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乙女と海賊・4

007



 ようやく艦内に回収された俺たち。

 メッティは顔面蒼白になり、非常ハッチの横で這いつくばっている。

「な……何がどうなって……」

 俺も同じ気分です。



『艦長、お疲れさまでした。この人物のバイタルチェックを行います』

 唐突に七海がメッティの横に出現した。

 いや、これは眼帯にCGが表示されているだけか。

 しかし俺が首を動かしても七海の位置はメッティの横で固定されているので、このCGはかなり凝っている。凄いな。



 七海がうなずく。

『バイタルチェック完了。えーとですね、軽い脱水症状と疲労です。感染症や毒物の影響は検出されませんでした』

 そこまでわかるのか。

『念のため、簡単な隔離処置を執りましょうか。士官用個室がありますので、そちらに誘導してもらえますか』

 まあそうだな。メッティにとっては無害な細菌でも、俺にとっては致命的かも知れない。

 もう手遅れな気もするが。



 俺はメッティを連れて、狭くて暗い艦内通路を歩く。外から見ると大きな軍艦だが、通路は狭いし天井も低い。

 メッティは艦内の光景が珍しいらしく、しきりにキョロキョロしている。

「メッティ?」

「あ、うん。ごめん。ほな、まずは自己紹介の続きやな。私はエンヴィラン島の住人で、雑貨店の娘や」



 ああそうだ、ついでに聞いておこう。

「さっき言ってた本土ってのは、何なんだ?」

「エンヴィラン島はパラーニャ王国の領土なんよ。本土の首都ファリオに国立大学があるねん」

 んん? パラーニャ王国? ファリオ?

 やっぱり聞き覚えがあるぞ?



 あ、思い出した! あれか! 懐かしいなあ!

 しかし思い出したところで、メッティが不安そうにうなだれる。

「せやけど、船が海賊に襲われてしもたんや……。本土との定期便なんて貧乏人しか乗ってへんし、襲われへんと思ってたんやけどな」

 彼女は溜息をつき、こう続ける。



 海賊の船団は四隻もいて、完全に包囲されてしまったという。

 もしかして、俺たちが沈めたあの船団かな?

 船室に着いた俺は、備え付けのモニタに画像を出してもらった。

「襲ってきた海賊たちというのは、こいつらか?」

 画面に表示される交戦記録。動画だ。



 それを見たメッティは、目を見開く。

「なっ……なんやこれ!? 写真が動いとる!? しかも色つきで!?」

「俺のいた世界では、ごく普通に使われている機械仕掛けだ」

「ど、どないなっとるん?」

 メッティは液晶モニタに触れてみたり、かと思えば裏側を見たり、慌ただしい動きをしている。



「なあこれ、どういう原理? 写真を何枚も凄い勢いで入れ替えて、動きつけとるん?」

「ああ、原理としてはそうだな」

 俺が適当にうなずくと、メッティはズズイと身を乗り出して俺に迫ってくる。

「ほな、具体的にどないして動かしとるん?」

 顔が近い。



「今はそれどころじゃないだろう? その動く写真、動画を確認してくれ」

「う、うん」

 砲煙の中にたなびく海賊旗を、じっと見つめるメッティ。

 やがて彼女はうなずいた。



「間違いあらへん。この鮫と髑髏の旗、確かに見た」

 もしかして、さらわれた踊り子たちも撃沈しちゃったか?

