死の狩人・1
063
辺境の城塞都市ディゴザを襲った隣国のゾンビ軍団は、発生からかなりの日を経てようやく沈静化に向かっていた。
と、一言で言えば簡単なのだが、もちろん簡単ではなかった。
生体センサーでエラー表示を見つけ、ポッペンと無人攻撃機でちまちま潰していく地味な作業が何日も続く。
ディゴザ守備隊も協力してくれたので、半月ほど経ってやっとゾンビが全部いなくなった。
早くエンヴィランに帰ってタコのアヒージョでも食べたい俺だが、今度は王宮に招かれている。
国王じきじきに謝意を伝えたいと言われれば、むげにもできない。
警備の兵は前よりずいぶん減ったが、まだ俺は警戒されているらしい。謁見の間の武者隠しには、誰か潜んでいるようだ。
だが王は御機嫌だった。
「大儀であったな、海賊騎士よ。そなたの働き、誠に騎士の鑑といえよう。感謝に耐えぬ」
パラーニャ王フェルデ六世が歩み寄り、俺の手を握る。
おっさん同士で握手しても別に嬉しくはないが、彼は国王だ。俺みたいな平民の場合、これは末代まで語り継ぐべき名誉になるんだろう。
そう思ったので、俺はなるべく丁寧に応じておく。
「王よ、俺はあなたの王国を守ると約束した。俺は約束を忘れない。……それだけだ」
俺の返事にフェルデ王はうんうんと力強くうなずき、嬉しそうに微笑む。
「そなたの無私の武勲に、私は何を与えれば良い?」
「何も必要ない。誰も不幸にならずに済めば、それで十分だ」
俺のいた元の世界も、こういう変わり者がいれば少しはマシになったのに。
もっとも俺だって、あっちの世界にいた頃は自分のことで精一杯だったが……。
俺は小さく溜息をついたが、フェルデはそれを何か勘違いしたらしい。
「許せ、海賊騎士よ。私に与えられるものなど、そなたには興味のないものばかりであったな」
そんなことないよ?
しかしフェルデは大仰に嘆息する。
「権力も領地も爵位も名誉も、そなたにはくだらぬものなのであろう。ましてや金銀や芸術品、あるいは美酒や美女など、見るのも大儀であろうな」
いや、金銀は大好きです。美女も割と好き。
しかし何だか、金をくれとは言いづらい流れになってきた。
フェルデは少し悩んでいる様子だったが、やがて何かを思いついたように口を開く。
「そうだ、ディゴザの城主にならぬか?」
「断る」
ゾンビを全滅させるために泊まり込みであのへんの掃除をやった身としては、もうディゴザの城壁を見るのも嫌だ。
しかしフェルデ王はしつこく食い下がってくる。
「王室直轄地であったディゴザは長らく城主も代官も不在であったが、守備隊長のベルネンがそなたを推挙しておる。ぜひにとの申し出だ。ディゴザを守ってはくれぬか?」
「俺は誰にも支配される気はないし、誰も支配しない」
支配には義務が伴う。だが異世界に来た以上、俺は一切の責任から逃げたい所存です。
「ふむ、さすがは海賊騎士といったところだな……」
困ったような顔をするフェルデ王。
王様の申し出を断り続けるというのも、ちょっとまずいか。
なんとしても自由でいたい俺は、代わりにひとつ申し出ることにした。
「守るのは俺の性に合わん。これからライデル領に赴き、今回の件の調査をする」
「おお、すまぬな。何から何までしてもらい、これでは王として立場がない」
フェルデは喜び半分、困惑半分といった様子で、こう返してきた。
「ではそなたの働きに報いるため、エンヴィラン島に税の減免措置と自治権を与えることにしよう。島民が豊かになることは間違いない。これまで嫌だとは申すまいな?」
そりゃあ、俺はエンヴィラン島の人には親切にしてもらってるからね。
「感謝する。これでエンヴィランの民にも多少は恩返しができそうだ」
俺がうなずくと、フェルデはさらに言う。
