乙女と海賊・3
006
俺はメッティと名乗る異世界の少女が、日本語(なんとなく関西弁っぽい)を喋ることに驚いた。
なんで? なんで通じるの?
だが言葉が通じるのなら、これは俺と七海にとっても救いの手だ。
「言葉、わかるのか?」
「う、うん……。せやけど、なんでアンタはニホ語なんかしゃべっとるんや? もう使う人なんかおらへんと思っとったけど」
「ニホ語?」
日本語じゃなくて?
「せやで。古い歌や古文書にだけ出てくる言葉や。海賊が知っとるはずあらへん」
「海賊じゃないからな」
眼帯とか斧とか、それっぽい装備ですみません。
どうやら日本語は、ここでは古代語かマイナー言語のようだな。
「これはニホ語じゃなくて、俺の母国語の日本語だ。俺は日本という国から来た」
「ニホン語?」
「ああ。日本って知ってるか?」
「知らんなぁ」
「じゃあ何で、君……いやメッティはニホ語とやらをしゃべれるんだ?」
するとメッティは「にへっ」と笑った。
「私、こう見えても学者の卵やからな。本土の大学を受験しに行くところやったんよ。……まあ、御覧の通りやけど」
俺は周囲を見回し、赤茶色に変色した血の跡を見つめる。
「海賊に襲撃されたのか」
「うん。私はうまく隠れたから見つからへんかったけど、他の人はあかんかった。船乗りはみんな喉笛かっさばかれて海に放り込まれたし、乗客は連れて行かれたわ」
「そいつは災難だったな。でもお前だけでも無事で良かった……。というか、よく無事だったな」
メッティの貧相な体つきを見る限り、海賊には誘拐してもらえそうにない。
隠れていたのは賢明な判断だが、この船はそれほど大きくない。
隠れられる場所があるとは思えないぞ。
するとメッティは、ちょっと得意げな顔をする。
「最初は階段下の空き樽に隠れとったんよ。こんなシケた船を狙う以上、狙いは積み荷やない。たぶん人間や。そう思ったから、客室には隠れへんかった」
「おお……」
こいつ、思った以上に賢いぞ。
「けど樽は大事な水や食料とかを入れるもんやから、後で必ず調べられるやろ? せやから、海賊どもが客室を全部調べた後で、私は隙をみて客室に隠れたんや。同じとこは何度も探さへんと思って」
「なるほどな」
この子が生き延びられた事実を、俺はやっと納得できた。
この子は年齢の割にかなり賢い。
メッティの話によれば、この船は内海を周遊する定期便で、メッティ以外に若い娘が三人乗っていたという。
「踊り子のお姉ちゃんたちやな。エンヴィラン島のお祭りに踊りに来とった」
「エンヴィラン島?」
あれ、聞いたことあるぞ。
メッティは小さくうなずく。
「私の故郷や。ちっこい島やけど、なかなかええとこなんよ? タコが美味しい。海流が早いから身が締まっとる」
「ほう」
いいな……タコ大好き。
なんだか急に打ち解けてしまった俺たちだが、ここは漂流中の船上だ。
「まあいいや。とにかくメッティ、俺の船に来ないか? 飲み水とビスケット、あと湯浴みぐらいは提供できるぞ」
「えっ、ほんま!? 凄いなぁ!」
キラキラと目を輝かせたメッティだが、ふと首を傾げる。
「でも船ってどこ? 見当たらへんけど……?」
俺は親指でクイッと頭上を示した。
見上げるメッティ。
「な……」
彼女はペタリと尻餅をついた。
「なな……な、なんで浮いとるん!? どういう原理!? なんやアレ!?」
何なんだろうね、あいつ。
俺はついでに船内を捜索する。
食料も水も見当たらなかったが、船室の壁から海図を何枚か回収した。これは貴重だ。
「なるほど、ここがエンヴィラン島で……こっちが本土か」
「せや。こんな足の遅い船でも半日で着く距離やで」
漂流して位置がだいぶズレているはずだが、これは後で七海に計算してもらおう。
他にめぼしいものはなかったので、俺はメッティを保護することにした。
「このロープにつかまれ。自動で引き揚げてくれるから、つかまってるだけでいい」
俺はメッティを抱いてロープに捕まり、二人同時に回収してもらうことにした。
俺のコートには丈夫なベルトがついているので、特大のカラビナで体を固定できる。
メッティのガンベルトも一緒にカラビナで固定して、二人くっついて登る。
「しっかりつかまってろよ」
「うわ、うわわ!? ちょっ、これあかん! あかんって!」
「ぐだぐだ言わずにつかまれ。お前が落ちたら、何の為にここまで来たのかわからなくなる」
「せっ、せやけど!?」
俺たちはぶらんぶらん揺れながらも、ロープを巻き上げてもらって艦内に戻る。
空からの眺めは絶景だけど、二度とやりたくないな。
「いややー!? おーろーしーてーっ!」
「暴れるな、俺も怖いんだから」