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鷹たちの反逆・4

057



 パラーニャ山岳師団の独立猟兵隊百五十人を乗せたシューティングスターは、ゆっくりと城塞都市ディゴザに近づいていた。

「ディゴザは山の頂上にあり、東西の谷底にはそれぞれ急流が流れている。自然の要害だ」

 デュバル隊長はパラーニャ陸軍の重要機密である精密地図を広げ、俺にそう教えてくれた。



「北には隣国ライデルへの山道、南へはパラーニャ平野部への道が続いている。いずれも深い森の中を通っており、大軍は通れない」

 だからディゴザは南北方向からしか攻められないのに、そのどちらも傾斜つきの深い森だ。

 そのせいで大砲を持ち込むことはできないし、銃や弓も上に撃ち上げる形になるので戦いづらい。

 騎兵も突進力が生かせないので、非常に攻めにくい地形だという。



「なるほど、陸軍のお偉方が手をこまねく訳だ」

 俺がうなずくと、デュバル隊長もうなずいた。

「そうだ。さらにディゴザは川から立ちのぼる霧によって守られている。攻める側は常に霧に紛れた奇襲を警戒せねばならない」

 霧の中からゾンビの大群が現れたら、普通の兵士は驚いて大混乱になるだろう。



 俺は腕組みして戦闘指揮所のモニタを見上げ、それから笑う。

「聞けば聞くほど難攻不落の城塞だな。だが空からは丸見えだ」

「うむ」

 眼下に広がる城塞都市ディゴザの全景が、モニタに映し出されている。


 七海がモニタに新しいウィンドウを貼り出しながら、得意げに笑う。

『ゾンビは生体センサーにうまく反応しないみたいですが、エラーが出るので逆に識別が容易でした。ディゴザの城壁を取り囲む形で、およそ三万八千体のゾンビを確認しています』

 まだ人口爆発も起きてない近世で、どこからそんなに引っ張ってきたんだ。



「七海。シューティングスターの火器で、市街に被害を出さないようにゾンビを一掃できるか?」

『えーと、戦略兵器の性質上、そういう細かい作業はどちらかというと苦手でして……』

 しどろもどろになりながら、人差し指同士をツンツンさせている七海。



 俺が溜息をつくと、七海は拳を握ってぶんぶん上下に振った。

『あっ、でもですね! あの丘陵地帯をクレーターに変えるのなら、すぐに終わるんですけど!』

「そんなことは頼んでいないのは、わかっているな?」

『……はい』

 しゅんとなる七海。



 五五〇ミリなんとか光学砲は威力がありすぎる。間違いなく山火事になるな。

 三〇ミリ機関砲は弾が足りない。あれは弾の補充がきかないので防御用に温存だ。

 艦載機も長時間の戦闘行動はできないので、ゾンビを全滅させるのは難しそうだった。山岳地帯は天候が変わりやすく、艦載機がポロポロ墜落しかねないという。



 俺が渋い顔をしていると、デュバル隊長が笑った。

「運んでくれただけで十分だ。ところでこの船が降りられそうな場所はあるか?」

「今のところ見つからんな。どこも狭すぎる」

 シューティングスターは空飛ぶ軍艦なので、ジェット旅客機よりもでかい。一方、近世の城塞都市というのはゴチャゴチャしていて、ヘリポート程度の空き地すら見つからなかった。



