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鷹たちの反逆・6

059



 翌日の夜明けと同時に、シューティングスターには避難民たちが続々と乗り込んできた。

 メッティが丁寧なパラーニャ語で、人々を手際よく誘導している。

「走らずに、ゆっくり歩いて奥に詰めてくださーい! 家具は積めませんよ! 持ち運べる荷物だけでお願いします!」



 長期の籠城で人々は疲れ果てていて、かなり体調を崩している人もいた。

 しかし医務室の医薬品はこちらの世界の人にどう作用するかわからないので、栄養のある食事と暖かい毛布ぐらいしか用意できない。



『ようこそ、シューティングスターへ。ディゴザの皆さんを歓迎します。私に話しかけてくだされば、可能な範囲で対処しますよ』

 意外にも七海が友好的な態度で接している。モニタの中のアニメ絵美少女に避難民たちがびっくりしているが、仲良くやってもらおう。



 ポッペンはというと、乗り込む避難民たちを護衛している。

「艦長、次はどっちだ?」

「西側のゾンビが動き出した。朝日に反応しているらしい」

「承知した」

 早朝の冷たい風を切って、勇ましいペンギンが空を飛んでいく。



 俺も『マスターキー』と二挺拳銃で武装して、おっかなびっくりではあるが避難民の護衛にあたる。何かあればすぐに……うん、艦載機を発進させよう。

 そんなことを考えていると、ディゴザの守備兵たちが十人ほど避難民を連れてきた。



「艦長殿、彼らを乗せてやってください」

 見たところ、普通の若い男性たちのようだ。だがきょろきょろと周囲を見回し、落ち着きがない。

 そのうちの何人かが俺に訴えかけてきたが、言葉が通じなかった。翻訳ソフトが機能しない。

 パラーニャ語じゃないようだ。



 すると守備兵が申し訳なさそうな顔で言う。

「彼らはライデル連合王国の国境守備兵です」

 隣国の兵じゃないか。しかも今、ゾンビ化してる連中の同僚だ。

 ディゴザ守備兵たちは慌ててこう続けた。

「彼らは生きています。それに、ディゴザに亡者の集団が迫っていることを教えてくれました」

 どういうことだ?



 聞いてみたところ、ライデルの国境守備兵たちはディゴザの守備兵たちとは面識があるという。

「あっちの演習にはうちのお偉いさんが呼ばれますし、こっちの演習にはあっちのお偉いさんをお招きしています」

 軍事交流があるといっても、手の内をさらし過ぎじゃない?



 すると七海が納得したような声で応じた。

『たぶん、双方の戦力を誇示するためですね。攻めてくるなら迎撃するし、助けてほしいのならこの戦力で協力するよ……って感じでしょうか』

 なるほど。軍事力を実際には使わずに、国防や外交に利用しているということか。

 長年のつきあいで成熟した関係なんだな。

 こりゃゾンビになったぐらいじゃ、なかなか撃てないな……。



 彼らは重要な情報源だ。保護した方がいいだろう。

 そう思っていると、パラーニャ兵とライデル兵が何かしきりに話し合っている。パラーニャ語とライデル語が入り交じっていて、俺にはわかりづらい。



「ダスク、デーニャ」

「ダメだ、あんたらは逃げろ。今のディゴザ市民はライデル人を恐れている」

「ヴァルフィネーネン!」

「確かに銃と弾薬の備蓄はあるが……」

 なんだなんだ。



 俺がぼんやり見守っているうちに、あっちで話がついたらしい。

 ディゴザ守備兵が溜息をついてから、俺に敬礼した。

「申し訳ありません、艦長殿。彼らはここで我々と共に戦うと言っています。かくまってもらった礼をしたいと」

「……わかった」

 国境を越えた友情か。



 軍人ではない俺にはよくわからない世界なので、俺はまじめな顔でうなずく。

 それからライデル兵たちに向かって、パラーニャ語で告げた。

「戦友たちよ、武運を祈る」

 するとパラーニャ語のわかるライデル兵が仲間に伝え、ライデル兵たちは一斉に敬礼した。



 それからライデル兵の一人が、俺に空き瓶を手渡した。たどたどしいパラーニャ語で、こう説明する。

「飲んだ、これ。皆……死んだ」

「どういうことだ?」

「わからない。酒、たぶん。商人……業者、の酒。祝い」

 ますますわからんが、ずいぶん現代的なデザインの瓶だな。ラベルにも綺麗に印字してある。



 俺がラベルを見た瞬間、七海が馬鹿でかい声で叫ぶ。

『博士のウォトカ!?』

 なんだって?

