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鷹たちの反逆・2

055



 デュバル隊長は俺を見て、フッと笑う。

「おっと、これは誤解を招く発言だったな。老い先短いとどうも話の順序が下手でいかん」

 反乱の片棒を担ぐことに変わりはなさそうなので、今すぐ帰って欲しい。

 でもさすがに、こんなに年上の人を追い返すのも気が引けるなあ。



 俺はブランデーを一口飲み、軽く溜息をつく。

「聞こう」

 視界の片隅で七海が叫んでいたが、俺は無視することにした。



 デュバルは俺の隣に腰掛け、同じようにブランデーのストレートを注文してから俺に向き直る。

「北部の国境付近に、ディゴザという城塞都市がある。ご存じか?」

「いや」

 本当に知らないので首を振ると、デュバルはうなずいた。



「隣国のライデルやフェネキスに近く、国防でも交易でも非常に重要な都市だ。市民と駐留軍、合わせて一万人ほどが暮らしている」

 近世レベルの城塞都市は、城壁に囲まれているので狭いのが相場だ。おまけに山奥。

 それで一万人も住める規模ということは、かなり重要な拠点といっていいだろう。



 そんな都市なら防衛力も高いはずで、俺に頼むような用事はないはずだ。……本来なら。

 どうも嫌な予感がする。

 デュバルは俺の表情を読んだのか、またうなずく。



「もうお気づきかと思うが、そこに重大な危機が迫っている」

「そうでなければ、北部の山岳師団の将校がこんなところまで来ないだろうからな」

 むしろ何で今ここにいるんだ。

 危機が迫ってるなら、さっさと行けよ。



 そう思ったが、このおっさんが俺に極めて面倒くさい用事を頼みに来たのは想像がついた。正確には俺じゃなくて、七海にだろうけど。

 山岳地帯の城塞都市とくれば、シューティングスターに頼みたいのは輸送か爆撃あたりか。



「俺の艦に何を運ばせるつもりだ」

「やはり察しがいいな、艦長。私の独立猟兵隊、約百五十人の輸送をお願いしたい。それも、空からだ」

 この時代に空挺降下でもやるつもりか。



 その後、かなり長い説明が始まった。

 デュバルの説明によると、ディゴザの街はゾンビだらけらしい。

「城壁の周りは動く死者で完全に包囲されているらしい。逃げられる者たちは逃げたが、まだかなりの人数が城壁の内側に取り残されている」



 判明しているのは、ゾンビたちは隣国ライデルの兵隊たちで、腐りもせずに動き続けているということだ。

 ゾンビたちは市内への侵入を試みているが、動きの鈍いゾンビたちは城壁に阻まれているらしい。

 市民たちは籠城しているが、物資が底をつく頃合いだという。



 そしてもうひとつ、重大な問題があった。

「パラーニャ陸軍上層部は、ディゴザ救援の兵を出し渋っているのだ」

 デュバル隊長は溜息をつく。

「陛下の再三の命にも関わらず、将軍たちはあれこれと理屈をこねて救援を先延ばしにしている」

 ここの陸軍は本当にダメだな……。



「陛下は大層お怒りだが、救援計画の立案や実行は将軍たちにしかできない。兵が従わないからな」

 あの王様なら、まあそうだろうな。

 たぶん予算を大学に回し過ぎて、他の部署が拗ねているんだ。

 軍とも関係が良くないんだろう。陸軍が気象局を廃止したのも、その辺りに原因がありそうだな。



「それで俺に依頼を持ちかけてきたということか」

「そうだ。艦長の空飛ぶ巨艦なら、市民全員の脱出は無理としてもディゴザに兵と救援物資を送り込める」

 確かにできそうではあるが……。



「あなたは先ほど、公務ではないと言ったな」

「そうだ。あくまでも私個人の独断だ。報酬は私が出す」

 ずしりと重い金貨の袋がひとつ、テーブルの上に置かれた。

「八万クレルほどある。足りるかどうか私にはわからんが、これで引き受けてくれないか?」

 八万クレルっていうと、こないだの海賊退治の賞金総額に匹敵するな。大金だ。



「よく用意できたな」

「貧乏貴族の傍流なので領地はないし、家も官舎だ。しかし俸給を使う暇もないのが幸いしたな。僻地で三十年も軍務をしていれば、これぐらいは貯まる」

 それ使っちゃっていいの?



「少々、受け取りづらい金だ……」

 俺がそう言うと、デュバル隊長は首を横に振った。

「なに、ディゴザ守備隊や市民の命の代金だと思えば、破格の安値だろう」

「なるほど、戦友を案じてのことか」

「無論だ。私たちは決して戦友を見捨てない。その信頼があるからこそ、死地で臆せずに戦えるのだ。今も守備隊は救援を信じて、城壁を守っているだろう」



 デュバル隊長は遠い目をして、それからこう続けた。

「それに独立猟兵隊の兵たちは、ディゴザや近郊出身の者ばかりだ。家族や友人と連絡が取れず、憔悴している部下たちも多い」

 立派な志だと思うけど、命令もないのに勝手に兵を動かしたらまずいんじゃない?



