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鷹たちの反逆・7

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 深夜、私は不意に目を覚ました。

 周囲は深い森。月明かりがわずかに野営地を照らしているが、木々の奥は完全な暗黒だ。

 何かがおかしい。はっきりとわかる兆候はないが、嫌な予感がする。

 森は冷酷だが、嘘はつかない。

 森が危険を告げるときは、ほぼ必ず災厄が起こる。



 私は銃に手を伸ばしながら、隣で寝ているディゴザ守備隊長に声をかけた。

「ベルネン、夜明けまであと何時間だ?」

 毛布にくるまっていた旧友のベルネンが、寝ぼけた声で応じる。

「んー……二時間ぐらいか? どうした、小便か?」

 同期を年寄り扱いするな。



 私は起きあがると、制帽を被り直す。

「どうもおかしい。胸騒ぎがする」

 ベルネンも目をしょぼつかせつつ、カンテラの明かりを大きくした。

「おいおい、アレンシア。あの亡者どもなら、まだディゴザの城壁にへばりついているはずだろ」



 確かにディゴザ脱出時に、亡者たちはまだ城壁に群がっていた。あれから避難民たちと歩き続け、日没までにかなりの距離を稼いでいる。

 だが私は考え込む。

「避難民の行軍速度は、亡者たちの歩度より遅い」

「まあそうだな。市民は荷物を担いでいるし、子供や老人も多い」



 つまり我々が歩いた時間と同じだけ追撃すれば、亡者たちは我々に追いつく。

 私は当番兵を呼び、歩哨全員の点呼を取ってくるよう命じた。

 それからベルネンを振り返る。



「我々は日没と同時に野営を開始した。すでに歩いた時間以上に休息を取った計算になる」

「まあな。亡者どもが割と早くこちらに気づいていれば、かなり近くまで迫ってることになるが……」

 ベルネンも背嚢を背負い、臨戦態勢を整えつつあった。



 私は休息の重要性と、あとどれだけ逃げなければいけないのかを考慮する。皆を休ませるべきか、それとも警戒するべきか。

 どちらにせよ、亡者の群れを引き連れたままではどこの城壁にも逃げ込めない。

 しばしの思考の末、私は猟兵隊に命じた。

「独立猟兵隊、総員野戦装備で集合せよ」

「ディゴザ守備隊もだ。寝ているヤツは叩き起こせ。森の中では猟兵隊に従え」



 直後に歩哨から第一報がもたらされる。

「隊長! 亡者の群れが接近してます!」

 やはり見逃してはくれないか。



   *   *   *



 疲れ切っていた避難民たちは、起床から身支度までにかなりの時間がかかった。慣れない行軍と野営で心身ともに限界が近く、幼い子供たちが泣き出している。

「猟兵隊は手近な木、特にクロモジを伐り倒せ! 街道を封鎖しつつ、視界を確保する!」

 猟兵隊は狩りだけでなく、木を伐るのにも慣れている。あまり太くないクロモジの木を何本か選ぶと、大急ぎで即席の逆茂木として転がす。辺りに香油の匂いが立ち込めた。



 かつてライデル兵だった亡者たちには、散開や包囲をする知恵があるのだろうか。亡者間での指揮や意志伝達は可能なのか。

 敵は多勢だ。生前同様に戦術的な動きをされると、こちらの勝ち目はない。



 非常に危険な状態だが、今はできることをやるしかない。

「独立猟兵隊、二列横隊で整列! 倒木を防壁として遅延戦闘用意! 退却時間を稼ぐ!」



 背後では守備隊の兵士たちが、避難民たちの誘導と護衛を開始している。

 守備隊長のベルネンが振り向いた。

「アレンシア、守備隊から元気のある連中を使ってくれ! 走る余裕のある者はここで猟兵隊を援護しろ!」

 若い者を中心に、百人ほどが集まってきた。



 それだけではない。ライデル連合王国の国境守備隊も集まってきた。

 ライデル語で彼らがこう叫ぶ。

「ディゴザの鷹よ、俺たちも戦うぞ!」

「これ以上、お前らの世話になってばかりいられるか!」

 逃げればいいのにと思ったが、今は訓練された兵士が一人でも多く必要だ。



「すまん、助かる! おい、予備の銃を貸与しろ!」

 猟兵隊とディゴザ守備隊、それにライデル兵たちが肩を並べて倒木から銃を構える。

 亡者たちは森の奥から、ゆらゆらと接近しつつあった。



 亡者たちの総数はわからないが、こちらの弾薬全てを使っても全滅はさせられない。

 無駄に撃てば弾薬を消耗するだけでなく、銃身にススが詰まって掃除が必要になる。必要なときに撃てなくては困る。



