海賊の金貨・1
071
城塞都市ディゴザを襲ったゾンビパニックも、隣国ライデルでの調査のおかげでようやく少しわかってきた。
俺は狩真と別れを告げ、パラーニャに帰還する。
そしてパラーニャ王フェルデ六世に、事の顛末を伝えた。
穏やかな日差しが降り注ぐ宮殿のテラスで、若き国王は深い溜息をつく。
「友邦ライデルが、そのような災厄に見舞われていたとはな。気がかりではあるが、まずはパラーニャを守らねばならぬ。当面、ライデルからの酒類は禁輸としよう」
それがいい。どのみち交易どころじゃなくなってるし。
そしてフェルデ王は腕組みをした。
「『死の狩人』アマミヤ・カルマか。やはり異界からの来訪者たちは、一国の命運すら左右する存在のようだな」
「そうかも知れないな」
狩真とか七海とか。
俺は単独じゃ何もできないけど、とりあえず黙っておこう。
すると王はこんなことを言い出す。
「私は実証派世界学を修めた者として、神学寄りの『神授説』や『天命説』には否定的な立場だ。しかしこうなってくると、私も大いなる意志の存在を感じずにはいられない」
なにそれ。
この世界では異世界からいろんな連中がポンポンやってくるので、異世界に対する研究が早くから発達している。『世界学』がそうだ。
もっともこの世界学とやらも派閥がいろいろあり、「転移者たちは、神が遣わした救世主たちである」という学説もあるらしい。
それは学問としてどうなのと思わなくもないが、科学的に否定する方法が見つからないし、この世界の人々は現代日本人よりずっと敬虔で迷信深い。
フェルデ王からの説明でおおむね納得した俺は、静かに息を吐く。
「わからん。俺は誰かに命じられて、ここにいる訳ではない」
「そなたは自由と孤独を愛する英雄、海賊騎士であるからな」
そうじゃなくて迷子なんです。
「俺は信仰を尊重するが、俺自身は何ら信仰を持たない。神の意志と言われても困る」
「おお、なんという大それた言葉を……。国教の庇護者である王に対してその言葉、神官たちが聞けば卒倒するであろうな。だが、そなたが気づかずに神に動かされている可能性はあろう」
「ああ。だとすれば、ずいぶん人使いの荒い神だな」
ブラック企業も真っ青だよ。
フェルデ王は俺が何を言っても怒らないどころか、ずいぶんと楽しそうだ。おかげで気楽なんだけど、この人フランクすぎて若干不安になる。
この国、大丈夫かな……。
そう思っていたら、話題がまた変わった。
「私はそなたを神の使いと思っている訳ではないが、庶民が貴族がそなたをあてにしていることは間違いない。海賊騎士の勇猛さと誇り高さは、皆の知るところだ」
うーん、なんだろう。この勘違いされてる感じ。
微妙にくすぐったい気持ちになっていると、王はテーブルの上に置いてあった封書を手に取った。
「そこで、そなたに『私掠免状』を与える。パラーニャ王国の発行した正式なものだ」
どういうこと? なんで?
私掠免状というのは、要するに国家公認の海賊許可証だ。俺のいた世界でも、かつてはこれが大量に発行された。私掠船に敵国の船を襲わせ、外貨を獲得すると同時に敵国に損害を与える。
でも俺は海賊騎士であって、海賊ではない。
「王よ、俺にそんなものは必要ない」
「わかっている」
フェルデ王の表情は真面目で、そして迷いがなかった。一時の思いつきなどではなさそうだ。
パラーニャには今、これといった敵国はない。戦争もしていないし、そもそも私掠船を根絶する方向で王室は動いていたはずだ。だから雷帝グラハルドも、私掠船長を廃業して普通の海賊になるしかなかった。
どういうことだろう?
