死の狩人・5
067
変身したままの俺と狩真は、残る二輌の多脚高射砲に備える。
だが予想通り、敵は撃ってこない。それどころか左右に分かれて回り込もうとしてきた。
「ダークギア、これはどういうことだ?」
意外にも狩真が不思議そうにしているので、俺は笑う。
「撃てないんだよ、ブラッドギア。後ろに基地の建物がある」
俺の説明に、狩真は大きくうなずいた。
「そういう優先順位か。興味深い価値観だ」
お前の価値観の方が興味深いよ。
普通は味方、特に重要な自軍施設への被害は避けようとするもんだ。
背後の建物を人質にすれば、一方的に戦えそうだな。
そう思ったとき、七海が叫ぶ。
『艦長、KGー六六無人攻撃機の発進を確認しました! 機数十二!』
多いな。するとブラッドギア……じゃなかった、狩真も背後を振り返る。
「来たぞ、ダークギア!」
「慌てるな」
俺は七海に命令する。
「ドラゴンフライ航空隊、全機発艦せよ」
『了解!』
七海がビシッと敬礼した。
背後から飛んできた敵機は「ドローン」と呼ぶには少しばかり大きいが、見た目は俺の知っているドローンそのものだ。機銃をぶら下げている。
眼帯型ゴーグルの表示によると、あの機銃は分隊機関銃とかいうヤツらしい。歩兵が持ち歩く火器だから、機関砲よりはずっと弱い。シューティングスターにとっては脅威ではなさそうだ。
とはいえ、俺やブラッドギアに当たれば痛いはずだ。
「ブラッドギア、あれを何発も浴びるとさすがにもたないぞ」
「わかっている。神経加速とスラスターでしのごう」
敵機の発砲炎を確認すると同時に、俺たちは加速して機銃掃射を回避する。
かなり遠いので視認しづらいが、銃口の向きさえ読めれば難しいものではない。姿勢制御用スラスターで複雑な機動ができるので、どうにかなる。
どうしても避けきれない銃弾は、スラスターの圧縮空気で弾道を強引に逸らす。こっちが吹き飛びそうだ。
七海が興奮して叫ぶ。
『艦長、凄いです! キンユウみたいです!』
キンユウって何だ? 金曜日の夕方?
返事すると呼吸が乱れるので、俺は黙って回避に専念する。
とはいえ、やられっぱなしも癪だな。俺は腰から『マスターキー』を抜くと、敵機に向かって投げつけた。
眼帯の投擲支援ソフトを使ったこともあり、狙いは正確だった。ローターを一個、粉々に破壊する。変身して筋力も強化されているので、ただの手斧なのに凄い威力だ。
ローターを破壊された敵機は回転しながら墜落していき、コンクリート上で爆発した。
一方、かなり苦戦していたブラッドギアが叫ぶ。
「ダークギア、スラスターがオーバーヒートしそうだ!」
「焦るな、ブラッドギア」
俺はその場に停止し、呼吸と三半規管を落ち着かせる。即座に敵機の全機銃がこちらを向いた。
狙い通りの展開に、俺はニヤリと笑う。
「終わりだ」
次の瞬間、不細工な戦闘用ドローンが次々に空中で爆発した。
ブラッドギアが叫ぶ。
「おお!?」
俺の背後から飛来した無人艦載機、ドラゴンフライの編隊が空を切り裂いていく。
ドラゴンフライは防空戦闘、要するに空中戦に特化した機体だ。ローター式の旧式攻撃機なんて餌みたいなもんらしい。
ドラゴンフライたちが上空を駆け抜けた後には、バフニスク連邦軍のドローンは一機も残っていなかった。ドローンの破片がバラバラと降ってくる。
凄いな、これ。
『どうです、戦略護衛隊の装備は優秀でしょう?……私みたいに』
「そうだな」
自慢げに胸を張っている七海がなんだかおかしくて、俺は笑うしかない。
「よくやった。ドラゴンフライを回収しろ。高射砲から攻撃を受けている」
『あっ!? うわっ、あわわ』
ドラゴンフライの速度なら機関砲で撃ちまくられてもそうそう当たらないだろうが、大事な大事な虎の子の艦載機だ。補充も整備もできないから、早めに引き上げさせる。
ついでに上空に気を取られている多脚高射砲を始末しておこう。
「やるぞ、ブラッドギア」
「ああ、ダークギア」
俺たちはスーツのあちこちに備えられているスラスターを使うために、必要なポーズを取る。
必要なポーズだから仕方ないんだが、なんで敵の前でこんなカッコイイポーズしなくちゃいけないんだ。
「かっこいいだろう?」
「言うな」
俺は溜息をつくと同時に、スラスターを全開にした。
このスラスターは元々、戦闘機から脱出したパイロットが落下時の減速や姿勢制御に使うものだ。
一度の装着ではトータルで一分間しか使用できない。
俺のは残り三十八秒か。さっきの戦闘で結構使ってるな。
だが、これだけあれば十分だ。