「メッティが襲撃されたのは何日前だ?」

「ええと……四……五日前かな?」

 じゃあ「積み荷」はもう下ろしてるだろう。港も近くにあるんだし。

 そうであって欲しい。



「五日か。よく生きてたな」

 この子のサバイバル能力高いな。

 するとメッティは、どんよりと濁った目をして遠くを見つめる。

「まあな……。けど、まさか自分の尿まで飲むハメになるとは思わんかったわ。難破した船乗りの鉄則らしいけど」

「それは……つらい目に遭ったな」

「後は魚釣って、絞り汁を飲んだりしたわ」

 本当につらい……。



 俺は彼女の生き延びる根性に、密かに尊敬の念を抱く。

 せっかく救助できたんだから、何とかしてあげたい。

「よし、とりあえず清潔な水だな。ただの水しかないが、好きなだけ飲んでくれ」

 俺がコップを差し出すと、メッティはがぶがぶ飲む。



「おおきに! うわ、つめたっ!?」

「この船には水を冷やす装置もあるんだ。この部屋もひんやりしてて快適だろう?」

「せやな……すごい……。なあこれ」

「仕組みの説明は後だ、後」

「ええやん、教えてくれても」

 俺もよく知らないんだからしょうがないだろ。



 諦めたのか、またゴクゴクと水を飲むメッティ。

 彼女の表情に生気が戻ってきた。

 うん、よしよし。

 コップ三杯の冷水を立て続けに飲み干したメッティは、晴れ晴れとした笑みを浮かべた。

「あー、水ってこんなに美味しいんやな! 最高やわぁ! おおきに!」

 俺はメッティの笑顔をほのぼのと見守り、それからこう提案する。



「よし、それじゃあまずはお前を本土に送り届けてやろう」

「えっ?」

「いや、受験あるんだろ? 間に合うか?」

「うん、たぶん受験は明日やから、間に合うと思うけど……」

 冴えない表情になって、どうしたんだ?



「海賊どもはたぶん、さらったお姉ちゃんたちをアンサール辺りの奴隷商に叩き売っとるはずや。早く助けてあげへんと」

「奴隷制度があるのか、パラーニャって国には」

「いや、もちろんアカンけど、アンサール市の港湾区には闇市があるんや。あそこの衛視隊は奴隷商と癒着しとるから、やりたい放題らしいで」

 奴隷か。

 殺されることはないだろうが、知らん顔もできないな。



「なあ、踊り子のお姉ちゃんたちを先に助けてくれへん? 私もついていくから、な?」

「でもお前、受験に行く途中なんだろ?」

 俺も昔は受験生だったからな。

 受験会場に向かう途中にトラブルに巻き込まれたメッティに、俺は少なからず同情している。



 しかしメッティは首をぶんぶん横に振った。

「ぐずぐずしとったら、踊り子のお姉ちゃんたちが奴隷市場で売られてしまうで!? そしたらもう、どこに連れて行かれるかわからへん!」

「それはまあ、そうだが……いいの? 受験間に合うか?」

 するとメッティは目をカッと見開いた。

「そないなこと言うてる場合やあらへんやろ!」

 関西弁で凄まないでください。

 怖い。



 メッティは俺のコートの裾を握り、切実な表情で見上げてくる。

「人を見殺しにして大学に入れても、そんなんで胸張って学者になられへん。私には無理や」

「そんなに気にするほどのことか?」

「私は海賊に襲われたとき、自分だけ隠れとったんや。今度は踊り子のお姉ちゃんたちを助けるために、私が頑張る番やろ?」

 確かにメッティがいないと、俺たちはパラーニャの言葉がわからない。日本語が通じる人間はそうそういないだろう。



 しかしメッティにとって、踊り子たちは家族でも友人でもないぞ。たまたま乗り合わせただけの赤の他人だ。

 その赤の他人のために、彼女は大事な受験を投げ捨てようとしている。

 しかも何の躊躇もなくだ。

 受験生だった頃の俺に、同じ決断ができただろうか?

 いや無理だ。絶対無理。



 メッティは俺のコートの裾をつかんだまま、なおも訴えかける。

「私はパラーニャ語もしゃべれるし、この国の法律も地理もよう知っとる。手伝えることは色々あるはずや」

 彼女の表情は痛々しいほどに真剣で、切実だった。



 俺はメッティに対する尊敬の念が、一層強く湧き上がっていた。

 俺の胸ぐらいのとこにある彼女の顔を、じっと見下ろす。

「お前……」

「どないしたん?」

「お前はもしかすると、凄いヤツかもしれんな」



 決めた。

 俺はこの子の味方だ。

 俺自身にできることは少ないが、それでもこの子の為に戦おう。

「よし、わかった。七海!」



 するとすかさず七海がモニタに現れる。

『はい、話は聞かせてもらいました。艦長、何なりと御命令を』

 おい、かっこいい登場の仕方するな。

 そういうのは俺がやりたいんだ。

 案の定、メッティが目を丸くしている。

「な……なな……人がおる……?」

 七海はえっへんと胸を張る。



『私は戦略護衛隊所属輸送艦ななみのインターフェース人格です。この艦のことでしたら、全てお任せ下さい』

「メッティ、こいつはこの船の意志、まあ船の守り神みたいなもんだ。これも機械仕掛けみたいなもんだと思ってくれ」

「はー……」

 目を丸くしたままのメッティ。



 あ、先手打って釘刺しておこう。

「仕組みはまた今度な」

「まあ、せやな。今はそれどころとちゃうし」

 不承不承ではあったが、メッティは納得してくれたらしい。



 俺はフッとかっこつけて笑うと、メッティにこう言った。

「さあ、囚われの美女たちを救いに行くとしようか」

 なんで俺、さっきから人助けばっかりやってるんだろ。

 まあいいか。


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