死の狩人・3
海賊065
俺とは違う『現代の東京』からやってきた天宮狩真は、俺とは違う場所で新しい人生をスタートしていたようだ。
「四つの小国の集合体であるライデル連合王国のうち、南ライデルではゾンビが『恐ろしい風土病』や『悪魔の祟り』として頻発していた。原因がわからず、酷いときにはまとめて大量のゾンビが発生する」
シューティングスターの士官食堂で、狩真はそうつぶやく。
「だが幸い、私も研究者の端くれだ。すぐにこれが感染症や遺伝病ではなさそうだと気づいた。もちろん迷信の類でもない」
「よくわかったな」
「遺伝病にしてはゾンビ同士に血縁関係がなさすぎる。免疫力が低い幼児が全くゾンビ化しないから、感染症にしても少しおかしい」
なるほど。
ゾンビを凄い勢いで退治しながら、原因究明に励んでいた狩真。やがて彼は、ゾンビ化の原因が奇妙な蒸留酒だと突き止めた。
狩真は懐から未開封の『博士のウォトカ』を取り出した。
「これは君がさっき発見した貨物コンテナに積まれていた。この森の中には貨物コンテナが散在しており、同じビーコンを発している。そして中身はどれもこの酒だ」
俺は少し考え、それから狩真に問う。
「なぜそれが流通している?」
「通りがかったライデル人が発見したらしい。蒸留酒は貴重品だ。レート次第だが、一瓶あれば家畜と交換できることもある」
じゃあコンテナいっぱいの酒なら、相当な財産になるな。
「それを買い取った者が、軍に流したということか」
俺の言葉に、狩真が真顔でうなずく。
「そのようだな。闇ブローカーと酒屋は、出所の怪しい酒を正規の流通ルートに乗せた罪で絞首刑になった」
因果応報としか言いようがないが、おかげで大迷惑だ。
狩真は首を横に振る。
「彼らの末路はどうでもいい。それよりも、このウォッカの成分だ」
「何かわかっているのか?」
「ああ。酒の中に未知のナノマシンが含まれている。アルコールおよび塩分濃度、温度などの条件が全て満たされると複製を開始する。早い話が、飲むまでは休眠状態だ」
狩真はタブレットを取り出すと、数字だらけの表をいくつも表示した。
「だが問題はそこから先だ。こいつが具体的に何をするのか、どうすれば除去できるのか、それがわからない。わかっているのは普通のウォッカよりも致死量が少なく、深酒であっさり死亡すること。そしてその後にゾンビ化することだけだ」
狩真はこの世界にわずかな研究機材と共に漂着したが、さすがにそれ以上の分析は不可能だったようだ。
むしろよく調べ上げたものだと思う。
ピペットの使い方すら怪しい俺には、よくわからないが。
俺は感心しながら、忌々しい酒瓶を睨みつけた。
「つまり『博士のウォトカ』を飲んだゾンビ予備軍は、依然としてゾンビ予備軍のまま……という可能性があるのか」
「そうだ」
俺と狩真は視線を交わし、うなずきあう。
メッティとポッペンは俺たちの顔を見比べて、ぽかんとしていた。
俺は一応、七海にも相談してみる。
「わかりそうか?」
『うーん、無理だと思いますよ。シューティングスターの医療設備は応急処置や防疫が目的なので……。電子顕微鏡すらありませんし』
大規模な研究所みたいなものを求めても無理か。
俺は狩真に向き直ると、彼に謝罪した。
「聞いての通りだ。俺の艦では役に立てそうにもない」
しかし狩真は首を横に振る。
「いや、私が借りたいのは医務室ではない。この艦の火器だ」
「どういうことだ?」
すると狩真はタブレットを操作した。
「見つかったのは、貨物コンテナだけではない。もっと恐ろしいものも発見した」
「何だ?」
狩真はフッと笑う。
「軍事基地だ」
* * *
そして俺たちは今、その軍事基地を射程に収めていた。
森の奥深くに、コンクリートの地面とフェンスが見えた。建物もちらほらある。
狩真が腕組みしながら、モニタを睨む。
「あそこに何か秘密があるのではないかと睨んでいるんだが、近づくだけで大変な目に遭わされてな」
大変な目って何……?
七海が双眼鏡を下ろし、自信なさそうに答える。
『確認しました。えーと……バフニスク連邦軍の施設っぽいですね。見た感じ、飛空艦基地のようですが』
待て、もしかしてシューティングスターみたいなのが飛んでくるのか?
