鷹たちの反逆・8
061
俺は戦闘指揮所の艦長席で、額を拭っていた。
「ギリギリ間に合ったか。もう少し余裕をもって到着したいところだな」
すると七海が笑う。
『まだ全滅していませんし、指揮官も生存しています。余裕の到着ですよ』
戦略兵器のお前と違って、俺は一人でも被害が出たら嫌なんだよ。
俺は小さく溜息をつき、七海に命じた。
「副砲用意。威力を可能な限り落とし、森にいるゾンビの密集地帯を焼き払え」
『了解しました! えと、火災を起こす目的でよろしいですか?』
「そうだ」
ゾンビたちは生前の記憶を残しており、人間のいそうな場所に向かって移動する習性を獲得している。
避難民を的確に追跡してきたのも、要するに街道を正確に認識して歩いてきたからだろう。
そんな彼らにとって、嗅ぎ慣れたたき火の匂いは人間の匂いだ。
『たき火』の正体が森林火災だと気づく頃には、火と煙に巻かれて動けなくなっているだろう。ゾンビではあるが、細胞組織を調べた結果、彼らが生前同様に呼吸しているのはわかっている。火災は攻撃として有効だ。
「撃て」
十分に威力を落とした光学砲が、夜明け前の闇を切り裂く。
たちまち森の一角が燃え上がった。生体センサーに表示されているエラーのアイコン、つまりゾンビのアイコンがみるみるうちに減っていく。
予想通り、ゾンビたちは炎に集まっている。
デュバル隊長が木を燃やしたのは、結果的にゾンビを惹きつける囮として有効だったようだ。
俺は外部スピーカーをオンにして、眼下で防戦を続けるデュバル隊長に伝える。
「ここから先は、シューティングスターが戦闘を引き受ける。諸君は退却を開始しろ。案内はポッペンがしてくれる」
ポッペンはすでにハッチから発艦し、光の翼で闇を切り裂きながら猟兵たちを誘導している。
デュバル隊長が何か命じたらしく、猟兵たちはすぐに動き始めた。規律の取れた、無駄のない素早い動きだ。見ているだけで惚れ惚れする。
ゾンビたちの大半は炎に巻かれていたが、炎に気づいていないのか一部は避難民を追っているようだ。
俺はそれをモニタで確認し、七海に命じる。
「薙ぎ払え」
『了解!』
三〇ミリ機関砲が唸りをあげ、ゾンビたちを掃討していく。
残弾がどんどん減っているのが表示されているが、今は人命救助が最優先だ。
やがてゆっくりと夜が明けていく。東の空が青くなり、本物の陽光が森とシューティングスターを照らし出した。
眼下の猟兵たちは、他の部隊と共に避難民たちの後を追っている。生体センサーで調べた範囲では、脱落者はいないようだ。ゾンビも大きな群れは消滅しており、数十体程度の小グループに分散している。
さてと、じゃあ後始末するか。
「七海、プロトコル『レインコーラー』開始。さっさと雨を降らせて鎮火するぞ」
『はぁい、了解です。今回は火災の煙と上昇気流があるので、割と楽ですね』
びしっと敬礼した七海が、にっこり笑った。
* * *
「おお、艦長」
パラーニャ陸軍の城塞にたどりついていたデュバル隊長たちが、俺を出迎えてくれた。
時刻はもう夕方だ。
森の中に残っているゾンビの始末を丁寧にやっていたら、すっかり遅くなってしまった。
森林火災の鎮火も念入りにやってたし、あっという間だったな。
俺は城塞の門がちゃんと開いていることを確認し、城壁の周辺で休んでいる避難民たちの様子を見回す。
みんな落ち着いた表情をしている。かなり疲れてはいるが、大丈夫そうだ。
「はぐれた者はいないか?」
俺が問うと、デュバル隊長が微笑んだ。
「脱落者は一人もいない。亡者に襲われて死んだ者も皆無だ。……いったい、これはどんな奇跡なのだね?」
なんて答えたらいいのかな。俺は少し迷いつつ、俺を取り囲む猟兵たちの顔を見た。
みんな泥だらけの煤だらけだが、いい顔をしている。
俺は彼らにうなずきかけると、こう答えることにした。
「これだけの英雄たちがいて、できないことなどありはしない。彼らはもう芋じゃない。英雄だ。……反逆者の英雄だがな」
とたんに大歓声が沸き上がった。
「海賊騎士万歳!」
「ありがとう、エンヴィランの海賊騎士!」
「夜明けの戦神だ!」
「亡者を焼き尽くした浄化の炎に栄光あれ!」
……なんか、また勝手にあだ名増やしてない?
俺は安全な場所で座っていただけなので恥ずかしくなり、とりあえずデュバル隊長を讃えてお茶を濁すことにした。
「デュバル隊長。あなたがいたからこそ、この脱出は成し遂げられた。……あなたはやはり、凄いヤツなのかも知れんな」
デュバル隊長は苦笑して白髪を撫でつける。
「よしたまえ。艦長、あなたが来てくれなければ全員死んでいた。我々が英雄なら、あなたは英雄の中の英雄だ」
持ち上げすぎだし、危険を冒して実際に戦ったのは俺じゃなくてあんたたちだろ。
俺は適当にごまかし笑いをして、話題を変えることにした。
「さて、戦いは終わりだ。だが反逆者は裁かれなくてはならんな」
「そうだな。だが不思議なことに、とても清々しい気分だよ」
「呆れた男だ」
俺は彼を救うプランを考えながら、彼に背を向ける。
「さらばだ、デュバル隊長」
「ああ、さらばだ」
老将の別れの言葉は、とても満足そうだった。
* * *
一方その頃、遙か遠く離れたエンヴィラン島では、一人の老婆が島民たちに身の上話をしていた。
「あの艦長さんは、本物の英雄ですよ。私と身重の娘、それに一歳の孫も助けてくれたんですから。きっと婿殿や弟たちも無事でしょう」
避難所に食料と水を運んできたウォンタナが、深くうなずく。
「あの男は人助けが何よりも好きな変わり者さ。そして人助けを軽々とやってのけるだけの力を持っている。だから間違いなく、本物の英雄だよ」
老婆もうなずき、さらにこう言った。
「それにね。あの方は私の身分も地位も知らなかったようですが、そんなことには全く興味がなさそうでした」
「まあ……あいつはそうだろうな」
ウォンタナは苦笑する。
「あんたが貴族の出身で王様の乳母だったなんてこと、あいつが気にするはずもない。あいつにゃ王も平民も関係ねえし、善人だろうが悪党だろうがお構いなしだ」
「ほんとに、変わった御仁だこと……」
老婆も苦笑して、沈む夕日を見つめる。
「でも、ますます尊敬するわ。あんな誇り高い方が英雄伝の中だけでなく、本当にいるなんてね。長生きはするものですよ」
「ははは、そうだな」
ウォンタナが笑い、ふと北の空を見上げる。
「お、戻ってきたみたいだ。あんたの婿や弟たちがどうなったか、もうすぐわかるぜ」
「ええ。早く安否を知りたいわ」
エンヴィラン島の住民もディゴザの避難民も、その場にいる者は全員、シューティングスターの勇姿を見上げていた。