士の道・3
079
翌朝、シューティングスターはラッツァの住人をあらかた乗せて出航することになった。
だがメッティは、最後まで俺を心配そうに見つめていた。
「な、なあ艦長、ほんまに大丈夫なん?」
「たぶんな」
七海によると、カウントできたベッケン兵は百二十二。全て歩兵、それもマスケット銃兵だ。
ちょっと不安な数だが、ポッペンもいるから大丈夫だろう。
俺は腰に例の変身装置『バシュライザー改』を装備する。変身用インナーもコートの下に着込んだ。
暑くて重いが、こいつがあればマスケット銃兵相手に遅れは取らないはずだ。時間制限つきだけど。
俺は笑う。
「お前は自分のことだけ考えていればいい。他人のことで自分の人生を粗末にするな」
「艦長が言うても、ぜんっぜん説得力あらへんで」
そんなことはないはずだ。
急がないと入試が始まってしまう。
「七海、メッティを頼んだぞ。避難民たちは代官の息子たちがまとめてくれるから、メッティの受験を最優先に」
『艦長命令を受諾しました。最優先ミッション設定、実行開始します』
七海がビシッと敬礼し、それからこう続ける。
『死なないで下さいね、艦長?』
「保証はしかねるが、まあ何とかなるだろ」
『本当に、死なないで下さいよね?』
わかってるよ。
ラッツァの市民の大半、特に子供や若い女性たち全員を乗せたシューティングスターは、ゆっくり離陸する。
眼帯に表示された七海が、寂しげな表情を浮かべる。
『離ればなれになるのはこれで二度目ですね、艦長』
「もう慣れただろ?」
『人工知能に、慣れという感覚はありませんから……とにかく、どうか御無事で』
そっと敬礼し、七海は微笑んだ。
残されたのは俺とポッペン。
あとは代官のポワーレと、領主直属の衛士たち数人。彼らは街を守る義務がある。それに神官や街の老人たちだ。総勢三十人ほど。
「艦長殿、わしらの街はわしらが守る」
「銃もあるからの」
無茶しないでくれないかな。
俺はポッペンと共に、街の大通りに立つ。
遠ざかるシューティングスターを見上げながら、ポッペンが楽しげな声で俺に問いかける。
「さて艦長、どう戦う?」
「この街はディゴザと違って城壁がない。防衛線を構築できない以上、市街中心部に敵を引き込んで殲滅する」
小さな街だが、ここには大通りがひとつだけある。代官の屋敷や集会所、神殿、それに商店が並んでいた。商店は銀行も兼ねている。
要するに食料や金目のものがありそうな場所だ。
ここに敵を誘い込む。
「シューティングスターが街を離れれば、連中はすぐにでも襲ってくるだろう。この街は他の小さな集落とは違い、連中を潤すだけの金と物資がある」
「そこを一網打尽という訳だな」
楽しそうだな、ポッペンは。
彼はふと、小首を傾げる。
「ところで艦長、降伏は勧告しないのかね?」
「しないな」
船を降りた船長が一人と、ペンギンが一羽だ。百人以上の武装勢力が俺たちに降伏するはずがないし、降伏されても身柄を確保できない。
ポッペンはうなずき、こうつぶやく。
「彼らは無辜の民の平和を脅かした。次は彼らが脅かされる番、という訳か」
「そんなところだ」
彼らは軍服を着たまま、第三国で勝手に山賊をやった。パラーニャは彼らを許さないだろうし、ベッケンも許さないだろう。
そのとき、眼帯に多数の生体反応が表示される。ラッツァの市街へと迫る、ベッケン兵の反応だ。
「先に詫びておくぞ」
俺は片手で軽く拝み、彼らの冥福を……もしかしたら死ぬのは俺たちの方かもしれないので、両方祈っておく。
ポッペンがブルルッと武者震いをして、嬉しそうに叫んだ。
「来たぞ、艦長!」
俺は覚悟を決め、拝んでいた手でバシュライザー改に触れた。
「『暴装』」
瞬時にスーツが展開され、俺は黒衣の髑髏海賊へと変身する。
ベッケン語らしい叫び声が聞こえてきた。
「ムント、ダー、ベルデニーツァ!」
「ウー! ベルデニーツァ!」
「ウー!」
先頭の敵兵が見えた瞬間、俺は右手の『マスターキー』をぶん投げる。
消防斧は先頭の兵士の胸を貫き、その後ろにいた数名の兵士を巻き込む。
「グッ!?」
「ギャアアッ!」
何人かまとめて倒した後、『マスターキー』は雷鳴のような音を立てて民家の壁に突き刺さった。
とたんにベッケン兵たちが身構える。俺とポッペンを見つけたようだ。
大通りに展開して射撃用の隊列を組むと、即座に発砲してきた。
「神経加速!」
俺が叫ぶと、バシュライザー改が不気味に光る。
見える。見えるぞ。マスケット銃の丸い鉛弾が、全部見える。
