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海賊の金貨・5

075



 俺はミオを戦闘指揮所に連れていった。他の場所と違い、ここは複雑な機械だらけだ。

「ここはシューティングスターの兵器を扱う場所だ。俺の命令ひとつで、全ての兵器が意のままに動く」

 正確には七海が動かしてくれるんだけど、俺だって格好つけたいときもある。



 ミオが目をまんまるにしてきょろきょろしているのを、俺は少しだけ楽しむ。他の部屋はタッチパネル式のモニタぐらいしか目立つものはないが、ここは俺にもよくわからない機械が山ほどある。

 どうだ、凄いだろう。俺も凄いと思ってるぞ。

 でも、本題はここからだ。



「ミオ」

「はいっ!」

 元気よく返事した少年に、俺はなるべく静かな口調で問う。

「お前は家に戻りたくないのか?」

「戻りたくないよ! だってパン屋なんて全然儲からないし、それなのに父さんは毎日毎日パンばっかり焼いてるし」



「仕事熱心なのは素晴らしいことだ」

「でも僕、知ってるんだよ! 近くの別のパン屋は、粉に混ぜものして売ってるんだ! 家畜の餌とか混ぜて!」

 なにそれ怖い。

 でもこの時代だと普通だ。レンガや石膏の粉とか混ぜてないぶん、まだ良心的だと言える。



 よそ者は知らずにそういう危険な食品を口にしてしまうことがあるので、どれだけ戦力があってもホームグラウンドは必須なんだよな。

 メッティのおかげで、俺はエンヴィラン島では安全な食べ物を買うことができる。



 俺が遠い目をしていると、ミオが俺を見上げて叫ぶ。

「そいつは聖節のお祝いのパンを焼くときだって、お客さんから預かった小麦粉をごまかしてるんだよ! そうやってちまちま儲けてるんだ!」

 そしてミオはそれが許せないらしく、拳を握りしめて憤然としている。



「あんなヤツの方が、モンテオの製パン組合じゃ父さんより偉いんだ! だったら父さんが真面目にパン焼いてるのなんか、意味ないじゃないか!」

 そうかなあ?

「だからお前は、海賊になると言うのだな?」

「う、うん……」

 それとこれは話は別だし、食品偽装と強盗なら、やっぱり強盗の方が罪が重い。海賊は縛り首だ。

 とはいえ、気持ちはわかる。



 ミオは少しうつむき、こう続けた。

「父さんは『正直に働くのが一番だ』って、いつも貧乏してる。聖節に頼まれて焼くパンなんか、薪代で損してるぐらいなのに『みんなの笑顔が父さんの捧げ物だよ』って」

 凄くいいパパですよね?