『降下用の装備はロープしかありませんが、百五十人も降ろしている間に横風に煽られそうですね。艦体は座標を維持できますけど、降りてる人が危ないです』

 七海が現地人のことを心配するのは珍しいな。こいつも異世界の暮らしに慣れて、少し変わってきたか。



『後は艦体ごと降下させて強行着陸でしょうか』

「やめろ、地上の建造物に被害が出る。城壁も壊れそうだ」

 城壁を壊してしまったら本末転倒だ。

 デュバル隊長がうなずく。

「では南門付近に降下してくれ。周辺の不死者たちを排除し、城門前を制圧する」



 他に方法はなさそうだが、それだと確実に猟兵隊にも被害が出る。こちらの武器は、二十秒に一発しか撃てないマスケット銃だ。

 するとそこに、颯爽と……いや、ぺたぺたと現れたヤツがいる。

「どうやら私の出番のようだな、艦長」

 ポッペンが誇らしげにえっへんと胸を張った。



   *   *   *



 俺は頭上のシューティングスターを見上げた。

 それから視線を前に戻す。ゾンビだらけだ。城壁の周りでウアーウアーと呻いている。臭い。死臭というか、糞便の臭いに近い。

 意外にもゾンビたちはあまり腐敗しておらず、いろいろ垂れ流しながら城壁をひっかいたりしている。たまに座り込んで何かもぐもぐやっているが、あまり見たくなかった。



 そして俺の足下には、意気揚々と飛び跳ねるペンギンが一羽。

「まさか艦長と肩を並べて戦える日が来ようとはな!」

 表情は全く読めないが、ポッペンの声は弾みまくっていた。



 だが俺は首を横に振る。

「俺は通信係であって、戦う訳じゃない……」

 ポッペンは人間用の通信デバイスを装備できないので、俺が連絡担当としてくっついてきたのだ。



 しかしポッペンのヤツは、人の話を何も聞いていない。

「征空騎士と海賊騎士、我ら双騎士が揃えば眼前に敵無し! もちろん背後にも敵無しだ!」

 お願いだから人の話を聞いてください。

 ポッペンは両翼を広げると、俺にこう言った。



「だが私は一番乗りだけは誰にも譲れない性分でな、艦長」

 次の瞬間、ポッペンが弾丸のように飛んでいく。水平飛行しながら錐揉みを始め、光の翼がプロペラみたいに回転しだした。

「いくぞ! 奥義『螺旋黒翼剣』!」

 ゾンビたちが振り返るより早く、スパスパと切断されてそのへんにばらまかれる。意外にも、真っ赤な鮮血が飛び散った。



 ゾンビの群れに突っ込んだポッペンは、今度はヘリコプターみたいにその場で回転し始めた。

「これぞ! 奥義『大回転黒翼剣』!」

 見た目は完全にギャグだが、破壊力は極めてシリアスだった。

 あいつが本気出したら、飛び道具使わない限り人類に勝ち目はないな。ムチャクチャな強さだ。



 俺は愛用の消防斧『マスターキー』を構えつつ、周囲を警戒する。眼帯には周辺のゾンビたちの動きが表示されていた。

「ポッペン、周辺のゾンビはほとんど動いていない。銃声を立てていないせいかも知れないな」

「そうか、ならば粛々と一網打尽にしよう」

 シュババババと回転しつつ、ゾンビをフードプロセッサーみたいにみじん切りにしていくポッペン。



 俺は背後に置かれているコンテナを振り返った。俺たちと一緒にロープで降ろされたコンテナだ。何かあれば、ここに逃げ込めば回収してくれる。

 俺はやることがないので、コンテナの荷物からゴム手袋と試験管を持ってきてゾンビの組織片を採取しておく。臭いし気持ち悪いが、これも大事な仕事だ。

 後で七海に分析してもらおう。



 合間合間にポッペンに連絡を送る。

「ついでにゾンビの聴覚試験を行う。東側のゾンビを迎撃しておいてくれ」

「承知した」

 回転したまま、草刈り機みたいにゾンビを刈り取っていくポッペン。

 ゾンビたちはポッペンに対して、ほぼ全くといっていいほど反応しなかった。無抵抗で倒されていく。



 一方、俺に気づいたゾンビは例外なくよたよたと近づいてきた。

「見た目で判断してるのかな」

 俺はフリントロック拳銃を抜き、十分引きつけておいてからゾンビの眉間を撃ち抜く。

 ゾンビは崩れ落ちると痙攣した。まだ動いてはいるが、もう立ち上がる気配はない。しかし射殺体ってグロいな……。



 すると七海がパチパチ拍手しながら、こう言ってきた。

『ナイスショットです、艦長』

 ゴルフみたいに言うな。

『艦長の予想通り、ゾンビも脳や神経を破壊されると動けなくなるようですね』



「薬品でゾンビ化してるだけなら、感覚器や脳は元のままだ。性能が何倍にもなったりはしない」

 自動車にジェット燃料を入れたって、空を飛ぶようになる訳じゃないからな。薬品を使ったところで元の性能から大きく逸脱することはない。

「ポッペンの姿や匂いには反応しないが、俺の姿や銃声には反応するようだ」



 そうこうするうちにゾンビがぞろぞろ集まってきたが、すかさずポッペンが大暴れする。

「他愛もない!」

 全くの無抵抗のまま、バラバラに切断されていくゾンビたち。

 回転しながら空を飛ぶペンギンなんて、ゾンビでなくてもどう対処したらいいのかわからんよな。



 俺はグラハルドのフリントロック拳銃をしまい、愛用の消防斧『マスターキー』に持ち替えた。

「ライデルの兵たちは銃声が何かわかっている。ゾンビになってもそれは変わらないらしい。一方、よくわからんポッペンに対しては脳の処理が追いつかないようだ」

『どうも、そんな感じですね……』



 しばらくすると、南門周辺のゾンビたちは綺麗さっぱりいなくなった。視界の範囲にはゾンビはいない。

「よし、もういいぞ。降下開始」

『はあい』

 七海が笑顔で敬礼した。


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