直者が生きられない国を作っておいて、正直者がいないことを嘆くのは愚かなことだ。そうは思わないか、王よ」

 ちょっと過激な言葉ではあるが、これだけは言っておきたかった。

 フェルデはじっと考え込み、それから深々と溜息をつく。



「……返す言葉もない。そなたの言う通りだ。だが、どうすればいい? 仮に税を減らしたところで、民衆はすぐさま酒代に使ってしまうだろう。そして国庫が先細り、必要な予算が確保できなくなる。あるいは村々の大通りに銀貨をばらまいたところで、何かが変わるとも思えぬ」

 王の言葉は正しい。即効性のある解決策なんかない。

 だから俺はこう返す。



「学問の発展によって得られた知識を、民衆にも惜しみなく授けるのだ。知識は財を生む。さらに正直に生きられる社会があり、法と罰の釣り合いが取れていれば、罪を犯す者も大幅に減るだろう」

「ふーむ」

 まだ納得してないようだな。



「俺のいた世界では実際に、皆よく法を守る。些細な罪は犯すが、大きな罪を犯す者はほとんどいない。理由はいろいろあるが、民が総じて聡明なのが大きな理由だ」

「ううむ、想像もつかぬな……」

 だろうね。



「例えば俺の国では、ほとんどの者が読み書きできる。算術も達者だ。メッティぐらいの者なら何百万人といる」

 とたんに王が腰を浮かせた。

「あの天才が!? 何百万もだと!?」

「庶民の子でもあれぐらいは学べるのだ、王よ」

 メッティも俺よりは数学ができるけど、数学専攻の大学生よりはずっと下だからな。波動関数とか知らないはずだし。俺も知らないけど。波動関数って強そう。



 一方、王様はショックを受けていた。

「王立大学始まって以来の天才が何百万も……。にわかには信じがたいが、シューティングスターを作り出す技術力を考えれば納得せざるを得ぬな……」

 心配しなくても、その何百万の中に俺は入っていません。

「それだけではない。普通の平民でも、パラーニャの医者より病の仕組みを知っている。知っているだけで、治療ができる訳ではないがな」

「なんと」

 感染症や生活習慣病の基礎知識でさえ、この国ではまだ知られていない。



「そうなれば、おのずと治安は良くなる。皆、物わかりが良くなるからな。さらに労働者の生産性が高くなり、高度な技術も素早く修得できるようになる。技術者や研究者は言うまでもあるまい」

「納得した……。夢物語ではなく、そのような国が実際にあるとすれば、パラーニャも目指さねばなるまい」

 王様が燃えている。だからこの人が大好き。



「俺のいた世界では、優れた人材を安定して生み出すシステムが確立している。だから人材の質だけでなく層も厚く、得られる知見も多い。しかし頭の出来自体は、どちらの世界も大した差はない。単純に国のあり方の違いだ」

 俺はそう言って、ここぞとばかりに演劇っぽくフェルデの目を見つめる。

「そしてこの国のあり方を変えることができるのは……王よ、あなただ。他の誰でもない」

「うむ」

 ぐぐっと真剣な表情でうなずくフェルデ。



 だが俺は理想を追う前に、現実についても言及しなければならなかった。

「もっとも、国民皆教育などまだ無理だ。今のパラーニャにはそこまでの余裕はない。十歳にもならない子供でも働かねばならないからな」

 一瞬、ミオの顔が脳裏をよぎる。

「そこで話は最初に戻るが、まずは少数精鋭の人材育成だ。それだけに王立大学には期待している」

 そう締めくくって、俺は立ち上がった。



「さて、そろそろメッティを迎えに行く時刻だ」

「おお、もうそんな時刻か。ついつい話し込んでしまった。昼食を食べ損ねたな」

 しまった、宮廷料理にありつくチャンスを逃した。

 まあいいや、次の機会にでも。



 ところが去り際に、フェルデがとんでもないことを言い出す。

「海賊騎士よ。そなたはやはり、歴史に名を残すべき賢人だ。我が大学で教鞭を執ってはくれぬか? その知見を若者たちに伝えて欲しい」

 無茶苦茶言い出したぞ、この王様。

 さすがに王立大学の学生は頭がいいから、俺には教えられない。恥をかくのは俺だ。



 俺は内心焦りながら、そっけなく返す。

「俺の知識も知見も、元の世界で軽くかじっただけの付け焼き刃だ。浅薄すぎて役には立たん。自力でどうにかするのだな、王よ」

「むむう……」

 はいそこ、諦めて。早く諦めてください。

 未練たっぷりの視線を背中に浴びつつ、俺は宮殿を後にしたのだった。

 王様がろくでもないことを考えてるから、しばらく近寄らないでおこう……。


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