「狩真、敵は何だ?」
すると狩真はそっけなく答える。
「ドローンらしい回転翼式の無人航空機。機銃を搭載していた。それと、よくわからん多脚機械。戦車砲と機関砲を搭載しているようだ」
じゃあ大丈夫かな……。
俺は少し考え、七海に命令する。
「本艦はここで待機。接近し過ぎると危険だ。対空兵器で損害を受けるのは避けたい」
『そうですね。光学兵器なら軌道を曲げられますけど、実弾兵器を使われるとちょっと……』
海賊船の大砲、まともにくらってたもんな。
破壊するだけなら高速で飛来しながら光学砲で空爆すれば一発だが、それでは何の為にここに来たのかわからない。
その前に一応、狩真の強さも確認しておこう。
「狩真は本当に戦えるのか?」
「無論だ」
なんでそんなに得意げな顔なんだよ。
彼は懐から、妙な形の機械を取り出した。リストバンド型だ。
「私は今でこそ『機関』と敵対しているが、かつては『機関』で人類の進化を研究をしていた。地球環境の激変、あるいは宇宙での活動にも耐えうる、画期的な新人類のな」
もう嫌な予感がしてきた。
そして狩真は満面の笑みで、こう続けた。
「『バシュラン化現象』というものを知っているか?」
「……知っている」
俺は溜息をつく。
やっぱりまともじゃなかった。
俺は狩真にニドネとのことを簡単に話した。
狩真は興奮して目を輝かせながら、俺に顔を近づけてくる。
「素晴らしい。ぜひ一度会いたいな」
「そうしてくれ。彼女も喜ぶだろう」
顔が近い。
狩真はリストバンドを腕に巻きながら、熱弁を振るう。
「バシュラン化すると食性の幅が狭まる。その代わりに、消化器系に使われていた免疫系のリソースを、感染症や腫瘍に対して使用できるようになる。さらにテロメアも……」
今その話は必要か?
俺は小さく咳払いをして、彼の話を勝手に要約する。
「結果的に寿命は飛躍的に延びるということだな」
その瞬間、狩真はますます嬉しそうにして顔を近づけてきた。
「そうとも。君は理解が早いな。医学か生物学が専攻か?」
「俺の専攻は演劇論だ」
「ふむ、興味深い」
少し離れてくれないか。
こいつ絶対悪者だぞ。
俺は彼の研究トークを少しクールダウンさせるために、話題を変えた。
「それで、バシュラン化現象と戦いにどんな関係が?」
「今見せよう」
最高に得意そうな顔をして、狩真は身構えた。
「『神蝕』」
次の瞬間、スーツの青年がみるみるうちに変貌していく。
ほんの数秒。狩真は全身を金属的なスーツで覆われた、異様な姿になった。
スーツは濁った血のように暗い深紅で、ヘルメットのバイザー部分には牙をあしらった縁取り。どこか吸血鬼っぽく、まがまがしい姿だ。
たっぷり数秒、呆れかえる俺。
この近世ヨーロッパ風の異世界、それも魔法も怪物もほぼ存在しない異世界で、あまりにも未来すぎる姿だ。
どうもイメージが狂う。
でもよく考えてみると、俺が言えた義理じゃないな。
シューティングスターの未来すぎる戦闘指揮所を見回した後、俺は小さく溜息をつく。
この世界、変な連中が呼ばれすぎてる。
俺は全てを受け入れる覚悟を決め、それから得意げにポーズを取っている変身ヒーローに言った。
「説明を頼む」
「これは『バシュライザー』だ。バシュラン化によって得られる身体能力を最大限に引き出す装備で、『神蝕』というパスワードは神経侵蝕を意味している」
そこはいいから。
ていうかお前、吸血鬼化ウィルスに感染してるのか。
「もともとは『機関』の試作品で、航空機の緊急脱出装置として開発されたパイロットスーツだった。短時間で自動的に変化するのはそのせいだな。実際は潜入工作員に装備させるのが目的だったようだが……。私がさっきまで着ていたスーツが変化し、この戦闘形態になっている」
そこもいいから。お前の説明はとにかく長いんだよ。
「ただ、これにも欠点がある。ごくまれにバシュライザーを使用不可能な人々がいる。バシュラン化ウィルスに対する完全な免疫を持ち、キャリアーにすらならない人々だ」
ほう。ニドネが聞いたら興味を持ちそうだな。
狩真は腰についていたベルト状の機械を取り外す。
「そこで、そういう人々にもバシュランの恩恵を与えようと新たに作ったのが、こちらの『バシュライザー改』、略して『バシュカイザー』だ」
略し方おかしくありませんか?
「ということで、君に貸そう」
待って。




