死の狩人・2
064
シューティングスターは光学偽装モードのまま、静かにライデル連合王国に到着した。
「ゾンビだらけかと思ったが、静かなもんだな」
モニタに写るのどかな景色を眺めながら、ちょっと安心する俺。
しかしメッティは首を傾げていた。
「せやけど艦長、なんか変やで?」
「何がだ?」
するとメッティは眼下の農村を指さしながら答える。
「フユコシムギが枯れとるし、ユキシタナも収穫されんとほったらかしや。冬場の貴重な野菜やのに、ぜんぜん採った跡がないで」
「ふむ」
ユキシタナは白菜みたいな野菜で、冬の間は畑に植わったままにされているという。食べる直前に収穫することで、真冬でも新鮮な野菜を食べられるらしい。
麦は麦でこの世界でも主要作物だし、枯れているのはおかしい。この農村は完全に放棄されているようだ。
すると七海もこう応じる。
『生体センサーと赤外線センサーを作動させましたが、この村には熱源が見当たりませんね。煮炊きの火どころか、人も家畜もいません』
廃村じゃないか。
シューティングスターは周辺の村を片っ端から調べたが、どこも無人になっていた。
「かなり広い範囲が無人になっているようだな」
『市民を守るべき兵士がゾンビ化してしまった以上、この現状にも納得はいきますが……』
七海が首を傾げる。
『いなくなった人たちはどこに?』
するとメッティが村外れを指さした。
「あれちゃうかな」
共同墓地らしい場所に、真新しい土塚がいくつもできていた。
俺は船長帽を脱ぎ、モニタの前で黙祷する。
それからふと、疑問を口にした。
「だとすると、彼らを埋葬したのは誰だ?」
でも誰も、俺の疑問に答えられなかった。
* * *
それからしばらく、シューティングスターは無人の荒野をあてもなくさまようことになった。
『生存者捜索プロトコルを使って捜索していますが、人間は本当に誰もいませんね』
七海が首を傾げている。
するとポッペンも不思議そうに言う。
「亡者がもういないのに、どうして誰も戻ってこないのだろうな? 元の住民が死に絶えたとしても、畑はある。私が人間の為政者なら、新しい農民を送り込むだろう」
怖がって戻ってこないんじゃないかな……。そんなことを思ったが、ポッペンの言うことにも一理ある。
俺はうなずいた。
「確かにそうだな。領主にとって、農地は富を生み出す装置だ。耕す者がいなければ、貴族も聖職者も生活できない。強制してでも農民を送り込むはずだ」
「ほな、何でやろ?」
メッティもそろって首を傾げたところで、七海が新しい情報を持ってきた。
『生存者もゾンビも発見できませんでしたが、近くで微弱なビーコンを確認しました』
「電波信号なら、この世界のものじゃないな」
すると七海がコソコソとメモ帳を開いて、何か確認する。
『はい、えーと……たぶんこのビーコンは、バフニスク連邦軍の偽装用コードですね』
どうやら手がかりが見つかったようだ。
シューティングスターはライデル連合王国の深い森の中に、そっと……は降りられないので、邪魔な木をベキベキへし折りながら着陸する。
それから慎重に下船した俺とポッペンだったが、お目当てのものはすぐに見つかった。
「コンテナだ。貨物列車やタンカーに積むヤツっぽいぞ」
『はい。あと、バフニスク語でなんか書いてありますね』
ペンキが剥げた錆だらけの貨物コンテナには『ボゾフ兄弟商会』と記されていた。
『バフニスク軍のダミーカンパニーのひとつです。登記上は存在しますが、実態が存在しない企業で……』
「それはいいが、中身が空っぽだぞ」
コンテナの扉は開いたままで、中には何も入っていない。長いこと風雨に曝されていたようで、中は湿っていた。
周囲には何もない。
護衛に同行していたポッペンが、深みのある声でつぶやく。
「またしても振り出しに戻ってしまったか……」
だがそのとき、俺の眼帯型ゴーグルには正常なヒトの生体反応が表示されていた。
俺は腰の銃に手を置きながら、静かに答える。
「いや、そうでもなさそうだ」
「何?」
「そこにいる人間は、何か知っているようだな」
俺は眼帯の表示が示す方向を向き、冷静を装って告げる。
「出てこい。うまく偽装したつもりだろうが、俺の右目はごまかせん」
見つけたのは左目なんだけどね。
すると茂みの奥から、静かに男が現れた。
日本人っぽい。しかもスーツに白衣だ。眼鏡まで掛けている。現代人的なスタイルだ。あくまでも第一印象だが、知的な自信家に見えた。
そいつは俺を見て、日本語で言う。
「君は何者だ。『機関』の人間には見えないが、ライデル人にも見えない」
関西弁じゃない日本語を聞いたのは久しぶりだ。
標準語の日本語ということは、エンヴィラン島とは無関係な日本人だろう。ここはパラーニャじゃなくてライデル連合王国だし。
身構えるポッペンを手で制してから、俺は日本語で答える。
「俺は艦長。パラーニャでは『エンヴィランの海賊騎士』とも呼ばれているが、ただの漂流者だ。あなたは?」
「私は天宮狩真。ライデルでは『死の狩人』とも呼ばれているが、私も漂流者に過ぎない」
どうやら彼も異世界からの迷子らしい。
俺と同じ世界から来た人だろうか。ちょっと聞いてみよう。
「俺は東京から来た。あなたは?」
「私も東京だ。『機関』との戦いの最中、気づいたらここにいた」
地名が一致したぞ。
やっと同じ世界の人間を見つけたので、俺は嬉しくなって微笑む。
……待てよ。『機関』って何だ?
