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英雄伝「鷹たちの反逆」

062「鷹たちの反逆」



 宮廷の陸軍会議室では、陸軍最高幹部の諸将が頭を抱えていた。

「困ったことをしてくれたな、デュバル君」

 軍法会議に呼び出されたデュバル隊長は、落ち着き払った様子で答える。



「今回の件は忌むべき軍律違反です。私の処刑をもって対処するのが適正であると進言いたします」

「確かに無断で兵を動かせば、銃殺が相場と決まっているが……」

 将軍の一人が溜息をつく。



「私たちだって、君の行った行為に敬意を抱いていない訳ではないのだよ? それに君は由緒正しい貴族将校、我々の仲間だ」

 将軍たちは全員が貴族であり、貴族将校に対しては身内意識を持っている。

 それだけに処罰したくないという感情が強かった。



 だが当の本人が納得しない。

「仲間であったとしても、規律を乱す行為は厳しく処罰せねばなりません。私は軍人失格です。パラーニャ陸軍の栄光ある軍旗を汚さぬ為にも、私を処刑して下さい」

「そう言われてもだな……」



 誰かがつぶやき、将軍の一人が続ける。

「君の英雄的反乱行為に対して、パラーニャ各地で賞賛の声が渦巻いている。それも市民だけではない、軍の内部や貴族の間でもだ」

「ここで君を処罰すれば、私たちが悪者になってしまう」

「山岳師団だけでなく、私たちの師団でも助命嘆願が集まっている。無視できん数だ」



 平民たちはともかく、他の貴族や部下の将兵からは憎まれたくない。

 彼らの言葉からは、そんな思いが濃厚だった。

 デュバル隊長は溜息をつく。

「お気持ちはわかりますが、罰して頂かなくては私も困ります」



 するとそこに、堂々と入室してきた者がいる。

 その姿を見た瞬間、将軍たちは飛び上がるほど驚いた。

「陛下!?」

「なぜこちらに!?」

 パラーニャ国王フェルデ六世だ。

 儀礼用の軍服を身に着けた彼は、悠々と上座に着席した。



「私は厳密には軍人ではないが、指揮官の任命権を持つ者として軍のあらゆる会議への出席を認められている。形式的にだが、ここにも私の席がある。忘れてはいまいな?」

 ほぼ死文化している法令を盾に取り、フェルデは言い放つ。

 それから絶句している諸将をよそに、デュバル隊長を見た。



「久しいな、デュバルよ。近衛師団が窮屈だったのは認めるが、山岳師団でもやらかしてくれたな」

「これはなんという……。陛下のお耳を汚し、畏れ多いことにございます」

 デュバル隊長は申し訳なさに頭を下げる。



 フェルデ王は小さく溜息をつき、こう言った。

「そなたの非は明白である。だが、将軍たちはそなたを処罰しづらかろう。私も将軍たちに戦友を裁かせるのは心苦しい。そこで私自らが処罰を下すことで、将軍たちの負担を取り除こう」

 その言葉に将軍たちは顔を見合わせ、それからホッとしたように応じる。



「ありがたきお言葉にございます、陛下」

「うむ。卿ら、少しは私に感謝しろよ?」

 ニヤリと笑ったフェルデ王は、咳払いしてからよく通る声で宣言する。

「アレンシア・メシュテ・デュバル。そなたは配下の独立猟兵隊を無断で動かした。軍法に照らせば、これは死罪に相当する」

 デュバルは小さくうなずく。



 しかし王はこう続けた。

「だがそなたの目的がディゴザの治安を回復することであり、それを達成して我が国の平穏に貢献したこと、また一名の人的被害も出していないことは考慮に値する。また助命を求める嘆願が極めて多く、王室としても無視はできぬ」



 そしてフェルデ王は、朗々と宣言する。

「よって特例として死罪を免じ、そなたの軍籍を剥奪することで今回の処罰とする。生命財産および家名は安堵とする。これは国王の正式な勅命であり、全ての法に優先するものである。以上だ」



 ごく普通の除隊処分。思っていたよりもずいぶんと軽い処罰だったが、国王自らの裁定だ。デュバル隊長は深々と頭を下げ、恭順の意を示す。

 将軍たちもホッとした様子だった。

「デュバルの助命に感謝いたしますぞ、陛下」

「陛下の御厚情、忘れませぬ」



 するとフェルデは重々しくうなずき、それからデュバル隊長を手招きした。

「うむ。さて、そなたはこれより無官の貴族として生きていくことになる。領地もないそなたの身の振り方について、少し相談しよう。ついて参れ」

「ははっ」

 なんという温情だろうか。

 デュバルは将軍たちに会釈した後、フェルデ王に続いて廊下に出た。



   *   *   *



 廊下を歩くフェルデ王は、デュバルに笑いかける。

「もとよりそなたの処罰など、誰も望んではおらぬ。そなたは命を賭けて、皆を守ろうとしたのだからな。ディゴザの民と守備隊を救ったことはもちろんだが、私の敬愛する乳母も助けてくれた。それにだ」

「なんでございましょうか?」

 デュバルが首を傾げた瞬間、フェルデ王は目を輝かせた。



「『エンヴィランの海賊騎士』を動かした者を、むざむざと死なせる訳がないだろう? 彼はパラーニャの守護神となりうる男だ。そなたは海賊騎士に認められた英雄、国の宝だぞ」

「いえ、そのような……。いくばくかの蓄えを使い、無法者に依頼をしたに過ぎません」



 謙遜するデュバルだったが、フェルデ王は認めない。

「どれだけの報酬を積もうが、海賊騎士は自ら認めた者でなければ動かぬ。何と言おうが、そなたは英雄だ」

「光栄の至りにございます」

 フェルデが王子だった頃から知っているデュバルは、こうなると止められないこともよく知っている。



 フェルデは少年のような落ち着きのなさで、デュバルを質問攻めにし始める。

「それで、どのようにして彼に義を説いたのだ? 彼は何と答えた?」

「いえ、それが……」

 この若き王が好むような勇壮なやりとりがあったとは、デュバルには思えなかった。



 しかしフェルデはしつこく話をせがんでくる。

「もったいぶるな、デュバルよ。そなたには王室顧問武官の地位を用意してある。逃がさぬぞ」

「王室顧問武官ですと!? 率いる兵こそいませんが、将軍たちと同格ではありませんか!?」

 懲罰で昇格してしまった。



 この無茶な人事にもフェルデ王は全く頓着していない様子で、ますますしつこく質問してくる。

「そなたがもたらした国益を考えれば、これでもまだ足りんぐらいだ。ほとぼりが冷めた頃合いで師団長に任命しよう。それよりも海賊騎士の話だ、彼の戦いぶりも聞かせるがよい」

「陛下、落ち着いてください」

「自制と忍耐の日々だ、たまには興奮してもよかろう。いいから早く聞かせるのだ。これは国益にも通じるゆえ、勅命と心得よ」



 とうとう勅命まで持ち出されてしまった。

 デュバルは何だかおかしくなってしまい、フッと笑ってしまう。

「参りましたな……。では、私がエンヴィラン島の酒場で、彼と出会ったところから全てお話ししましょう」

「おお、素晴らしい。……いや待て、書記官を呼ぶ。記録を残さねばな」

「陛下、本当に落ち着いて下さい」

 まるで子供だと、デュバルは呆れるしかなかった。




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― 新着の感想 ―
[一言] いい王様だなぁ本当に。
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