鷹たちの反逆・5
058
シューティングスターは光学偽装により、周囲の景色を艦体に映しながらゆっくり降下してくる。
「こうして見ると、あんまり偽装できてないな」
『視認を一秒でも遅らせるための装備ですから……一秒あれば、光学砲で敵艦を行動不能にできますし』
なるほど。
降下してくるとシューティングスターは周辺の山肌の色に溶け込み、空中に浮かぶ巨岩になった。ゾンビたちはときどきシューティングスターを見上げるが、動き出す様子はない。
「よし、猟兵隊降下」
『了解、猟兵隊降下します』
艦体に隠れるようにして、ロープが垂らされる。猟兵たちはロープにも慣れているらしく、スルスル降りてくる。
同時に艦の強襲用ハッチが開き、城壁に直接乗り込む兵もいる。
「おい、あんなことができるのなら、俺たちが頑張る必要なかったんじゃ……」
『いやあ、試してみたら案外できました。でも長時間この姿勢はキツいので、デュバル隊長と護衛だけです』
確かにあのタラップ、横風でグラグラしてるな。
一方、南門周辺に降下した猟兵たちは素早く集まってきた。
「海賊騎士殿!」
「艦長、御無事ですか!?」
銃剣つきのマスケット銃を担いだマッチョたちが集まってきたので、俺はだいぶ強気になる。
俺は船長帽を傾けながら、思わず笑みがこぼれた。
「問題ない」
猟兵たちは南門に築かれたゾンビの残骸の山を見回し、感嘆の溜息をもらす。
「なんという……」
「これが海賊騎士の力か……」
あ、いや。それをやったのは、あっちでくるくる回ってるペンギンです。
猟兵の下士官らしいのがサッと手を振り、猟兵たちを動かす。
「全隊、半方陣形!」
猟兵たちはすぐさま隊列を組み、V字型の陣形で俺の周囲を取り囲む。しゃがんで銃を構えた猟兵の背後に、立って銃を構えた猟兵が並び、二列で分厚い壁を築いた。
これならもう怖くないぞ。
俺が悠々と突っ立っていると、やがて城門がゆっくりと開いた。
城門の隙間からは、怯えた表情のやつれた兵士たちの顔。髭だらけでゾンビの親戚みたいだが、生きているのはわかった。
銃を構え、きょろきょろと周囲を見回しながら、ディゴザ守備隊の兵士たちは口々に俺に尋ねた。
「あ、あんたは……?」
「デュバル隊長が言ってた人か?」
俺は背後に猟兵たちを従えたまま、彼らを安心させるために笑顔を見せる。
「俺が『エンヴィランの海賊騎士』だ。さあ中に入れてくれ。飯を持ってきたぞ」
* * *
城塞都市ディゴザの中は、かなりひどい有様だった。
一足先に入って守備隊長と話をしていたデュバル隊長が、深刻な表情をしてやってくる。
「守備隊と市民は、籠城用の食料を食いつないでいたらしいな。残り数日といったところだ。予想より減りが早い」
危ないところだったな。
俺たちの周囲では、市民や守備隊の兵士たちがパンや塩漬け肉を受け取っている。みんな嬉しそうだ。
「おお、神様……。死者の復活で、この世はもう終わりかと思っていました……」
感涙にむせんでいる老婆が、俺を見つけて駆け寄ってきた。
「あなたが救援に来てくださった、空飛ぶ船の船長さんね?」
「ああ」
するといきなり、手をしっかりと握られた。
「ありがとう。私はともかく、娘や孫たちが亡者の餌食になるのかと思って、ずっと怯えていました。どうか、あの子たちだけでもここから連れ出してやってください……」
なんか照れるな。
だが家族を想う老婆の気持ちは痛いほど理解できたので、俺はしわだらけの老婆の手を握り返してうなずく。
「王室より賜った海賊騎士の名誉にかけて、あなたに約束しよう。家族は必ず助け出す。あなたもだ」