「機関とは?」
俺が尋ねると、狩真は真顔でうなずいた。
「機関を知らないのも無理はないな。だが医療省の三十五億円事件や、国防省次官の失踪事件に関与している巨大犯罪組織だと説明すれば、わかるだろう?」
わかりません。
ポッペンが俺を見上げ、首を傾げる。
「艦長?」
「どうやら彼は、俺の知っている『東京』とは違うところから来たようだ」
また別の世界かよ。
* * *
天宮狩真と名乗った男は、ライデル連合王国でゾンビ狩りをしているらしい。
「私がこの地で意識を取り戻したとき、ライデルの人々はとても親切にしてくれた。言葉も通じない異教徒の私に、食事と住処を与えてくれたのだよ」
俺は少し考え、それから狩真に問う。
「もちろん、それはただの親切心だけではないだろう?」
「ああ。ライデルでは……そしてパラーニャもそうだろうが、異世界から来た者は大切にされる」
ほほう。
狩真はシューティングスターを見上げ、フッと微笑んだ。
「そういった者たちは、大きな力を持つと信じられているからな。過去の伝承がそう示唆している」
俺もシューティングスターをチラリと見た。
なるほど。
狩真はどうやら高い戦闘能力を持っているらしく、ライデルに蔓延していたゾンビたちを片っ端から倒しているのだという。
「ライデル南部で発生したゾンビパニックは、既に収束に向かいつつある。感染性ではないのが幸いした」
パラーニャ側に流入したゾンビまでは手が回らなかったが、ライデルのゾンビはほぼ殲滅したそうだ。
「だが問題は、このゾンビ化の原因が何なのかということだ。私はそれを調べ上げ、非合法に流通している酒だと突き止めた」
「『博士のウォトカ』だな」
「……知っていたのか。やはりただ者ではないな」
狩真が感心したようにうなずくが、情報提供者のおかげだ。
どうやら狩真はキリル文字表記のラベルが読めたらしい。かなりのインテリだな。俺なんか英語すら怪しい……。
俺はパラーニャにもゾンビが押し寄せ、城塞都市ディゴザが包囲されていたことを伝えた。
「シューティングスターの火器は対人用ではないので、かなり手間取った」
すると狩真が俺をじっと見つめる。
「ということは、対艦用や対空用の火器を搭載しているということだな?」
俺は軽く流す。
「さて、どうかな」
あの艦が何を意図して作られたものなのか、いろんな意味で説明しにくい……。
狩真は少し考えていたが、俺に右手を差し出す。
「頼む、協力してくれないか? この事件を解決するには、君の協力が必要そうだ」
いきなり頼まれても困るんだが、頼まれると断れないのが俺の性分だ。
「即答はしかねる。だが、話を聞こう」
俺の左目で、七海が静かに溜息をついた。
※作者の体調不良が続いており話数のストックが尽きましたが、「人狼への転生、魔王の副官」9巻の書籍化作業や育児、あと確定申告の準備などで執筆の時間が取れないため、恐縮ですがしばらくは週1回更新(月曜)とさせて頂きます。
状況が回復し次第、週2回更新に戻します。次回更新は2月26日(月)です。