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鷹たちの反逆・3

056



 デュバル隊長をシューティングスターの船室に案内してから、俺は七海に詳しい話を聞くことにした。

「七海、そのバフなんとか連邦の薬について、知っていることを全て教えてくれ」

『はい。あ、じゃあ艦長のセキュリティクリアランスを三に引き上げておきますね』

 いいのか、そんなに簡単にレベルアップさせて。



『いやあ、ここのところ忙しくて、ついつい忘れていましたね』

 本当か? こいつの場合、『ついうっかり』は基本的にありえない。だってコンピュータなんだから。

 人間臭い言動で、うっかりミスをしたように見せかけているだけだ。

「お前はいつも、俺に本当のことは言わないな」



 俺が呆れた口調で言うと、七海はかっこつけて謎めいた笑みを浮かべてみせた。

『人は誰でも秘密を持っているものですよ……』

「お前は人じゃないだろ。まあいい、説明を」

『あ、はい』



 七海の説明によると、七海世界のソ連にあたる『バフニスク連邦』の科学技術は凄いらしい。

『戦争が長期化すると兵士が足りなくなるので、それに備えて戦死した兵士のリサイクル技術を研究してたみたいですよ』

 リサイクルって。



 七海は画面の中で小さく溜息をつく。

『まあ、一発撃たれたぐらいで死んでいて戦争ができるかっていう、連邦主席の発言があったらしいですが』

 もうメチャクチャだ。

 でも凄く冷戦っぽい気はする。



 しかし七海が知っていることも、それほど多くはなかった。

『なんせこういうのは極秘機密ですし、こちらがどこまで知っているかというのも極秘機密ですから……』

「お前のところには情報は降りてきてないってことか」

 こいつは軍艦だもんな。

 あんまり関係ない。



 わかっているのは『博士のウォトカ』という名称だけ。

「蘇生薬がウォトカとは、また随分な皮肉だな」

『そうですか?』

「だってあれ、元々は『ズィズネニャ・ワダ』、つまり『生命の水』って名前だったんだぞ。その『ワダ』が訛ったのがウォトカだ」

 少なくとも、俺の世界ではな。



 七海は感心しつつ、こう続ける。

『なるほど、生命の水ですか……。ちなみに普段から経口で服用するんだとか、いやいや死亡後に注射するんだとか、情報が錯綜してます』

 七海がそう言いながら、週刊誌をパラパラめくっている。



「ちょっと待て、その週刊誌は何だ」

『あ、これは情報源です。クルーが自費で購入した電子書籍ですよ。クルーの私物ですから、艦長のセキュリティクリアランス三レベルで強制閲覧をかけました』

「それはいいんだが、週刊誌が情報源ってどうなの」



 すると七海が頭を掻いた。

『いやあ、戦略護衛隊は情報統制が厳しくて……』

 組織としてはいいことだけど、今回に限っては少し困ったな。



 七海は真顔になると、週刊誌を閉じてこう言った。

『本来の用途を考えると、無差別にゾンビを増やしたりはしないはずですよ。それにゾンビが友軍を攻撃したら困りますから、何かコントロールする手段があるはずです』

 まあそうだろうけど。



 問題は今回のゾンビがその薬によるものか、まだ断定はできないということだ。

 あとコントロールの方法もわからないし。

「お前、ゾンビ相手に遅れを取ったりはしないだろうな?」

『ゾンビ化したマスケット銃兵なんか、百万体いても何の脅威にもなりませんよ。主砲一発で全滅です』

 こっちは飛んでるもんな。



 ……ちょっと待て、お前の『主砲』って百万人を一発で全滅させられるようなものなのか?