 私は寄せ集めの勇者たちに命じた。

「無駄弾を撃つ余裕はない。倒木を乗り越えようとする者、迂回する者のみを至近距離から撃て!」

 激しい射撃が始まったのは、それからすぐのことだった。



 戦況は良くなかった。

「亡者の数が増えてきています!」

「弾がもうありません!」

 森の暗闇から、ぞろりぞろりと亡者たちが姿を現す。のろまなように見えるが、撃ってみると意外と距離を詰めてくる。



 私は指揮刀を振り上げ、皆を鼓舞する。

「亡者の数が増えているということは、我々は足止めの役割をきちんと果たせているということだ! 弾は各隊で融通せよ! まだ十分にあるはずだ!」

 状況は良くない。

 だが逃げる市民を守れるのは、今ここには我々しかいない。



「撃て!」

 森の奥まで銃声が轟き、亡者たちがバタバタと倒れる。至近弾を頭に浴びせれば、一発で倒せるようだ。それ以外だともう一発必要になる。

「無駄弾を撃つな! 十分に引きつけろ!」



 そこに悪い報告が舞い込む。

「隊長! 陣地の左右に亡者が展開中! 我々は包囲されつつあります!」

「落ち着け、野戦防御陣形に変更だ。倒木の防壁を放棄せよ!」



 独立猟兵隊とディゴザ守備隊、それにライデル兵たちは方陣を作り、中央に指揮官と弾薬を置く。

 亡者の数は恐ろしいほどに増えており、我々は逃げ場を失いつつあった。

 ただでさえ真っ暗な森の中だ。どのみち逃げ場などない。



 だが私には、兵たちを生き延びさせる責任があった。

 市民を守って名誉の戦死などという、甘い美名に興味はない。

 部下は死なせない。



「倒木を燃やせ! さらに毛布に火を着け、倒木に被せろ!」

 生木は簡単には燃えないが、クロモジの枝は香油が採れるほど油分が多い。

 そして猟兵たちはカバの樹皮を乾燥させたものを自作しており、これを着火剤として使えば雨の中でも焚き火ができる。猟師の必需品だ。

 さらに銃の火薬もある。どうせ持っては行けない。どんどん使わせる。



 やがてクロモジの倒木が勢い良く燃え始めた。こうなればもう生木でも関係ない。燃え盛る炎の壁だ。

 これで北側の敵はしばらく侵攻不能になるだろう。



 燃え盛る木を明かりにして、兵たちは斉射で亡者たちを撃ち倒していく。

 だが、どれだけ撃っても亡者たちは途切れることがない。

 そのうちにこちらの銃身が焦げついてくる。兵たちが銃身にこびりついたススを取り除く作業を開始し、射撃の密度が目に見えて薄くなる。



 まずい。だが他にどうすることもできない。

 銃剣による刺突では、亡者たちを倒すのにかなりの労力が必要になる。一人の兵の体力では、一体倒すのが限界だろう。突いて突いて突きまくらなくてはならないからだ。



 じわじわと包囲が狭まる。炎の壁も、いずれは燃え尽きる。あとどれだけ、ここで戦えるか。

 戦えなくなったら、隊列を解いて逃げさせるしかない。

 しかしそれをすれば、味方の何割かは確実に亡者の餌食にされる。森の闇の中を逃げまどうマスケット銃兵は、戦士として十分な力を持ってはいない。



「せめて夜が明けてくれたら……」

 誰かがつぶやき、私も空を見上げる。

 東の空が微かに青くなりかけているようだが、夜明けはまだ遠い。

 仕方ない。

 私は全員に退却命令を出す決意を固めた。

 そのときだった。



 まばゆい光が、亡者たちの群れを照らし出す。真昼の陽光よりも明るい、強烈な光だ。

「うわっ!?」

 兵たちが驚くが、それ以上に亡者たちが過剰に反応する。目を押さえて転げ回る亡者もいた。



 次の瞬間、亡者たちが踊りながら飛び散った。

 いや、違う。亡者たちは恐ろしい速度と密度で弾幕を浴びている。かなり遠くから、火薬の炸裂する音が繋がって聞こえていた。

 あまりに銃弾が多すぎ、そして威力がありすぎるせいで、亡者たちは跳ね回りながら飛び散っているのだ。



「なんという……」

 そのとき私はハッと気づき、空を見上げる。

 こんなことができるのは、彼しかいない。

 思った通り、遙か上空にエンヴィランの海賊騎士の船が浮かんでいた。

 いつの間に!?



 すると上空から、艦長の楽しそうな声が聞こえてくる。

『どうやら間に合ったようだな。生きているか、デュバル隊長?』

 私は思わず笑顔になり、力いっぱい叫び返した。

「ああ、まだ死ねんからな!」


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