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海賊の金貨・3

073



 メッティが連れてきたのは、小学校低学年ぐらいに見える金髪の少年だった。

 栄養状態が悪い世界なので、メッティ同様この子も幼く見えているだけだろう。実際には十才ぐらいのはずだ。

 身なりは庶民だが、農村の子じゃないな。服装が街着だ。

 髪も服装も清潔で、中流以上の暮らし向きであることが何となくわかった。



 メッティや奴隷にされていた女性たちの話によると、彼も奴隷として捕まった少年だという。

 でもなんだか、様子が変だった。

「僕は捕虜の看守だったんだ! あっ、名前はミオ!」

 ミオと名乗った少年は俺を見上げて、目をキラキラさせている。



「僕は捕虜たちの見張りを任されるぐらい、腕利きの海賊見習いなんだよ! だから僕も海賊騎士の仲間にして!」

 なんなんだ、いきなり。

 すると隣でメッティがげんなりしながら、日本語で説明してくれる。



「この子、海賊に騙されとったらしいねん。適当に言いくるめられて、頼まれもせんのに監禁小屋で見張りしとったんや」

 カレンの話によると、人質たちの見張りをしていた割にはおとなしくカレンについて逃げ出したそうで、特に邪魔はしなかったという。もし邪魔されていたら危なかったそうだ。

 やはり心のどこかで、ミオにも「もしかして僕だまされてる?」という自覚はあったんだろう。



 だとすれば、子供の頃の俺ほどは馬鹿じゃないな。

 俺がこの子ぐらいの歳には、アニメの剣士に憧れて剣道教室に通っていた。竹刀一本で世界中の紛争を解決してやると、割と本気で信じていた記憶がある。

 そういや剣圧で鎌鼬を飛ばす技、とうとうマスターできなかったな……。



 海賊への憧れで目を輝かせているミオを見て、在りし日の馬鹿な俺を思い出す。

 どうしよう。この馬鹿っぽい少年が、幼い日の俺にしか見えない。共感しちゃったぞ。

 しかし俺が黙っていたせいか、周囲の女性たちが止めに入った。



「君みたいな子供が、艦長の手下になれる訳ないでしょ?」

「そうよ。海賊騎士は、本物の英雄と認めた人しか仲間にしないんだからね」

「英雄を見いだす英雄、それがエンヴィランの海賊騎士なのよ」

 いつの間にそんなことになってたんだ。



 俺は誤解を解く必要性をうっすらと感じていたが、今は黙って肯定しておく方が良さそうだ。この子を追い返す理由になる。

 俺は否定も肯定もせず、無言のままミオに背を向けようとした。

 するとミオは慌てて叫ぶ。



「僕、英雄になる! なれるから! だから連れてって!」

 そう言われても困る。俺自身も迷子だ。連れて行きたくない。

 だいたい、ほとんどの人は英雄にはなれない。



 特にこの世界は、身分による貧富と教育の格差がひどい。庶民の子が社会で重要な地位を占めることは難しい。

 メッティみたいに王立大学を狙えるぐらい賢ければ別だが、大抵は教育格差が立ちはだかる。

 だからここで俺が「お前には無理だ」と言うのは、とても自然な流れだ。

 言っちゃおうかな。



 そう思ったのだが、俺の口から出てきたのはまるっきり違う言葉だった。

「英雄になりたいか?」

「なりた……ううん、なる! なるって決めたから、なるんだ!」

 いかん、この子本当にちょっと見込みありそうだぞ。

 夢を諦めまくって適当に妥協してきた俺としては、背中からのプレッシャーが凄い。



 このままだと、こいつは次に何をやらかすかわからないしな。死なれたら寝覚めが悪い。

 そう思うことで自分を納得させ、俺は振り返った。

 うわ、純粋なまなざしで俺を見つめてる。視線がまぶしい。憧れと決意が頬にビシビシ当たってる気がする。

 ダメだ、これは俺の負けっぽい。



 俺は苦笑を見られないようにまた背を向け、なるべくそっけない声で言った。

「ついてこい」

 背後からは、ミオが声を押し殺してぴょんぴょん跳ねている音が聞こえてきた。

 どうしよう、この子。



   *   *   *