「危ねえな!」
スラスターを噴射し、飛んでくる銃弾を最小限の動きで避ける。ついでに左手の『マスターキー』を投げつけてやった。
「グボァッ!」
一人しか倒せなかったが、斉射を回避したので敵はかなり驚いたようだ。動きが止まる。
「調子に乗っていきなり投げるんじゃなかった……」
腰のベルトからあと二本、消防斧を抜き放つ。もう少し『マスターキー』を持ってくりゃ良かった。
「ムント! ダー! シュラッケ!」
「ウー! シュラッケ!」
「ウー!」
広場を包囲した敵が、一斉に射撃してくる。落ちぶれてもさすがは元正規軍、マスケット銃の使い方が手慣れている。
だが今の俺には、飛んでくる全ての銃弾が見える。数十発の弾雨だが、遅すぎて空中に実っているようにしか見えない。
いちいち避けるのは面倒なので、俺はジャンプした。スラスターによる急加速で重力に逆らい、頭上に一秒ほど滞空する。
その間に、銃弾は全てどっかに飛んでいった。狙いもタイミングも正確で、実に避けやすい。
さあ反撃だ。俺は信頼する戦友に声をかける。
「頼む」
「承知した!」
連中は俺の斧投げに恐怖して、一斉射撃をしてしまった。今この瞬間に銃を構えている兵のうち、射撃可能な者はほとんどいないはずだ。
そして射撃の為に整列しているマスケット銃兵は、『彼』にとっては的でしかない。
「誇りを知らぬ悪党め、誇り高き我が剣を受けよ!『黒翼裂空剣』!」
人間の動体視力を超えた速度で、ポッペンが飛ぶ。
超低空飛行で大通りを飛び去った後には、横一文字に分断された敵兵の骸が転がった。
ゴチャゴチャになっているのでよくわからないが、かなりの人数を倒したようだ。
相変わらずメチャクチャな強さだな。
ポッペンは大通りを一直線に駆け抜けた後、上空へと舞い上がる。散発的に銃声が轟いたからだ。
「深追いするな! 後は俺がやる!」
「心得た!」
敵は恐慌状態に陥って無駄な射撃を繰り返していたが、やがて銃声が完全に止まった。全員、弾を撃ち尽くしたらしい。
一般的なマスケット銃兵は、次の装填まで二十秒ほどかかる。次弾の装填を開始した者もいるが、前列の兵たちは銃剣のついたマスケット銃を構えて突進してきた。
「艦長、気をつけろ!」
「どのみち二十秒も与える気はない」
俺は両手に『マスターキー』を持つと、スラスターで加速した。
スラスター使用限界までのカウントダウンが開始される。
「うおおおおぉ!」
パワーアシスト機能で強化された腕力で、俺はベッケン兵に斧を叩きつける。そいつの頭蓋が断ち割られ、血飛沫が舞う。
着地と同時に反対側の斧を横一文字に薙ぎ払い、突き出される無数の銃剣を叩き落とす。
悲鳴と怒号が聞こえてくるが、アドレナリンで脳が煮えたぎっている今の俺にはよくわからない。
変身が解除されるまでに全滅させないと、死ぬのは俺だ。
「いやあああぁ!」
久しぶりに剣道の雄叫びをあげながら、俺は間合いの中で動くもの全てに攻撃を繰り出す。
シューティングスターの消防斧は、強化樹脂や合金を破壊する為に作られている。刃はもちろん、柄も頑丈だ。
そいつで力任せにぶん殴るから、銃は折れ、肉は裂ける。
スラスターの動きは直線的だが、小刻みな噴射で前後左右に間合いを取り、肉薄すると同時に斬り込む。
乱戦になったので撃たれる心配はほぼなくなったが、どっちを向いても敵、敵、敵だ。
「りゃあああああぁっ!」
スラスターのカウントが残り四十五秒になったとき、敵はまだ八十人以上残っていた。
まずい、ペースアップしないと倒しきれない。
これだけ殺したというのに、敵はまだ士気が崩壊していない。あっちも必死のようだ。
まずいことに、スーツが返り血を浴びすぎた。スラスターを噴射する度に、赤い血煙が噴き出す。それが視界を遮る。
とっさにサーモセンサーに切り替え、赤く表示される人型をメチャクチャに殴りつける。
あと何秒だ。
スラスターを節約しようとすると、とたんに攻撃を受ける回数が増えた。銃剣がいくつも体をかすめる。そうそう簡単に貫通はしないはずだが、スラスターをケチるのは本末転倒だな。
「そんなもんで俺が死ぬかあっ!」
強がりを叫びながら、カウントダウンと戦う俺。
神経加速も徐々に効果が落ちてきた。俺の神経系が悲鳴をあげている。目の奥が痛い。耳鳴りがする。脳がざわつく。舌の先までヒリヒリしてきた。
おまけにスラスターもどんどん噴射されていき、残り時間のカウントダウンは無情にもゼロを告げる。
しまった、変身解除か?
