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英雄伝「士の道」

081「士の道」



 パラーニャ王立大学には簡単な入学式があり、国王からの訓辞と入学生からの答辞がある。

 入学式の前に集まった入学生たちは互いに顔を見合わせ、待ち時間に雑談を始める。

「今年の答辞は誰だ?」

「首席合格者がやる決まりだから、まあ俺たちじゃないだろ……」

「親のコネだからな、ははは」



 入学生のうち、貴族の子弟は無試験で入学できる。彼らはもともと高い教育を受けているのが普通であり、それを理由に筆記試験を免除されていた。

 本当の理由は、彼らが認める通り親のコネだ。

 王といえども貴族たちの機嫌を損ねる訳にはいかない。



 だが貴族の息子たちは頭を掻く。

「卒業できるといいな、俺たち」

「卒業だけはコネが通用しないからな……」

 厳しい試験を突破してきた平民の入学生たちに対して、彼らは微かな気後れがあった。

「俺の親父、六回留年したんだよなあ」

「うちの兄貴なんか、卒業の見込み無しって言われて放校されたぞ」



 そんな会話をしているうちに、国王フェルデ六世陛下の訓辞が始まった。

「そなたたちはこれより、王立大学にて最先端の学問を修めることになる。見事学業を成就させた暁には『学士』の称号を与えられ、王国の宝として遇されよう」

 あくまでも卒業できたらだぞと、言外に念を押す国王。



 王はフッと笑う。

「我が王立大学の厳しさは本物だ。私も王太子時代、学士認定試験には二回落ちたからな。即位に間に合わなければ退学せよと先王陛下から脅されたのに、我が師たちは一切の容赦がなかった」

 これはフェルデ六世の訓辞で必ず触れられる、鉄板ネタだ。国王と距離の近い貴族子弟たちは、思わずクスクス笑う。



 一方、平民たちは国王をこんな間近で見ることすら希なので、ガチガチに緊張している様子だった。

 国王は苦笑いをしたまま、言葉を続ける。

「学生のときは師を恨んだが、思えばこれこそが王立大学の質の高さを物語っていると言えよう。学士への道は険しいゆえ、そなたたちも励むように。泣き落としは通用せんからな?」

 またクスクスと笑い声。



「さて、訓辞はここまでとしよう。入学生諸君! ようこそ、王立大学へ!」

 主に貴族子弟たちが和やかな空気に包まれたところで、国王は短めの訓辞を終わらせた。

 次は答辞だ。



 壇上の国王の傍らに進み出たのは、十代半ばの少女。やはり平民だ。

 しかし彼女の年齢に、入学生たちが動揺する。

(まじか)

(あんな小娘が首席かよ……)

(普通は神官の誰かだって聞いてたが)

(女なんかに負けるなんて、他の連中は何してたんだ)

 女性に対する偏見もあり、少女に向けられるまなざしは決して好意的ではない。



 だが少女は全く動じることなく国王に一礼する。国王はうなずき、彼女の名を呼んだ。

「エンヴィラン島のメッティ・ハルダ」

「はい、陛下」



 貴族と違って平民の姓は大した情報にならないので、こういう場では出身地を名前の最初につけるのが慣例だ。より正確に言えば、「信徒台帳がある教区」の名前だ。

 それが名高いエンヴィラン島だったので、一同はますます動揺する。

(海賊騎士の島か)

(まさか海賊騎士の関係者じゃないだろうな?)

(クソ田舎の小島だと思っていたが、こんな優秀なヤツがいるのか……)



 フェルデ六世は実に満足げな表情でうなずき、一同にメッティを紹介する。

「今年の入学生は例年以上に優秀であったが、この者は特に優秀であった。文学・語学・哲学・史学・数学・化学の全科目で首席になっただけでなく、数学の問題に誤りがあったことを論理的に指摘し、証明してみせた。なお、数学と化学は満点だ。二科目での満点は王立大学始まって以来の快挙である」

 一同がどよめく。



「嘘だろ……。まさか教授たちより頭いいのか?」

「あのクソ難しい数学で満点って、どんだけ優秀なんだよ」

「幾何学も代数学も全部解けたなんて、エンヴィラン島すげえな……」



 向けられるまなざしが変わる中、少女は定められた答辞を読み上げる。

「我ら入学生一同はこれより真理の頂を目指す者となり、かつて先に歩んだ者たちの切り開いた道を歩み、いずれ後から来る者たちに標を残せるよう精励し、王国の発展に寄与することを誓います」

 全く訛りのない正統ファリオ式の美しい発音で、少女は伝統ある答辞を読み上げた。

 拍手が広がり、壇上の少女は国王に再度一礼する。

 そしてなぜか窓の外をチラリと見上げた後、にっこり笑った。


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