「やれやれ、ようやく私の厚意を受け取ってくれたか。だがこれはそなた自身が得る利益ではない。もっと何かしたい。私にできることはないか?」
できればお金は欲しいんですけど、流れ的に無理っぽいよね。
でも「あんたにできることは何もない」と国王に言うも失礼だし、困ったな……。
あ、そうだ。
「ひとつある」
即座にフェルデ王が飛びついてくる。
「何だ? そなたの高潔さに報いるためなら、できる限りのことはするぞ」
俺は少しもったいぶって、こう言う。
「ある男を捜している。シュウガ、あるいはシュガーという名前以外、何もわからないのだが」
「シュウガか。聞かぬ名だな。そやつは何者だ?」
「俺の友だ」
するとフェルデ王は眉間にしわを寄せた。
「友であれば風貌ぐらいはわかるであろう?」
ネットゲームの友達だから、どんな顔してるのか全然知らないんですよ。本名も職業も知らないし、もしかしたら男じゃないかも知れない。
でもインターネットの説明なんか、パラーニャ語に翻訳できる気がしない。
俺はまたしても適当にごまかす。
「その者が今、俺の知る姿である保証がないのだ」
「なんと……」
想像力豊かなフェルデ王は、また何か勘違いしたようだ。
「どうやら私には想像もつかぬ、何か恐ろしい事情がありそうだな。わかった、それ以上は何も詮索せぬ」
そう言うと、フェルデは傍らの侍従に命じた。
「我が名において、パラーニャ全土で『シュウガ』あるいは『シュガー』という名の者の情報を極秘裏に集めよ! どのような些細な情報でも構わぬ! 王室直属の密偵たちにも命じて、徹底的に調べ上げるのだ!」
ちょっと待って、そこまでしなくていいから。
えらいことになってしまったが、専制君主に頼みごとをすればこうなるのは当たり前だ。
それからフェルデ王は俺に振り返り、ものすごく誇らしげな顔で微笑んできた。
「吉報をもたらせるよう、最善を尽くすと約束しよう」
「かたじけない」
これだから偉い人に借りは作りたくなかったんだ。
俺は王に軽く会釈すると、早めに引き上げることにした。
ついでにデュバル隊長に会って帰ろう。彼を処刑台から救出するプランが無駄になったが、これも王様のおかげだな。
* * *
海賊騎士が悠然と去った後、フェルデは武者隠しのドアをノックする。
「もう良いぞ、出て参れ」
装飾に偽装したドアが開き、画家風の老人が一人出てきた。
「陛下、この部屋はちと狭うございますぞ」
「すまぬな、許せ」
フェルデは落ち着きのない様子で、そんなことに構っている余裕はなさそうだった。
「それよりもどうだ? 今の謁見の場面、油彩画にできそうか?」
「構図が悪すぎます。ここからでは陛下の御尊顔が見えませんでした」
だがフェルデは動じない。
「海賊騎士はもてはやされるのを好まぬゆえ、おぬしを同席させるのは難しかったのだ。すまぬが何とか頼む」
「もちろん、何とか致しますが……。多少は想像で描くことになりましょう」
「それで構わぬ。できれば握手の場面で頼むぞ。私が海賊騎士の手を取り、彼を称えている情景を描いてくれ」
パトロンであり君主でもあるフェルデの要望なので、宮廷画家もうなずく。
「承知いたしました。なるべく早く、完成させます」
「うむ。完成し次第、謁見の間に飾ろう。そなたの傑作として我が王室の宝にしたい」
フェルデは完成が待ちきれない様子で、目を輝かせる。
「いずれ『エンヴィランの海賊騎士』の武名は、近隣諸国にも轟くであろう。そのとき我がパラーニャ王室が彼と懇意であれば、我が国にもたらされる恩恵は計り知れぬ。そなたの描く一枚が、国を救うのだ。そのように思ってくれ」
「おお、画家冥利に尽きますな……。では一命を賭して、傑作を御覧に入れましょう」
老画家は微笑むと、若き君主に恭しく一礼した。




