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海賊の金貨・4

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 意気消沈しているミオの為に、俺は彼の身の上話を聞くことにした。どうせこの子を家まで送り届けないといけないし、住所は聞いておかないとな。

 ミオは少し照れながらも、俺にいろいろ教えてくれた。



「僕の家はパン屋なんだ。モンテオの港で、街の人や船乗りたちにパンを売ってるよ」

 予想通り庶民だったが、悪くない暮らし向きのようだ。

 大きな港町に店を構えて家族経営しているのなら、中の上ぐらいの生活だな。パン屋にも街ごとに組合があるから、店を構えるのは許可制になっている。生活には困ってないはずだ。



 しかしミオは、それが不満なようだった。

「でも僕はパン職人じゃなくて、海賊になりたいんだ……」

 ポッペンが冷凍魚をあぐあぐ呑み込みながら、どこを見ているかわからない目で問う。

「なぜだ、少年? 海賊は悪党だぞ」

 するとミオはペンギンの顔を不思議そうに見つめてから、こう答えた。



「だってパン職人なんて、つまらないし……」

 これに異論を挟んだのがメッティだ。

「つまらないことはないでしょう? 大事な仕事ですよ?」

 俺もそう思うが、それでミオが納得しないのもわかった。

 唇を噛んでいるミオに、俺は言葉をかける。



「少年はいつも、強い存在に憧れるものだ。わかってやれ」

「艦長もそうだったんですか?」

 メッティの問いかけに、俺は微笑みで返す。

「もちろんだ」

 具体的な事例については、恥ずかしいので明言を避けたいと思います。



 ともかく、これで事情がだいたいわかった。そこそこ落ち着いた暮らしをしている少年の、非日常への憧れだ。

 だが憧れの対象が海賊なのは、ちょっとまずい。

 俺はミオに向き直り、紅茶を飲みながら彼の認識を改めさせることにした。



「お前は海賊に憧れているようだが、ほとんどの海賊は強くもなければ自由でもない。冒険もしない」

「えっ?」

 驚いたような顔をするミオ。

 君の憧れは昔の俺も共有していたから、お見通しなんだよ。



「海賊は海上強盗団だ。強く見えるのは、常に有利な条件で奇襲を仕掛けるからに過ぎない。勝てない場合は手出しを控える」

 商売でやってるんだから当たり前だ。

「また、自由でもない。彼らは無法を働くが、身内の掟には縛られている。それを破れば追放か処刑だ。そしてもちろん、無法を働くのだから捕まれば処刑される」

 たぶん普通の人より自由はないと思う。



「財宝を探して冒険することはあるが、それは他の海賊が貯め込んだ掠奪品を盗みに行くだけのことだ。何の理由もなく、金銀宝石が地面に埋まっている訳はないからな」

 俺が説明する度に、どんどんしおれていくミオ。

 現実って本当に夢がないよな。



 海賊の多くは過酷な船上で病死するか、船と共に遭難死する。襲撃時に戦死することもあるし、仲間とのトラブルで殺されることもある。捕まって処刑されることもある。

 まともに人生を終えられる可能性があるのは、死ぬ前に足を洗った連中だけだ。



 俺の世界の有名海賊も、引退しなかった連中はロクな死に方をしていない。

『黒髭』ティーチも『ブラック・バード』ロバーツも、イギリス海軍の襲撃で戦死している。

 有名なキッド船長やジャック・ラカムは絞首刑だ。あのシーザーを捕虜にした地中海の海賊たちも、シーザーの命令で斬首刑にされている。

 気まぐれに殺しまくる残虐さで有名だったエドワード・ロウは、残虐すぎたせいで手下たちから船を追放され、小舟で大海原に消えた。その後、絞首刑になったという。



 この世界で一番有名な『雷帝』グラハルドも戦死している。他の賞金首も全員戦死だ。というか全員俺が殺した。

 憧れるのはいいが、海賊は割に合わない。

「海賊を続ければ、いずれ悲惨な死に方をする。それが嫌なら最後は陸に戻ることになるだろうが、海賊時代の悪名が邪魔をする。だったら最初から海賊などしない方がいい」

 メッティの父も名前を変えることになったし、故郷には一度も帰っていないという。



 ミオはうつむき、最後にこうつぶやく。

「……わかった」

 わかってもらえて嬉しい。うつむいているミオが少し気の毒だったが、憧れるなら違うものにした方がいい。

 そう言おうとした矢先に、ミオが顔を上げる。

「でも、艦長は海賊じゃないんでしょ!?」

 えっ?

 これ、どういう流れだ?



「艦長は海賊じゃないし、強くて自由だし、冒険もしてるよね!?」

 しないよ?