不思議に思った俺だが、私掠免状を見ているうちに状況が理解できた。
これを発行しても、王が失うものは何もない。もともとシューティングスターがあれば、俺はどこでも自由に襲撃して破壊や掠奪ができる。この私掠免状は現状を追認するだけだ。
多少のリスクとしては、俺が本当に他国で掠奪を始めた場合には外交問題になることが考えられる。掠奪行為をパラーニャ王が許可したことになるからだ。
だからこれは、俺が絶対に掠奪に走らないと信頼した上での私掠免状だろう。
そこまで理解して、俺はフッと笑う。
「なるほど。あなたからそこまで信頼してもらえるとは、名誉の至りだ」
いろいろ世話になってるし、たまには思い通りになってあげるか。俺は私掠免状を受け取る。
「では俺も信頼に応えて、あなたの企てに乗ろう。俺はこれからも誰からも奪わないし、誰も支配しない。約束する」
「やれやれ、私の企みなどお見通しか。そなたにはかなわぬ」
フェルデ王は苦笑し、額をハンカチで拭った。
俺は使う予定のない私掠免状を懐にしまう。
「エンヴィランの海賊騎士は、パラーニャ王国の私掠海賊となった。これまで以上に、パラーニャ王室と深い関わりを持つことになる」
「そういうことだ。そなたに隠し事はできそうにもないな」
俺が笑っているのでフェルデ王も笑っているが、心拍数がだいぶ上がっているのが確認できた。
かなり思い切った企てだったんだろう。
これで国王はほぼノーリスクで、九七式重殲滅艦シューティングスターを自国の戦力に加えることができた。少なくとも、周辺国はそう受け止める。艦長の俺が、パラーニャの正式な私掠免状を持っているからだ。
その俺が今回のように周辺国で活動すれば、周辺国は私掠船シューティングスターの圧倒的な強さを知る。
あんなものを敵に回したら首都が火の海にされてしまう。パラーニャと事を構えるのは避けるはずだ。
この策略に必要なものは、俺との信頼関係と紙切れ一枚。
どちらも揃っている。やらない理由はないよな。
「見事な謀だ、王よ」
「誉められている気がせぬな……。あまり私を見ないでくれ、居心地が悪い」
露骨に俺を利用しているから、ちょっと気まずいのだろう。そんなところも、この王を嫌いになれない理由の一つだ。
フェルデ王はしわくちゃになったハンカチを握りしめて、テラスを吹き抜ける風に目を閉じる。
「このような小細工は心苦しいが、私も一国を預かる身。一兵も失わずに外交問題を有利に運べるのなら、喜んで汚名を被ろう。そなたの名声と武力、利用させてもらうぞ」
別にいいんじゃないですかね、これ完全に合法的な手続きみたいだし。たぶん誰も困らないよ。
しかし王はまだ気にしているらしく、こんなことを言ってきた。
「だが信じてほしい。私が生涯に発行する私掠免状は、そなたに与えるこれ一枚限りだ。国が盗賊を認める時代は終わりにせねばならぬし、そなた以上に信頼できる在野の人材はおらぬ」
「同感だ」
俺はうなずいたが、この善良な為政者にもう少し何か言葉をかけたくなった。
翻訳ソフトのパラーニャ語辞書もだいぶ語彙が増えてきたが、ここは手堅くいつものでいこう。
俺も真面目な顔で、こう返す。
「清濁併せ呑み、それでいて清廉なあなたは、やはり凄いヤツなのかも知れんな」
「……うむ」
ぐっと表情を引き締め、フェルデ王はうなずいた。
もう少し会話を続けたかったが、七海から緊急連絡が入っている。
先行してエンヴィラン島に向かったポッペンから、どうも何か連絡が入ったらしい。
俺は立ち上がると、尊敬すべき王に別れの挨拶を告げた。
「クルーから報告があったようだ。俺はまた、俺の海に帰る」
「承知した。武運を祈ろう、海賊騎士よ」
* * *
海賊騎士が空を裂いて去った後、フェルデ王は急ぎ足で王宮内のサロンへと足を向けた。
王室顧問武官のデュバルと、王立大学助手のラウドが熱心に話している。
「デュバル閣下、あの猟兵たちが言ってた落雷の話なんですが」
「うむ? ああ、落雷の直前に地面から湯気が立ち上るという話だな。私は見たことがないが」
「あれなんですけど、さっき艦長に話したら『イオンじゃないか』って」
「いおん?」
「雷が落ちる前に湯気が立つっていうか、湯気が立つから落雷するのかも知れないんですよ。湯気が雷の通り道を作るんです」
「よくわからんな……」
デュバルは首をひねっているが、ラウドは目を輝かせている。
「猟兵たちの経験が、科学で裏打ちされた瞬間ですよ。凄いと思いませんか!?」
「学者の君が言うことは難しくて、粗野な軍人の私にはよくわからんよ」
苦笑するデュバル。
いつもなら彼らの知的な会話を邪魔しないよう、そっと見守るのがサロンの主であるフェルデの流儀だ。
しかし今は一刻も早く自分の話を聞いてほしいので、急いで歩み寄る。
すぐにデュバルが気づき、少し遅れてラウドも反応する。
「これは陛下」
「あ、陛下」
フェルデは胸を張り、いつもより大きな声で宣言する。
「そなたたち、私もついに海賊騎士に言われたぞ!」
「え?」
「ほら、あれだ! 海賊騎士がそなたたちに言った、『お前は凄いヤツなのかも知れんな』というあれだ!」
すると二人の顔に理解の色が広がる。
「やりましたね、陛下!」
「艦長に認められたのですな。地位や身分に関係なく、一人の男として」
「そうとも!」
フェルデはソファに腰掛け、それからまたすぐに立ち上がる。
「ついにやったぞ! 私もそなたたちと同じ英雄だ!」
デュバルやラウドに対して若干の気後れがあったフェルデとしては、あの一言はまさに天の恵みだった。
何事かと慌てて駆けつけてきた側近のアッティオが、事態を理解して恭しく頭を下げる。
「おめでとうございます、陛下。先王陛下は諸国に『戦争王』の勇名を轟かせておいでですが、陛下はきっと後の世に『英雄王』として語り継がれましょう」
「おお、英雄王か。うむ、非常に良い。……いや、待て」
フェルデ王はそわそわしつつも、大きく息を吐いて窓の空を仰ぐ。
「浮ついている場合ではなかったな。私は凡人であり、凡人たちの王である。後の世にどう評価されるかなど、考える必要はない」
するとデュバルが微笑んだ。
「その志の清らかさこそが、まさに英雄の証ではありませんかな?」
「いやいや、私は凡人として気を引き締めなくてはな」
そう言いつつも、口元が緩むのをどうすることもできないフェルデだった。