 でもたぶん、ミオ自身も父親のことは尊敬しているはずだ。

 だってちょっとだけ、嬉しそうな顔してるもん。



 これなら大丈夫だな。俺は予定通り、彼に試練を与えることにする。

「いいだろう。そんなにパン屋が嫌なら、俺の手下になるか?」

「う、うん! なる!」

「俺の手下になれば、俺の命令には必ず従ってもらう。できるか?」

「できる! なんでもする!」

 ダメだよ、そんな安請け合いしちゃ。

 すぐに安請け合いして毎回大変な目に遭ってるヤツが、君の目の前にいるぞ。



 俺はミオにうなずくと、七海にパラーニャ語で命じた。

「モンテオの街を表示しろ」

『はい、艦長』

 パラーニャ語で七海が応え、地図が表示される。ミオはどこだかわからないらしいが、そもそも正確な地図を見たことがないはずだ。



 俺は腕組みして、やはりパラーニャ語で七海に命じた。

「旅立つ男に故郷は必要ない」

『イエス・マスター』

 パラーニャ語の……それも合成音声みたいな声で七海が応じる。



 ミオが不安そうな表情になった。

「ね、ねえ……何をするの?」

「その前にもう一度だけ聞く。お前は俺の手下になって、俺の命令には従うのだな?」

「う、うん」

「お前の父親がやっていることは、『意味のないこと』だな?」

「それは……うん……」

 急激に怯えた表情になっていくミオ。



 俺は腕組みしたまま前に向き直り、七海に言った。

「やれ」

『イエス・マスター。攻撃座標算出、エネルギー充填開始。発射マデ、十、九……』

 昔のSFみたいになってきたぞ。なんでそんな合成音声っぽい声なんだよ。

 赤色灯が点滅してるし、なんかサイレンがビービー鳴ってるし。



 赤色灯に照らされたミオは、俺を見上げて微かに震えている。

「な、何をするつもりなの……? まさか……?」

 俺は元演劇部の演技力を総動員して、冷たく応じる。

「意味のないものなら、消してしまっても構わんだろう」

「でもっ!」

「お前は俺の命令に従うと言った。黙って見ていろ。これは命令だ」



 するとミオは真っ青になってシャツの裾を握りしめながら、うつむいてしまった。

 その間も、七海によるパラーニャ語のカウントダウンは続く。

『四……三……二……一……ゼロ』

 ミオがぎゅっと目を閉じる。



 次の瞬間、パッと画面が切り替わって七海が出てきた。

『なーんちゃって!』

「えっ!?」

 よっぽどびっくりしたのか、ビクッとして胸の前で手を握るミオ。

 そんな彼に、七海が笑顔でウィンクしてみせる。

『嘘ですよ、あなたの街を攻撃なんてしません。びっくりさせちゃいましたね』

 俺がやる前に、一番おいしいとこを機械が持ってったぞ。



 七海の言う通り、今までのは全部演技だ。

 表示されていたマップは架空のものだし、日本語で『訓練』と表示されている。カウントダウンも全部デタラメだ。

 ミオには悪いが、最初から彼を試すつもりでここに連れてきた。彼が俺の仲間になれるか、一度だけテストさせてもらった。

 そしてやはり、彼にこのテストは荷が重すぎたようだ。

 いや、合格されても困るんだけどな。



 さて、彼に事情を説明して、謝罪もしておこう。

 俺はミオに向き直る。それから腰を落として、彼の両肩に手を置いた。

「すまない、ミオ。お前を試させてもらった」

「試す……?」

「どうしても確かめておきたくてな。だが騙して悪かった。お前は怒ってもいい」



 俺は今のが何だったのか、ミオになるべく優しく説明する。

「さっき、お前は俺を止めなかった。俺が明らかに間違ったことをしようとしていて、お前は家族を守りたいと思ったはずだ。だが、何もできなかったな?」

 それだけで俺の言いたいことを察したのか、ミオはハッと息を呑む。聡明な子だ。



 後ろめたさもあり、俺は微笑んでみせる。

「俺の信頼するクルーたち、つまりメッティやポッペンなら、俺を止めてくれただろう。俺が誤ったとき、彼らなら一戦交えてでも俺を正しい道に引き戻してくれる。それが本当の友というものだ」

 だから俺は、あいつらと一緒にいる。



 ただし二人とも善悪の判断基準が俺とはだいぶ違うので、全面的に甘える訳にはいかない。それでも「俺が判断を間違えたときには制止してもらえる」という安心感は大きい。

「ミオ、よく聞くんだ。憧れている人が本当は悪人だった、なんてことはよくある。正しかった人が悪人に変わってしまうこともある」



 十才の少年にはまだちょっと難しいかもしれないが、そういうものだと思って欲しい。

「そうでなくとも価値観の違いやちょっとした誤解から、憧れの人が判断を誤ることはある。憧れは往々にして、裏切られるものだ」

「う、うん」



「憧れの人と共に誤った道に進んではいけない。お前の心も人生も、お前自身のものだ。誰にも預けるな。お前の舵はお前が取れ。それが一人前の人間だ」

「わ……わかった」

 憧れや尊敬を利用されて、人生を狂わされた人間がどれだけいるだろう。

 ミオは行動力があるから、その行動力に見合う決断力や慎重さも身につけて欲しい。



「お前は賢く、そして正義感のある男だ。そんな男が俺に憧れてくれるのは嬉しい。だからこれからは、俺が過ちを犯そうとしたときに止められる、そんな男を目指してくれ」

「それは難しいよ……」

「心配するな、お前ならきっとそうなる。そのときにまだ俺に憧れていたなら、今度は俺の方から迎えに来るさ。『男の中の男、ミオよ。どうか俺の仲間になってくれ』とな」



 ミオの表情がぱあっと輝いたので、俺は微笑みながら立ち上がった。

 でも、この子が本当に憧れている人は俺じゃないはずだ。人工知能のヒモやってる俺より、君のお父さんの方が遙かに男らしいよ。

 俺もそういう、誠実でまっとうな男になりたかった。



「俺はお前の憧れを受け止められるほどの人間ではない。パンの焼き方どころか、自分の家に帰る方法すら知らないからな。俺自身、迷いながら生きている」

 俺は彼の小さな肩に手を置いた。本当は彼の金髪をくしゃくしゃ撫でてやりたかったが、ここは一人前の男として肩を持とう。

「だがそんな俺でも、お前が家に帰る方法なら知っている。送っていこう」

「……うん」

 ミオがこっくりうなずいた。


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