 まだお目にかかったことはないが、こいつも同じぐらいヤバそうだ。

 念のためにちょっとシューティングスターのデータベースにアクセスしてみると、『主砲:G砲×一門(レベル七機密)』というそっけない項目だけが見つかった。



 だから艦長にもアクセスさせろよ。

 俺のセキュリティクリアランスは、まだ三レベルだ。七レベルは遠い。

 今度また七海に問いただそう。



「まあ引き受けたことだし、とにかく行ってみるか……」

『そうですね。もし本当にバフニスク連邦の薬品が原因だとしたら、元の世界に帰る手がかりになりそうです。それに』

「それに?」

 俺が首を傾げると、七海はガッツポーズを取った。

『私、バフニスク連邦の飛空艦とはライバルなんですよね。祖国の威信にかけて、絶対に負けられません!』

 オリンピックじゃないんだから。



   *   *   *



 シューティングスターは途中、ディゴザに近い砦でデュバル隊長の部下たちを乗せることになった。

 パラーニャ国旗と鷹の軍旗が翻る砦に、シューティングスターがゆっくり着陸する。



 デュバル隊長が砦の広場に降り立つ頃には、百五十人ほどの兵士が三十人ずつの隊列を組んで整列していた。

「隊長!」

「デュバル隊長!」

 兵士の多くは、二十歳前後の若者たちだ。精悍な面構えをしている。

 バカでかいマスケット銃を担ぎ、制服の上からでもわかるぐらいに引き締まった体つきをしていた。



 デュバル隊長は重々しくうなずくと、隣で途方に暮れている俺を一同に紹介した。

「皆、安心してくれ。『エンヴィランの海賊騎士』が、我々に力を貸してくれるぞ」

 とたんに砦の城壁が揺れるほどの歓声が沸き上がった。



「よっしゃあ!」

「これでディゴザを救援できるぞ!」

「海賊騎士が味方なら、もう怖いもんはねえ!」

 味方になって心強いのは、俺というより七海ですよね?



 するとデュバル隊長が一同を制した。

「諸君、静粛に。我らの恩人、海賊騎士からの言葉を待て」

 いきなり振らないでくれ。

 全員の視線が俺に釘付けじゃないか。

 こういうとき、どういう態度を取ればいいんだろう。



 士気が鈍るようなことは言わない方がいいだろうし、この盛り上がりに水は差したくないよな。

 しょうがない、ノリ重視でいくか。

 俺は心の中で、「こいつらは芋、こいつらは芋……」とつぶやく。舞台で緊張したときのおまじないだ。



 俺は口を開く。さあ、かっこよく決めるぞ。

「芋たちよ」

 間違えた!

 致命的な間違いを犯した。

 完全にフォロー不可能だよ、これ。



 いやいや、こんなことで負けてたまるか。ここから力技で立て直すぞ。

「お前たちは芋だ。命令を無視して勝手に動くなど、軍人の風上にも置けん。芋で十分だ」

 精鋭のマッチョ猟兵たちが俺をじっと見つめる中、俺は必死に言葉を考える。

「……だが俺は、そういう無骨な芋野郎が大好きでな。俺の船に乗れ、悪党ども。地獄に連れて行ってやる」

 どうか俺が殺されませんように。



 一同は黙り込んでいたが、彼らの目は怖いぐらいにキラキラしていた。頬が紅潮している。

「す……」

 誰かが口を開いた。

「すげえ! さすがは『エンヴィランの海賊騎士』だ!」

「こんな大それた反逆に手を貸すのに、笑ってやがるぜ!」

「これが陛下も認めた大悪党か!」

 よかった、純朴な人たちで。



 すかさずデュバル隊長が手を叩く。

「その元気は戦場まで取っておけ! 行くぞ、諸君の家族や戦友を救出する! 七海殿の誘導に従い、各乗降口から手分けして乗れ! 手早くな!」

 隊列を組んで猟兵たちがシューティングスターに乗り込んでいく。



 それを見つめた後、デュバル隊長は俺に微笑んだ。

「この戦いは名誉ある軍人の戦いではない。軍の装備を持ち出して私闘を行う、恥ずべき反乱だ。……しかし私の立場からは、なかなか言えなかった」

 そりゃあ、あんたが反乱の首魁だもんな。



「見ての通り、若い彼らは愛する街と家族、そして戦友たちを救出するために興奮している。それが正義だと信じているのだ。だがここに正義はない」

「軍人の正義は、確かにないな」

「うむ。我々は常に、軍人として行動せねばならない。国費で武装しているのだから当然だ。今回はそれを破る。大変な反逆行為だ」



 溜息をつくデュバル隊長に、俺は微笑みかけた。

「今回はどれだけ武勲を立てても、決して讃えられることはない。そのことを部下たちには念入りに伝えておきたかったが、士気を下げたくなくてな。無法者として名高い艦長からの、あの言葉は理想的だった。皆が心に刻むだろう」

 偶然です。二度とやらないからな。



 デュバル隊長は俺を見つめ、深くうなずく。

「艦長、あなたはよほどの戦術家らしい。兵の扱いに慣れ過ぎている」

 偶然ですってば。

「陛下の推察は、やはり正しかった訳だ。異国の大貴族であれば、言うまでもなく将軍であろうからな」

 俺はただの元サラリーマンの無職です。



 みんな、自分の物差しで俺を測りすぎだ。俺は……。

「俺は脇役に過ぎない」

「脇役?」

「そうだ。この戦いの主役は彼らだ。俺のことなど、どうでもいい」

 俺はシューティングスターに乗り込む猟兵たちを指さした。



 するとデュバル隊長はそれを見つめ、深くうなずく。

「ありがとう、艦長。あなたがそう言ってくれるだけで、私は笑って反逆者の汚名を着ることができそうだ」

 いや、俺の言葉にそんな大した価値はないから。


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