 ああでも、シューティングスターはメチャクチャ強いな。サラリーマン時代を考えれば自由だし。

 冒険は……隣国ライデルでこないだやったばかりだ。



 答えに窮した俺に、ミオが身を乗り出してきた。

「だから僕は、艦長の手下になりたい! これならいいでしょう?」

 よくないよ。なんでだよ。

 こんな子供に言いくるめられそうになっているのは、どうしてなんだ。



 でも考えてみれば、この子が海賊に憧れるのをやめさせられるのなら、少しぐらいは少年の憧れにつきあってもいいか。

 もちろん、艦のクルーには絶対にしない。子供に危ないことはさせられないからな。

 よし、あの手でいこう。俺は腕組みをしながら、手早く段取りを考える。



「ミオ」

「はいっ!」

 目をキラキラさせているミオに、俺は静かに問う。

「さっきメッティに問われたことでもあるが、お前はこの艦で何ができる?」

「え? えーと……」

 早くも視線がさまよい始めた。



 弊社は従業員四名(ペンギンと人工知能を含む)の零細企業なので、即戦力以外は採用いたしかねます。元の世界に帰るのが目的だし、一から人材を育成している余裕はない。

 でも即戦力というのは、別に銃や剣を振り回す力のことではない。

「お前はパン職人の子だ。パンは焼けるのか?」

「あ、うん。焼ける……けど」

 俺は微笑んだ。

「では見せてもらおうか、パン職人としての腕を」



   *   *   *



 俺はミオを、士官食堂に併設されている厨房へと案内した。軍艦の厨房だからそっけない代物だが、必要なものは全部そろっている。食事は大事だからな。

「お前の技量がわかるものなら何でもいい。必要な道具と材料はおおむねそろっている」

「う、うん」



 ミオは不安そうにしているが、すぐに小麦粉の袋を開けて中身を確かめ始めた。

 パラーニャのパンというと、基本的には黒パンだ。ボソボソして固く、そして酸っぱい。ミネラルは豊富なので健康にはいいが、現代日本人が食べるおしゃれな黒パンとは違い、あまりおいしくなかった。

 俺はふんわりもちもちの白パンが好きなんだ。



 特にエンヴィラン島では穀物全般が貴重だし、新鮮な魚介類が手に入るのでパンの比重が低い。当然、簡素なものしか手に入らない。白パンといったら、信じられないぐらい硬いバケットみたいな代物だけだ。

 仕方ないのでシューティングスターの日本製ホームベーカリーで食パンを焼いているが、さすがにこればかりだと飽きてくる。



 しばらく様子を見ていると、ミオは慣れた手つきで生地をこね始めた。見た感じ、普通の発酵パンを作ってくれるようだ。

 メッティが興味を持った様子で、それを覗き込んでいる。

「上手ですね。白パン?」

「そうだよ。黒パンや雑穀パンも焼くけど、ここの厨房には上等な小麦粉しかないから」

 そりゃそうだ。



 ミオは生地を丁寧に伸ばすと、大きな円形に形を整える。宅配ピザのMサイズぐらいだ。

「メッティは、聖節のお祝いの供物をどうしてるの?」

「エンヴィラン島はだいたい魚、それも釣りたての鯛の塩焼きですね。モンテオでは違うの?」

「うん。お金持ちは羊や豚、普通の人は鶏かアヒルかな。でも貧乏な人はパンだよ」



 年に一度のお祭りで神殿に奉納する供物は、貧しい人にとってはかなりの負担だ。

 それでも神様には何か捧げたいので、ちょっとだけ奮発して特別なパンを焼いてもらうのだという。

「主な材料は小麦粉だけだから、貧乏な人でもなんとか買えるんだ。でもそのままじゃ普通の白パンで、お祝いの雰囲気が薄いでしょ?」



 そういえば俺のいた世界でも、生け贄の動物の代用品として動物の形に焼いたパンがあったらしい。

 なんとかしてお祝いしたいという気持ちは、どこの世界でも共通なんだろう。

 ミオは円形の生地に球形や棒状の生地を貼り付けて、飾り付けをしていく。

「形だけでもお祝いらしくしたいから、こうやって金貨の形にするんだ」



 やがてオーブンから出てきた円形のパンは、黄金色……というとちょっとおおげさだが、こんがり焼き色がついていた。なんとなく金貨っぽく見える。

「これが貧者の供物、聖節の金貨パンだよ。飾り付けは職人の腕の見せ所なんだ。僕、これが一番得意!」

 確かにこれは、こんな小さな子が焼いたとは思えない。店頭に並べれば立派な商品だ。



 ちょっと食べてみたが、味はまあまあというところだった。甘くないし、なんだかもそもそしている。お供え物の宿命として、日持ちしないと意味がないからだろう。見た目はいいが、本当にただのパンだ。

 でもそれはそれとして、俺はミオを称える。彼はまだ十才だし、ここのオーブンを使うのは初めてだ。それを考えれば十分すぎる。

「いい腕前だ。この歳でこれほどのものが作れるのなら、将来が楽しみだな」

「えへへ」



 ちょっと得意げに笑ったミオだったが、ふと寂しそうな顔をする。

「本物の金貨が一枚あれば、こんなの何百枚でも買えちゃうんだってね」

 白パンといっても、しょせんはパンだからなあ。具も何もないし。

 でも少年よ、落ち込むことはないぞ。



 俺は腰を屈めて、ミオと視線を合わせる。

「海の上では金貨が何枚あってもパンにはならない。奪った財宝を抱えたまま、漂流の果てに餓死した海賊が何人いたと思う?」

 俺も知らないけど、たぶんいっぱいいたと思う。

「彼らなら、このパン一枚を金貨百枚で買っただろう」

「そ、そうかな?」

「金貨は食べられないからな」



 だが残念ながら、普通の海賊船ではパンは焼かない。水も燃料も貴重だし、何より火事が怖いからだ。

 だから海賊がミオを雇うことはなかっただろうが、陸の上ならパン職人は重宝される。決して卑下するような技術じゃない。



 俺はそっと、彼の頭を撫でる。

「いい腕だ。シューティングスターのパン焼き係に任命してもいい」

「ほんと!?」

 パッと表情を輝かせるミオ。



 一方、七海とメッティが不安そうな顔をしていた。皆まで言うな。

 大丈夫、ちゃんと考えがあるから。

 俺は立ち上がると、ミオに告げる。

「だがひとつだけ、確かめておきたいことがある」

「確かめておきたいこと?」

 少年が首を傾げた。


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