 シューティングスターはカレンの船に同行し、港まで送り届けることになった。カレンの船はボロボロなので、付き添っておかないと不安だ。

 俺はミオを連れてシューティングスターに戻り、メッティにミオを預けて少し休憩することにした。

 ……のだが。



『艦長』

 シューティングスターの艦長室で、七海が静かに言った。

 俺はベッドの上に正座して、モニタの七海に向き合う。

「はい」

 七海は腰に手を当てて、困りきった様子で俺を見つめている。



『艦長が情に篤い方なのは知っていますし、それはとてもいいことだと思います。この世界の人たちはみんな、そんな艦長を信頼してくれましたからね』

「はい」

 正座したまま、神妙にうなずく俺。



 そして七海は、深い深い溜息をついた。

『ですが、なんでもかんでも拾ってこないでください』

「申し訳ない」

 この艦、俺の私物じゃないからね。俺は雇われ艦長だ。

 大家さんは、このポンコツAI。



 七海の背後には、ミオとメッティが言い争っている様子がライブ映像で流れている。

『なんで海賊船に女が乗ってるんだよ! さっきのナナミって人もそうだけど!』

『海賊船じゃないからですよ!? 艦長は海賊じゃありません!』

 いつも思うけど、メッティのパラーニャ語は綺麗だなあ。



 メッティが胸を張る。

『私は艦長の助手、メッティ・ハルダです。経理と交渉、それに通訳なども担当しています』

 別に担当させてる訳じゃないんだけど、メッティの意識としてはそうなんだろうな。

『通訳? そんなのより、剣が使えなきゃ話にならないよ! 海賊だよ?』

『海賊じゃないって言ってるでしょ!?』

 うーん。ミオも見所はありそうだけど、やっぱり子供は子供だな。



 どうしてもここを海賊船にしたいミオと、海賊が大嫌いなメッティとで、会話が平行線をたどる。

 最後は子供同士なので、マウントの取り合いになった。

『私は帳簿がつけられるし、ライデル語やベッケン語もわかるんですよ? 古代ニホ語だってしゃべれます』

『え、ええと……僕は剣……』

 しどろもどろのミオに、メッティが容赦なくたたみかける。



『剣が使えるんですか?』

『や、やったことないけど……たぶんできるし!』

『素人の子供に負ける海賊や軍人はいないと思いますよ』

 おいメッティ、年下相手にみっともないことするな。

 泣きそうな顔してるじゃないか。



 俺は七海を見て、こう言うしかなかった。

「俺の責任だ。俺が何とかする」

『よろしくお願いします、艦長』

 どうしてその場の勢いで安請け合いばっかりしちゃうんだろう、俺は。



   *   *   *



 俺が士官食堂のドアを開いたときには、ミオが半泣きになっているところだった。さすがにメッティも少し慌てて、ミオをなぐさめている。

「あ、あのね? だから艦長の部下になるのなら、もっと大きくなってからで……」

「お、お姉ちゃんだって、まだ……こ、子供なのに……艦長の部下じゃん……」



 ぐすぐす泣いているミオ。パラーニャ人の男の子にしては、ちょっと気弱な印象がある。やんちゃに見えるが、根はおとなしいタイプらしい。キレて女の子に暴力を振るったりしないのはいいことだ。

 メッティが顔を上げて、途方に暮れた表情で俺を見つめる。

「艦長、ごめん……泣かしてしもた……」

「そういうこともあるさ。だがお前はパラーニャの社会では一人前の大人だ。大人としての態度を忘れるな」



 会話を聞く限りミオの方が悪いんだが、ミオはまだパラーニャ社会でも子供だからな。本気で口論しているようでは、メッティもまだまだ子供だ。

 それから俺はミオに向き直り、パラーニャ語翻訳で語りかけた。

「役に立てるかどうかなど、今は気にしなくていい。だが俺の艦に乗りたいのなら、クルーと無用の争いを起こすな。メッティもポッペンも、俺が認めた仲間たちだ」

「うん……」



 どうにも気まずい雰囲気なので、とりあえずみんなでお茶でも飲もうか。

 俺はポッペンと七海にも声をかけて、ちょっと話し合う時間を取ることにした。


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