『こ、これ! これですよ! バフニスク語で書いてあります。博士のウォトカって!』

 じゃあ予想が大当たりだった訳か。



 俺がラベルを見ている間に、パラーニャ兵が事情を説明してくれた。

「僻地に駐屯する国境警備隊に、慰問品として支給された酒らしいです。ライデル軍指定の納入業者が持ってきた酒なので、誰も怪しまなかったとか」

 なんでこんなもんが流通してるんだ。

 ただごとじゃないぞ。



 空き瓶の中には一滴も酒が残っていない。

「中身は?」

「恐ろしかったのと重かったので、途中で捨てたそうです。ここにいるライデル兵は全員、酒が一滴も飲めないそうですし」

 それで助かったのかな。これは慎重に扱った方が良さそうだ。



 俺は空き瓶を受け取り、彼らに言った。

「これは俺たちが調べておく。何かわかり次第、すぐに教える」

 あ、そうだ。これも言っておかないと。

「わかったことを伝えに来たときには全員死んでいた、なんてことのないように頼む。何としても生き延びてくれ」

「はい!」

 もう一度、全員が敬礼した。



   *   *   *



 シューティングスターはすぐさま離陸したが、考えてみると行き先がない。

 ゾンビに包囲されていた街の難民を受け入れてくれる街なんて、そうそうあるとは思えなかった。

 しょうがない、いったんエンヴィラン島に連れていくか……。ニドネの屋敷跡なら広い敷地がある。



 そして七海の分析により、ゾンビについていろいろわかってきた。

『組織片を分析したところ、細胞は生きてました。なんか動きがおかしいですが、とにかく生きているように見えます』

「じゃあ死者が復活した訳じゃないのか」



『戦闘不能になった兵士をもう少しだけ戦わせる薬みたいですから、肉体が完全に死んじゃうと無理みたいですね』

「不死身のゾンビに変身させる訳じゃなくて、残った部品と燃料でもう少し動かすような感じか……」



 人間は心臓などの主要な臓器ををやられても、四十秒ほどは動けると聞いたことがある。

 四十秒あれば、マスケット銃なら二発撃てる。弾が届くところに敵がいるはずなので、その二発はきっと役立つだろう。

 非人道的だが有効そうな薬だ。

 しかし『博士のウォトカ』のラベルは、医薬品にはとても見えない。



『それとゾンビたちの動きを観察し、五百十二体のサンプルから行動パターンを分析しました。視覚はかなり落ちてますが、嗅覚と聴覚が健在なようですね』

「目の水晶体はすぐにダメになるからかな?」

『どうでしょうね……視神経の方かもしれませんけど』



 さらにゾンビたちは物の燃える匂いに対して、特に敏感に反応したそうだ。火薬に限らず、たき火の匂いにも反応していたという。

「そこに生きた人間がいることの証明みたいなもんだからな。銃弾だけでなく、暖房や調理でも火を使う」

『あ、そうですね。なるほど』



 話しているうちにエンヴィラン島が見えてきたので、俺は七海に命令した。

「とりあえず、エンヴィラン島に避難民を降ろすぞ。たぶんまだカレンが港にいるはずだ。避難先はあいつに相談してみよう」

『はい、それがいいと思います。楽ですし!』

 七海がびしっと敬礼した。



 それにしても、デュバル隊長や徒歩の避難民たちは無事かな……。心配になってきた。

「七海、避難民を降ろしたらすぐに戻る。デュバル隊長たちを死なせたくない」

『了解しました』

 間に合ってくれよ。

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