俺たちの接近に気づいたのか、多脚高射砲は御自慢の機関砲をこちらに向けてきた。だが撃てない。背後に建物があるからだ。
念のために不規則蛇行して砲口を避けながら、俺は一気に肉薄する。
そしてオーバーヒート覚悟で、スラスターで加速されたパンチを放った。
思わず叫ぶ。
「必殺! 『エンド・オブ・ヴィラン』!」
関節部をロックされた俺の拳は、全身の推力を一点に集めたハンマーとなった。そのまま多脚高射砲の脚部装甲をぶちぬく。ほとんど体当たりだ。
当然、俺のスーツも大ダメージを受けているが、必殺技なので問題ない。相手は倒す。
ふと気づいたときには、多脚高射砲はひっくり返っていた。片側の脚三本を綺麗に吹き飛ばされているので、もう起き上がれないだろう。
しかしあんな何十トンもありそうなものを、よく横倒しにできたもんだ。
と同時に、警告表示が出る。
< システム:オーバーロード >
< 暴装強制解除 >
変身が自動的に解除され、俺はブラッドギアを振り返る。
相棒は跳び蹴りの着地を終えて、ゆっくり立ち上がるところだった。スーツ姿に戻っているが、あっちの多脚高射砲も横転している。
俺はブラッドギア……いや違う、狩真に親指を立ててみせた。
「終わったな」
「初装着でオーバーロードアタックを使用する度胸があるとは思わなかったよ、艦長。君の度胸は何でできてるんだ?」
単にお調子者なだけです。
俺は答えをはぐらかし、狩真に笑う。
「それよりも、お前がしくじっていたらどうしようかと思ったぞ」
「それこそ無用な心配だ。あくまでも一対一ではあるが、主力戦車以外の全ての陸戦兵器と戦えるように設計している」
それ絶対に脱出装置じゃないですよね?
ほっとしつつも違う部分で不安になった俺だが、そのとき多脚高射砲たちがギシギシ動き始めた。
「ん?」
俺が振り向くと、狩真が冷静に分析する。
「どうやらあの多脚高射砲は、姿勢回復用のスラスターを搭載しているようだな」
あっちもか。確かにジェット噴射みたいなので起き上がろうとしている。
狩真が身構えるが、俺たちはもう変身できない。彼が問う。
「まずいな、どうする?」
しかし俺は慌てなかった。七海がいる限り、慌てる必要がない。
だから腕組みしたまま、俺は笑う。
「こうするのさ」
次の瞬間、シューティングスターの五五〇ミリ湾曲光学砲が多脚高射砲を軽く撫でた。
威力は対艦用の十分の一以下。手加減しまくった軽い一撃だ。
しかし多脚高射砲はティッシュみたいに燃え上がり、そして今度こそ完全に動かなくなった。
狩真が炎の輻射熱から顔を背けながら、少しひきつった笑みを浮かべている。
「一瞬照射しただけなのに、なんて熱量と破壊力だ。こんなものが一九九九年に存在している世界なんて、私は住めそうにないよ」
「意見が合うな。……ところでお前の世界は今、西暦何年だ?」
「二〇三五年だ」
未来に生きてるな、こいつ。俺のいた世界とはPHSとスマートフォンぐらいのズレがある。
そう考えると、こいつのスーツも非常識な性能ってほどでもないのかな?
そんなことを考えていると、頭上にシューティングスターの巨影がやってきた。
『センサーの探知範囲に、大型火器および航空機、車両、人物の反応なし。本艦はこの基地上空を制圧しました』
七海が得意げな顔をして、びしっと敬礼した。
「なんだ、颯爽と助太刀する予定だったのに武功を立て損ねてしまったぞ。あっけないものだな」
後詰めのまま出番がなかったポッペンがぺたぺた歩いてきたので、俺は軽く手を振る。
「まさかの備えは空振りになるのが一番いい。お疲れさま、ポッペン」
「艦長にそう言って頂けるのなら、これも無駄ではなかったようだな」
ポッペンは今日も無表情のままだが、苦笑混じりの楽しげな声で応じた。
俺は念のため、七海に質問する。
「七海、もう敵はいないのか?」
『あ、はい。たぶん大丈夫です。念のため、シューティングスター搭載の近接防御用ジャ……』
その瞬間に七海がハッと口を塞いだので、俺は首を傾げる。
「ジャ?」
『ジャ……ジャムで……』
ほほう?
『ジャガイモかも……』
凄いテクノロジーだ。
こいつの世界のジャミング装置だから、きっといろいろ凄いんだろうな……などと勝手に想像を膨らませる。だってこいつ、艦長の俺に機密を教えてくれないんだから。
まあいいや。俺は狩真とポッペンを振り返り、軽く手を挙げる。
「バシュライザーとスーツのメンテナンスが終わったら、内部の調査を始めよう。ポッペン、それまで警戒を頼む」
「承知した」




