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脇役艦長の異世界航海記 ~エンヴィランの海賊騎士~  作者: 漂月
第11章(全5話)

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士の道・1

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 俺がこの世界に漂着して、もうすぐ一年が経とうとしていた。

 一年前、俺はメッティと出会ってエンヴィラン島にやってきた。あのときメッティは王立大学を受験する途中だったが、海賊に誘拐された女性たちを助けるために受験を断念している。

 そしてもうすぐ、王立大学の入試が始まる。



「今年こそは絶対に、お前を受験会場に送り届けてやるからな」

 俺はカレンダーで何度も日付を確認しながら、士官食堂で勉強しているメッティに笑いかけた。

 七海もガッツポーズをする。

『この艦で会場まで直接乗り付けますからね。この世界でこれより確実な方法はありませんよ』

 空の上には海賊はいないからな。



 しかしメッティはどことなく浮かない表情だ。

「せ、せやな……おおきに」

 俺は不思議に思い、彼女に声をかける。

「どうした? 何か心配事か?」

 するとメッティは軽く首を振り、それからこう言った。



「ミオのこと考えてたんよ。あの子は読み書きも計算も、パン職人として必要な最低限しか知らへんやろ?」

「まあな。ほとんど学校行ってないし」

「でもあの子、将来立派なパン職人になって人の役に立つと思うねん。そう考えたら、学問ばっかりしとるのもどうなんかなって……」



 ポッペンと七海が顔を見合わせている。

「私にはよくわからん悩みだが、七海にはわかるか?」

『いえ全然』

 ペンギンと人工知能には、少し複雑な悩みのようだ。

 俺は何となくわかったので、メッティの向かい側の席に腰掛ける。



「メッティ。その悩みはとてもいいことだ。成長の証だよ」

「成長の証が悩みって、どういうことやねん……」

 不思議そうに俺を見つめているメッティが、なんだかとてもかわいい。俺は思わず微笑む。

「お前はこの一年間、この艦と共にいろんなものを見てきただろう?」



「ほとんど留守番で、何にもさせてもらえへんかったけどな!」

 どうやら不満があったようで、ちょっとふくれているメッティ。

 そうは言うけど、生身の女の子をウィルスやゾンビに曝せないだろ。

 俺はそのクレームは軽くかわして、話を続ける。



「見聞を広め、いろんな人々のいろんな生き方を見てきた。世の中の複雑さも少し学んだ」

 人生の『正解』は人ごとに違うし、時と場所によっても違う。

 だから迷惑な善人もいれば、信頼できる悪人もいる。両方を兼ね備えた人もいる。

 ひとつの価値観、ひとつの生き方しか知らない者には、それは理解できないことだろう。



 俺自身もそのへんを理解できてるんだか、正直自信はない。

 でもとにかく、メッティが見聞を広めたことは事実だ。

「学問が全てじゃない。学者や貴族や軍人ばかりが偉いんじゃない。船乗りもパン職人も大事な仕事だ」



 会社だって取締役だけで動いてる訳じゃないんだからな。

 現場で働く俺たちがいなけりゃ、株主への配当金だって出せやしない。

 だから給料上げてくれ。あと休暇もな。

 もう関係ないけど。



 俺は苦笑し、メッティの顔を真正面から見つめる。

「そういうことがわかってくると、いろいろ悩みも出てくる。自分の選ぼうとしている道は本当に正しいんだろうか、とな」

「せやな……」

 メッティが腕組みして、鉛筆をテーブルの上に置く。



 俺はそれを拾い、クルクル回して言葉を続けた。

「実を言うと、俺はメッティの年頃にはあまり悩まなかった。狭い世界しか知らないガキだったから、適当に生きてきた。そのせいで後から苦労する羽目になった。今は帳尻を合わせてるところだ」

 異世界転移してなかったら危ないところだったよ。



「お前は今、その若さでいろいろなことを考えて悩んでいる。多様な価値観を理解したからだ。だからこそ、お前には学問を修める適性があると思う。学んだ知識を正しいことに使ってくれるだろう」