「……軍規に背くことになるぞ」

「承知の上だよ。軍人として正直に生きたいが為に、軍人として恥ずべき行為をするのだ。矛盾しているな。だが……」



 デュバル隊長は苦笑して、白髪頭を撫でた。

「この国を守る若者たちを、こんなことで死なせたくない。役に立たない年寄りが一人、軍から消えるだけで済むなら安いものだ」

「……愚か者だな」

「ああ、愚かだ」



 自分の行いを恥じているのか、デュバル隊長は頭を掻く。

「あなたにとっては金銭以外に何の利得もない話だ。空を飛べる軍船をぜひともお借りしたいが、断られるのは承知で来ている。無理にと頼み込むつもりはない」

 うーむ。

 ろくでもない依頼だが、こういう人の頼みは断りづらい……。



 確かにゾンビ映画じゃ、救援のヘリコプターは定番だけどさ。

 だいたい墜ちるんだよな、あれ。

 しかも七海が一番嫌いなバイオハザードときた。

 さすがに七海がOKを出さないだろう。



 俺は腕組みしたまま、指先の動きをモーションセンサーで読み取らせてタイピングする。

「七海、ゾンビは無理か?」

 すると七海は意外にも、こう答えた。



『いやあ、でも困ってる人を見捨ててはおけませんよね……』

 おや?

 知らない間に、ずいぶんと優しくなったもんだ。

 でも騙されないぞ。



「俺に嘘をつきたかったら、もう少し説得力のある言葉を選ぶべきだな」

『あ、バレちゃいましたか』

 いやあ参ったなーと頭を掻く七海。

『実はそのゾンビ、ちょっと気になるんです。もしかすると、私が知っているものかもしれません』

 お前、ゾンビに知り合いいるの?



『まだ何とも言えませんが、バフニスク連邦軍の開発した新薬が原因かもという気が……』

「バフニスクって、前にどっかで聞いたな」

『はい。私の世界で東側陣営の……あ、艦長の世界だとソビエト連邦の辺りだと思います』



 なんでお前の世界の他国の軍事物資が、こんなところにばらまかれてるんだ。

 ていうか、軍の開発した新薬……。

「もしかして化学兵器?」

『ええまあ』

 ええまあじゃないよ。



 七海を詰問したかったが、腕組みしたままのタイピングは結構疲れる。

 隣でデュバル隊長が返答を待っているし、七海には後で直接問いただそう。

 俺はゆっくり振り向き、デュバル隊長にうなずいた。

「まだ引き受けると決めた訳ではないが、もっと詳しい話を聞きたい。クルーを集める」



 俺はメッティとポッペンを呼び出し、全員で話を聞くことにした。

 仲間たちが集まってきたところで、デュバル隊長は語り始めた。

「あなたが陛下との謁見を終えて、しばらくしてからのことだ。ディゴザに異変が起きた」



 山奥にそびえる城塞都市ディゴザは、隣国との交易の中継地点でもある。街道は整備され、異国の者も往来している。

「街道の行商人や巡礼たちが、一斉に助けを求めてきたのだ。『街道で死体の群れが歩いている』とな」



 最初は信じなかったディゴザの守備隊だったが、すぐにそれを目撃することになる。

 ライデル連合王国の国境守備隊の制服を着たゾンビたちが、大挙して押し寄せてきたのだ。



「これが悲劇の始まりだった。ライデルとパラーニャは長きに渡って友好関係を結んできた。軍事交流もあり、私もあちらの指揮官とは面識がある」

 同席していたポッペンが首を傾げる。

「艦長、人間たちは国が違うと殺し合いを始めるのだろう? なぜ他国の軍人と交流を持つ必要がある?」



 俺に聞くなよ。そこに専門家がいるだろ。

 そう思ったが、俺は一応説明しておく。

「戦争は始めるよりも終わらせる方が遙かに難しい。無駄な戦いを未然に防ぐためにも、また戦いを円滑に終わらせるためにも、お互いに交渉相手を作っておく必要がある」



 するとデュバル隊長が満足げにうなずいた。

「艦長の言う通りだ。過去にパラーニャ兵が演習中に道を間違え、ライデル領に侵入してしまったことがあるが、双方の上層部が連絡を取り合って平穏に処理できた」

 メッティがふんふんとうなずいている。

「なるほど、軍人さんも商人と同じで交渉が大事なんですね」

「その通りだよ、お嬢さん」



 デュバル隊長は笑顔を浮かべ、それから俺に向き直った。

「なまじ面識があったために、ディゴザの守備隊は攻撃できなかった。相手は間違いなく隣国の兵だが、それを撃てば戦争になる」

「そこで城門を閉ざし、上層部に連絡したということか」

「そうだ。そしてライデルにも問い合わせているうちに、うごめく死者の数は日増しに増えていったのだよ」



 これがただのモンスターだったら、城塞都市に籠城したマスケット銃兵の圧勝だっただろう。

 しかし相手は人間、しかも下手に攻撃するとまずい連中だった。

 この辺りはゾンビ映画のセオリー通りだな。

 まともな対応をすると事態が悪化する。



「今ではディゴザの城壁を取り囲む形で、死者たちが押し寄せている。どれぐらいいるのか見当もつかん。斥候も危険で近づけない。事実、斥候が襲われて被害が出ている」

 まずいぞ、パンデミック一直線だ。



 そう思ったが、七海がこそっと俺にささやく。

『バフニスク連邦軍の新薬は、あくまでも投与された本人にだけ効果がある蘇生薬です。感染とかはしませんから大丈夫です』

 おお、それなら安心だ。

『まあ、詳細がわからないのであくまでも推測なんですけど』

 本当に大丈夫なんだろうな?




 俺はデュバル隊長にこう言った。

「引き受けよう」

 デュバル隊長は一瞬、驚いたように目を見開いた。

「本当か!?」

「男に二言はない」



 デュバル隊長はしばらく俺を見つめていたが、やがて視線を和らげて微笑んだ。

「……すまんな」

 いえいえ、人助けが趣味ですから。


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