ぎょっとした俺だが、変身状態はまだ続いている。例の何とかアタックを繰り出さない限りは大丈夫のようだ。
しかしもう、さっきみたいな人間離れした動きはできない。撃たれれば終わりだ。
それでもやれるところまで、やってやる。
そう思って両手の『マスターキー』を構え直したとき、俺は妙なことに気づいた。
立っている敵がいない。サーモセンサーに動く人型の反応がなくなっている。
「何が起きてる?」
俺はセンサーを通常視覚に切り替えた。スラスターが使えない今、血煙は関係ない。
大通りは死体だらけになっていた。全員、ベッケン陸軍の制服を着ている。足下の土は、血溜まりでヌルヌルになっていた。
そこにポッペンが舞い降りてくる。
「逃げた連中は全て始末してきた。ベッケン兵はもういないはずだ」
「……そうか」
どうやらギリギリで勝ったらしい。
両手の『マスターキー』は刃が潰れ、ボロボロになっていた。相変わらず真っ赤だが、塗装はすっかり剥げている。赤いのは血糊だ。
静かになったせいか、神殿や集会所から人々がおそるおそる出てきた。みんな、硝煙の漂う銃を手にしている。俺の知らないところで彼らの援護射撃があったようだ。
代官のポワーレ老人が、衛士たちに付き添われて俺に近づいてきた。敵の銃弾でもかすめたのか、頬から血を流している。
彼は少し怯えた様子で、俺に問いかけてきた。
「海賊騎士殿……。このような凄まじい戦いぶりを、人間ができるとは思えません。あなたは……あなた様は、本当に人間なのですか?」
俺はスーツのマスクだけを解除した。凄まじい血の臭いに思わず吐きそうになったが、ぐっと堪える。
これだけ殺したのに、恐怖も罪悪感もない。変な達成感と、妙な哀しさだけがあった。
これは正常な人間の心理なんだろうか? 俺はまだ、人間らしい心を持っているんだろうか? 自信が全くない。
だから俺は、こう答えるしかなかった。
「……どうだろうな」
やがてぽつぽつと雨が降り出す。七海の天気予報通りだな。
雨は血を洗い流したが、オーバーヒート寸前のスーツからは猛烈な湯気が立ち上る。
それを見たラッツァの人々は、俺を拝み始めた。
「これはきっと、神様が遣わされた御方に違いない」
「生き神さまじゃ……荒ぶる戦神じゃ……」
「エンヴィランの猛将、いや魔王よ……」
どう反応していいかわからないので、俺はあちこちに転がる無数の死体を見下ろした。
俺が今日殺した兵隊崩れの山賊たちだって、祖国を発ったときはまだ「お国の為に出征する兵隊さん」だったはずだ。
そして祖国にいたときはたぶん、普通の市民だったんだろう。
そう思うと、なんだかとてもやるせない。
俺は右手の斧を投げ捨てると、片手で彼らの亡骸を拝む。
「……成仏してくれ」
雨はますます強くなり、俺は全身湯気男になりながらひたすら黙祷し続けた。