「せ、せやろか?」

「視野が狭くて何も悩まないヤツは怖いからな……」

 そういうヤツは発明や発見をとんでもない用途に使いそうだ。



 なんだか柄にもなく偉そうな説教になってきた。俺は苦笑しながらメッティに鉛筆を返す。

「自分の正しさについて悩みながら、それでも前に進もうとする人間を俺は尊敬するよ。一年前にも言ったが、お前は凄いヤツだ」

 俺のいた世界じゃ、みんなゆっくり悩む暇もなかった。だからあんな生きにくい世の中になったんじゃないだろうか。



 メッティは海賊のせいで一年浪人してしまったが、俺は彼女にとって悪いことではなかったと思っている。遠回りなんかじゃない。

 でもそれを言われても本人には納得できないと思うので、俺はこう言っておく。

「学者になるかどうかは、学問を修めてから考えてもいいだろう。王立大学出のパン屋や雑貨屋がいてもいいと思うぞ」

「そういう考え方もあるんか……」

「もちろん」

 未来の人材を育てるために多額の国費を投じている王様は、たぶん困るだろうけど。



 俺のこんな助言がどれぐらい役に立つのかわからなかったが、メッティは大きくうなずく。

「そっか、せやな。艦長の言う通りや。一年前の私なんか、まるっきり子供やったからな。今年こそはバッチリ受験して、首席で合格したるわ」

「おう、その意気だ」

 納得してくれたようだ。さすがメッティ、賢い。



 俺はシューティングスターの艦長スケジュール表を確認する。

 本当は軍務の予定を書き込むものなんだろうけど、俺のは「メッティ入試」とか「モンテオ港・荷卸」とか「島民役員会(正午)」とか、やけにアットホームだ。

「受験は来週だな。明日ぐらいにもう出発して、早めに現地入りしてしまおうか」



 しかし七海が首を横に振る。

『艦長、それまでにハルダ商店からの輸送依頼が二件と、カレン海運からの警護依頼が一件あります。メッティさんを首都に置いて、エンヴィラン島に戻ることになりますよ』

「メッティを置いていくのは心配だな。保護者としての責任がある」



 俺が腕組みすると、ポッペンが魚をあぐあぐ呑み込みながらこう言う。

「それに依頼を円滑にこなすには、メッティの通訳は重要だ。私も艦長も七海も、パラーニャ語は母語ではないからな」

「そういやポッペン、いつの間にか日本語覚えたな?」

「造作もないことだ」

 前々から思ってたけど、卵生なのに胎生の我々と同等の知能って凄くない?



 それにしても、あんまり早めの現地入りは無理か。それにシューティングスターが海を留守にしていると、近海の海賊たちが元気になる。

 あいつらは独自の情報網を持っているらしくて、シューティングスターがエンヴィラン島にいる間はおとなしくしている。



 どうも「エンヴィランの海賊騎士に海賊行為を見つけられると、即座に撃沈される。そして海賊騎士はこの海全てを監視している」と噂しているらしい。

 それは誤解なのだが、そう思ってもらった方が都合がいい。航路の治安維持のため、そのままにしている。



「となると、受験の前日ぐらいに発とうか。艦内で一泊すれば安全だ」

 シューティングスターなら当日の朝に島を出発しても間に合うんだが、俺は心配性だ。

「七海、スケジュール表の更新を。あと目覚ましの用意も頼む」

『はい、艦長』



「それと整腸剤と解熱剤、そうそう膝掛けと予備の筆記用具も必要だな。あ、水筒も出しておこう。生水は危険だから湯冷ましを」

『あの、艦長? ちょっと落ち着いてください』

 冗談じゃない。受験ってのは大事なんだぞ。

 俺がそわそわしていると、メッティが溜息をついた。



「エンヴィランの海賊騎士がこんな心配性の世話焼きなんて、誰も知らへんやろな……」

「うむ、私のお袋以上だ」

 何と言われようが、今回は万全を期す。

 メッティは一度、自分の入試を投げ出して見ず知らずの人たちを助けたんだからな。

 それに報いられなくて、何の海賊騎士だ。



「メッティ、着替えは余分に用意しておけよ? いや、新しい服を買おう。既製服なら間に合うな。七海、首都ファリオに向かえ」

 七海が何か言うより早く、メッティとポッペンがツッコミを入れてくる。

「艦長、艦長。ちょっと落ち着こう、な?」

「自分の危機にはまるで無頓着な癖に、他人のことは過剰なほど心配するのだな、艦長。さすがは私が惚れ込んだ男だ」

 ええい、受験準備の邪魔をするんじゃない。


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[一言] 受験準備の邪魔、笑ってしまいました
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