表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/111

乙女と海賊・5

008



 俺はメッティをしばらく休ませてやろうと思ったが、彼女がだいぶ汚れていることに気づく。

「ついでにシャワーでも浴びるといい」

「やった、シャワー!……って何?」

 そりゃそうか。



 七海が説明してくれれば助かるんだが、シャワールームにモニタはないらしい。まあそうか。

 仕方ないので、俺がシャワールームまで案内する。

 シャワーノズルを手に、使い方を説明する俺。



「ここから水や湯が出る。赤い方がお湯で、青い方が水だ。お湯が出てくるまで少し待て」

「わかった。しかし何から何まで、ほんまに便利やなあ」

 メッティはまじまじとシャワーノズルを見つめている。



「お前の服は洗濯しておくから、後で廊下にでも出しておいてくれ。着替えは……ああ、これでも着てろ」

 艦内の備品に特大サイズのタンクトップがあったので渡しておく。

 あれだけ大きければ、ワンピースみたいにできるだろう。



「じゃ、ごゆっくり」

 俺がシャワールームを出ようとすると、メッティは俺をじっと見つめて口を開く。

「あの……」

「どうした?」



 メッティは、ためらいがちにうつむく。

「ほんまに、ほんまにありがとな。私……あのまま死ぬんかなって、ずっと思ってた」

 無理もない。漂流する船に取り残されて、水も食料もなかったんだ。

 俺だったら五日も正気を保てない。



 だから俺は笑ってみせる。

「よく頑張ったな、メッティ。もう大丈夫だ」

 これ以上の言葉は不要だろう。

 俺は通路に出る。



 その後、俺は回収したメッティの衣類を艦内備え付けの洗濯機に放り込みながら、ふと考える。

 俺は今日、一人の少女を助けた。

 俺がこの世界に来たことで、少なくとも一人の命を救うことができた訳だ。

 もし俺がこのまま元の世界に戻れなくても、俺がこの世界にたどりついた意味はある。



 少し妙な話だが、そう考えると不思議に安心できた。

 その代わり海賊船四隻分の人命を奪ってるんだが、あれは完全に自業自得なので諦めてもらおう。

 そしてこれから、あと三人ほど救う予定だ。うまくいけば、だが。

 うん、なかなか悪くないじゃないか。



 もちろんできればさっさと帰りたいんだけど、今日の全体会議は出たくなかったから、むしろ少し嬉しくもある。

 成金社長のクソつまらねえ訓辞にメモ取ってるふりをするよりは、軍艦に乗って美女を助けてる方が楽しいよな。



 そんなことを、シャワールームの横の洗濯機にもたれながら考える。

 シャワールームからは水音と共に、メッティの歌声が聞こえてくる。

「メルティオゥレ~ッ、ツォルティラアァニャ~」

 何語かわからないが、微妙にこぶしが入ってるのが面白い。

「エスカパドゥラァ~ッ、イェンファッ、シニイィヤアァ~」

 微妙に音程がズレている気もするが、とにかく楽しそうだ。

 よかった。



 そう思って微笑んだとき、急にメッティの口調が変わる。

「ヒャッ!? ヒァーテッ!? ヒァーテテテテッ!」

 なんだなんだ。

「おいメッティ、どうした!? 何が起きた!」

 聞こえてないのか、返事はない。

 なんか叫んでいるだけだ。



 俺は七海に呼びかける。

「七海、緊急事態だ! シャワールームのロックを解除しろ!」

『了解しました!』

 即座にドアが開く。

 脱衣所を駆け抜けて俺がシャワールームに飛び込むと、もうもうと白煙が漂っている。



「無事か!?」

 一瞬何かの事故かと思ったが、どうやらこれは湯気のようだ。俺の眼帯にも、そう表示されている。

 あ、メッティがいるな。

 よく見えないが無事なようだ。

 即座にメッティにバスタオルをぶん投げて、俺はシャワーを見上げる。



 湯気の原因はすぐにわかった。

 シャワーの熱湯だ。温度設定が最高になっている。

