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鷹たちの反逆・1

054



「着いたよ、隊長さん。ここがエンヴィラン島です」

「ありがとう、お嬢さん。いや、カレン殿。急な依頼にも快く応じてくれたことを、ディゴザの民に代わって感謝するよ。これで間に合いそうだ」

 私が微笑むと、女船長は照れた顔をした。

「いえいえ、困ってる人は見捨てておけない性分でね。あいつに会ったらよろしく」



 船から降りた私に、背後から声がかかる。

「僕がお送りできるのはここまでです、デュバル隊長」

 振り返ると、私服の青年が私に敬礼をしていた。



 彼は心底申し訳なさそうな顔をしている。

「『ディゴザの鷹』と呼ばれた猛将を私の船でお送りできず、本当に申し訳ありません……」

 恐縮しきっている彼に、私は苦笑してみせた。

「将軍の命令で、海軍の全艦艇はエンヴィラン島への接近を禁止されている。軍人である以上、命令は忠実に守らなくてはいけないよ。私のようになる」



 私は微笑み、こう続けた。

「それに、代わりに民間の一番いい快速船を手配してくれたじゃないか、エンリオ。陸軍の案内をしたのを知られると、君も上司に睨まれるだろう」

 海軍の将軍たちは港湾を持つ有力諸侯で、陸軍の将軍たちとはあまり仲が良くない。軍の輸送や補給は、彼らの商売の邪魔になるからだ。海軍ならともかく、陸軍の世話などしたくないだろう。



 するとエンリオは頭を掻く。

「変な遠慮はやめてくださいよ、お義父さん。僕は郷士の三男ですし、そんな上の方の事情なんか知ったことじゃありません。それよりも相手は近海の海賊を喰い尽くした『海賊騎士』です、くれぐれも御用心を」



「海賊騎士、か」

 王室称号を与えられた無法者といえば、『雷帝』グラハルドぐらいしか知らない。ベッケン公国との戦争中、敵国航路に血の雨を降らせた海の悪魔。

「あいつは王室称号に相応しい豪傑だったが、『海賊騎士』はどうかな」

「あいつって誰です?」



 エンリオが首を傾げたので、私は小さく首を振る。

「なに、古い友人の話さ。では行ってくるよ。ウィチタとユリオによろしくな。ユリオの誕生祝い、何がいいか聞いておいてくれ」

「はい。どうかお気をつけて」

 自慢の婿が敬礼で見送ってくれた。



 さて、海賊騎士に会う前に、港で少し情報を集めておきたい。

 今回の件は海軍はもちろん、陸軍上層部にも秘密の案件だ。陛下もご存じない。

 それだけに慎重に事を運ぶ必要があった。話を持ちかける前に、人物をよく見極めなくてはいけないだろう。

 それなのに。



(……まさか、いきなり出くわすとはな)

 港にひとつしかない酒場に入った瞬間、私は総毛立った。戦場の高揚が胸をくすぐる。

 ステッキを握る手に、無意識のうちに力がこもった。



 海賊風の男が一人、カウンターでショットグラスを傾けている。

 上等な仕立てのコートに、不思議な光沢のある革のブーツ。見た目からして普通の人間とは違う。

 そしてグラハルドの船長帽、別名「私掠許可帽」を堂々と被っていた。無法者、それも旧い時代の無法者の証だ。



 体格も上々、いい戦列歩兵になれそうだ。何より姿勢がいい。

 グラスを揺らす彼の指は、剣を握り慣れた人間のそれだ。

 人差し指と親指は軽く握り、残りの指は強い。手首も柔軟で、熟練の剣士なのが一目瞭然だ。

 無法者に見えるが、あれは正式な剣術の訓練を受けているな。やはり、陛下の見立ては正しかったようだ。



 飲んでいるのはブランデーのストレートだろうか。強い酒にも酔っている様子はまるでなく、腰の拳銃はすぐに抜ける体勢だ。隙がない。

 だが幸いにも、左目の眼帯のせいで彼の左視界は封じられている。この距離だし、私にはまだ気づいていないはずだ。

 とはいえ、もし私が斬りかかれば、すぐさま反撃してくるだろう。



 この酔客だらけの酒場で、あの男は一人だけ異様な雰囲気を漂わせている。あそこだけ空気が凍てついているようだ。

(ふーむ……)

 私は心の中で唸る。私が軍の徴募官だったら、迷わず声をかけている人材だな。

 なるほど、グラハルドの奴が帽子を譲った訳だ。



(私の隊に欲しいな)

 そう思ったが、国王陛下にも服従しなかった男だ。私などでは彼を扱いきれまい。

 もっとも、それぐらいの男でなければ、この仕事は頼めそうにもないのだが。



 それにしても、どう声をかけようか。

 そう思ったとき、目の前の男は振り向きもせずに私に言った。

「俺に何か用か、デュバル殿」



   *   *   *



 俺は持て余し気味のブランデーを横に置いて、左目の眼帯型ゴーグルだけで彼を見つめる。

 エンヴィラン島に入ってくる外部の船は全て、七海が入港前から監視している。

 今日は『雷帝グラハルド』の子分だったカレンの船が入港してきたので、俺たちは全力で監視していた。



 見た感じ、この老紳士は五十歳ぐらいのようだ。パラーニャ人の平均寿命でいえば老人だが、体格はがっしりしていて現役バリバリといった印象だった。

 かなり古いコートを着ているが、上等なものらしく全く型崩れしていない。服装は身分や財力が露骨に現れるので、見た感じは貧乏貴族といった印象だ。



 港での会話を聞く限り、陸軍の将校だな。軍でそこそこ偉い地位にいる貴族ともなれば、邪険にもできない。国家権力とは事を構えたくないしな。

 すると彼は俺にこう言った。



「振り向きもせずに気づくとは、さすがは『海賊騎士』だな。それになぜ、私の名を?」

「俺の『目』は、あなたが思っているよりも多い。まずは挨拶をしておこう」

 うまいこと論点をすり替えられただろうか。



 俺は面倒くささに包まれながら、デュバルとかいうおっさんに向き直った。

 しきりに感心しているおっさんに、俺はなるべく丁寧な口調で挨拶する。

「俺はシューティングスターの『艦長』だ。申し訳ないが、名乗れる名前はない。あなたは?」



 異様に姿勢のいいおっさんは俺に軍隊式の敬礼をして、それから微笑んだ。

「失礼した。はじめまして、艦長。私はアレンシア・メシュテ・デュバル。パラーニャ陸軍山岳師団所属、独立猟兵隊の隊長だ。若い猟師たちの世話係みたいなものだよ。手がかかる」

 苦笑しながら頭を掻くと、温厚そうなおっさんにしか見えない。



 でも山岳師団ってことは、北部の国境守備軍だな。

 猟兵は銃を扱い慣れた猟師出身の射手で、この時代では野戦の精鋭たちだ。猟師たちは子供の頃から銃を担いで山林で猟をしているから、兵士としての強さが桁違いだという。

 その精鋭部隊の隊長さんが、なんでこんな南の果てまで来てるんだ。



 俺の視線に何かを感じたのか、デュバル隊長は苦笑する。

「いや、これは誤解を招いたな。今日は公務で来た訳ではない。……といっても、私用でもないのだがな。協力をお願いしに来た」

 訳がわからんぞ。



 俺は率直に質問する。

「俺に何をさせるつもりだ?」

 デュバル隊長はふと真顔になり、軍人のまなざしで俺に告げた。

「反乱だよ」

 ちょっと待て。


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