すると老婆はハラハラと涙を流した。
「ああ、なんて頼もしい……。あなたこそ、聖典に記された神の御使いだわ……」
いや、そんな大層なもんじゃないです。
俺がどうしようか困っていると、周囲に市民たちがぞろぞろ集まってきた。
「デュバル様が連れてきた空飛ぶ船の船長さんか?」
「王室から称号を賜った偉い人らしいわよ」
「てことは、王様は俺たちを見捨てなかったってことか……」
どうも勘違いが勘違いを呼んでいるようだが、みんな笑顔なので俺も笑っておくことにしよう。
説明が面倒だ。
デュバル隊長が守備隊の隊長と何か相談をしているが、俺はディゴザ市民に囲まれて身動きが取れない。あとおばあさん、そろそろ手を放してください。
その傍らでは、市民に救援物資を手渡している猟兵隊がよけいなことをしゃべりまくっている。
「『エンヴィランの海賊騎士』は、パラーニャの海賊をたった一人で全滅させた男さ。隊長がそう言っていたよ」
「あの船長帽も、大海賊『雷帝グラハルド』を一騎打ちで倒して譲り受けた品らしい」
「彼の強さは本物です。さっき南門の前で、あの人が亡者たちを全滅させたのを、この目で確かに見ました」
君たち、口なんか動かしてないで手を動かしたまえ。
恥ずかしいだろ。
俺がディゴザの人々に囲まれて途方に暮れていると、デュバル隊長が戻ってきた。
「艦長。逃げ遅れてここに留まっている市民は、おおよそ七千人だ。運べるか?」
「無理だ。シューティングスターは艦体の大半が、動力と武装で占められている」
船室にみっちみちに詰めて、さらに貨物室も全部使ったとして、せいぜい千人ぐらいだろうか。
あと七海が『バイオハザード! バイオハザードが起きたら収拾不能です!』と叫んでいるので、そんなには乗せられないと思う。
お前、ゾンビ化の原因が薬品だって言ってただろ?
『万が一のことを考えると、そこまで危険は冒せませんから!』
艦内で何か起きると意外なぐらいに脆いからな、俺たち。グラハルド一味にはえらい目に遭わされた。
まあしょうがない。
俺は少し考え、こう返した。
「自力で遠くまで歩けない老人や病人、それに幼児や妊婦を集めてくれ。数百人程度なら何とかする」
『艦長、あの』
貨物室は完全閉鎖できるから、何かあっても何とかなるだろう。船室は使わない。
どのみち全員は乗せられないんだ。
デュバル隊長はうなずく。
「では残りの市民は、我々が地上から脱出させる。幸い、南門は制圧している。何とかなるだろう」
「できるか?」
「猟兵隊百五十人と、ディゴザ守備隊七百人。徒歩の市民を六千人として、市民七人に一人の護衛をつけられる」
わあ、俺より計算早い。
デュバル隊長はディゴザ市内の弾薬備蓄の書類をめくり、さらに続けた。
「実際には市民百四十人に二十人の小隊をつけることになるだろう。すぐに編成を始めなくては」
「わかった。では俺はシューティングスターで待機する。艦に乗せる者の選別は任せた」
余所者の俺が決めるより、偉い人が決めた方が文句も出ないだろう。
ディゴザの人々が口々に俺に助けを求めてくるが、俺は守備隊長とデュバル隊長の指示に従うよう説得し、最後にこう約束した。
「最後の一人が安全な街にたどり着くまで、俺と俺の艦は決してディゴザの人々を見捨てない」
この言葉が功を奏したらしく、俺はどうにかシューティングスターに帰ることができた。
『お帰りなさい、艦長』
俺はモニタの七海に手を振り、ポッペンとメッティにこう告げた。
「さあ、大脱出の始まりだ。手際よくいくぞ」
「うむ、承知した」
「任せといて、艦長」
うまくいくといいんだが……。