 設備に慣れないメッティが、知らないうちに触ってしまったんだろう

「待ってろ、すぐに止める」

 シャワーを止めて、ついでに温度設定を適温に戻しておく。

 すぐに湯気が晴れてきた。



 と同時に、湯気に覆われていた肌色のあれやこれやが見えてきたので、俺はただちに踵を返す。

 背中を向けたまま、俺は非礼を詫びる。

「すまん、パラーニャ語の悲鳴だったから、何が起きたかわからなかったんだ。すぐ出る」

「せ……せやな……。うん、あれは仕方あらへん……」

 メッティの声が聞こえ、それから彼女はこう続ける。

「お、おおきに」

 ほんとごめんな。



 今日知り合ったばかりの見知らぬ男に、シャワールームにいきなり踏み込まれたんだ。

 正当な理由があったとしても、それはそれとしてショックを受けているだろう。

 それなのにこの子は、きちんと理性的に対処できている。

 子供なのに立派なもんだ。



「次からはもう少し、使い方を詳しく説明するよ」

 俺はそう言い残して、そそくさとシャワールームを出た。

 乾燥機から洗濯物を取り出しつつ、俺は溜息をつく。

 なんか埋め合わせしてあげなくちゃな……。



   *   *   *



 俺はメッティがシャワーの続きを楽しんでることを願いながら、別室で七海にコールした。

「七海、今のうちに話したいことがある」

 即座に七海が部屋のモニタに表示された。

『なんでしょうか、艦長』

 俺は声を潜めつつ、七海に事情を打ち明ける。

「俺はこの世界の地名に聞き覚えがある」



 俺には以前、よく遊んでいたオンラインゲームがあった。

 正式名称を『フリーダム・フリーツ』という。通称『フリフリ』。

 飛空艦の艦長や乗組員になって、世界中を冒険するというRPGだ。

 プレイヤー同士の艦隊戦や大怪獣の討伐レイドなど、もりだくさんな内容だった。



「……まあ、肝心の飛空艦が実装されてなかったんだが」

 俺は溜息をつく。

 飛空艦まわりのシステム開発が、三月のサービス開始に間に合わなかった。よくある話だ。

 でも四月末には実装されると聞いていたので、俺は『キャプテン』と呼ばれる飛空艦専門のクラスを選んだ。



 結果的には翌年末のサービス終了まで、飛空艦は実装されなかった。

 というか、最大の目玉である飛空艦が実装できなかったので、経営が行き詰まってサービス終了してしまった。課金要素の大半が飛空艦関係だったので、収益が出なかったのだ。

 あと、プレイヤーはそんなに気長に待ってくれない。

『ゲームの世界も開発競争はシビアですね』

 七海が何か納得したようにうなずいている。



 俺もうなずいて、こう続けた。

「それはいいとして、『パラーニャ王国』も『エンヴィラン島』も、ゲーム世界に登場していたんだ」

 ただし、この世界のものとは違う気がする。



『フリフリ』のパラーニャ王国は、公式サイトにある課金アイテムの販売ページに過ぎなかった。

 それにエンヴィラン島も、過去のイベントに登場した期間限定モンスターたちがたまに復活するマップだった。名前の由来が「エンド・オブ・ヴィラン」だという。



「だからこの世界はゲームの世界じゃないが、無関係とも思えない。何かある」

『なるほど……。これはますます、艦長の知識が必要になりそうですね』

 うんうんと七海がうなずいたので、俺は少し気になって質問する。



「七海の世界に『フリーダム・フリーツ』はあったか?」

『わかりません。私がアクセスできる領域には存在しない単語です。今はインターネットから切り離されていますから、検索もかけられません』

 俺の世界とは歴史がだいぶ違うから、存在したかどうか微妙だな。



「もしかすると、俺たちが元の世界に帰れる手がかりになるかもしれない。奴隷市場の件が片づいたら、あちこち出かけて調べてみよう」

『了解しました。艦長の御意志のままに』

 七海が微笑みながら敬礼した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