英雄たちの王・3
052
パラーニャ王フェルデは、俺をじっと見つめてから満足げにうなずく。
「滅び去った大イシュカル帝国の『至賢章』に、今は無き私掠艦隊の提督帽。過去の亡霊のごとき出で立ちだ。だが……」
そう言って、ちらりと窓の外を仰ぐ。
「伝説に似て非なる、あの空飛ぶ鉄の軍船。そして未だ誰も知らぬような、深遠なる知識。明らかに過去の亡霊などではない。いったいどこから来たのか、まずはそれを知りたい」
ただの迷子です。
俺はフェルデ王の誤解をどう解こうか迷っていたが、解かない方がカッコイイんじゃないかという気がしてくる。
でも一応、話せる範囲で事情は伝えておこう。
「……異なる世界より来た」
王と侍従たちが驚いたように表情を変える。
「異なる世界とな」
「そうだ。元の世界に帰る方法を探しているが、まだ何も手がかりをつかめてはいない」
王は俺を見つめると、こう応じる。
「なるほど。その説明で多少納得できた。あのような恐ろしい軍船で空を自由に征きながら、無用の破壊も略奪もせぬ理由がな」
シューティングスターがかなりヤバめの戦略兵器なのは確かだけど、あれは俺の家なんですよ。
フェルデ王は小さく溜息をつく。
「王立大学では『世界学』の研究も進めさせてはいるが、異なる世界より来る者たちについては未だわからぬ点ばかりだ。私も世界学の学位を持っている。そなたは非常に興味深い」
ほほう、『世界学』って学問があるのか。
確かにこれだけ異世界から変なのが来て、しかもそれが記録に残ってるんだから、研究するヤツも出てくるよな。
すると侍従の一人が、またフェルデ王の耳元で何かささやく。
王は迷惑そうな顔をした。
「わかっておる。私は今、王国の未来を大きく変える謁見に臨んでいるのだ。そう事を急くものではない」
「申し訳ございません」
あまり申し訳なさそうな顔をしていない侍従。
王は俺に向き直ると、小さく咳払いをする。
「艦長よ。無粋な用件をひとつ済ませておかねばならぬ。実はそなたが領内を無断で往来しておると、各地の領主たちから苦情が来ておる」
薄々は気づいてたけど、やっぱり問題視されていたのか。
フェルデ王は溜息をついてみせた。
「通行税は領主たちの重要な収入源であり、王が領主たちに認めた重要な権利だ。保護を求められては、無視もできぬ」
お気持ちはわかります。
でも過去の分は払わないぞ、絶対にだ。ポッペンのためにお金貯めないといけないんだから。
俺は内心で冷や汗をかきつつ、なるべく無造作に答える。
「では領主たちに伝えるがいい。通行税をお支払いするゆえ、空中に関所を設けるがよろしかろう、とな」
するとフェルデ王はとても愉快そうに笑ったが、慌てたように表情を引き締める。
「ではそのように伝えよう。我が王室も、空の往来にまで通行税を認めた覚えはない。それに徴収の手段を講じるのは、諸侯たちがすべきことだ。そうであろう、法務官?」
傍らの侍従の一人が、慌ててうなずく。
「は……ははっ。確かに法典には関所の通行税、ならびに騎馬税と車輪税が定められておりますが、空の往来については何も定められておりません。また王室法は、諸侯の徴税実務には関与致しません」
「では決まりだ。今後も空の往来については、通行税の規定はせぬ。もし空に関所ができたら、人数分の通行料だけ払うがいい」
領空って概念が、まだ存在してないもんな。
俺はそれを聞いて納得しつつ、ふと思う。
これは将来、航空機が開発される一助になるな。バカみたいに高い通行税を払わなくていいのなら、空路で輸送する利点がひとつ増える。
俺は軽く一礼し、王の配慮に感謝を伝える。
「かたじけない。格別の御配慮、いたみいる」
「なに、国益を考えれば当然のことだ」
フェルデ王は薄く笑い、ぐっと身を乗り出す。
国益か。その言葉、どう判断すべきだろうな。
武力では勝ち目がないから、俺たちを懐柔しようという魂胆かもしれない。
シューティングスターが味方になれば、国境線を引き直すのも反乱を鎮圧するのも簡単だしな。
七海も同じことを考えたのか、俺の眼帯にメッセージが表示される。
『艦長、チャンスですよ。うまく交渉して、世界学とやらについても情報公開してもらいましょう』
悪くない取引だな。
でも少し、用心した方が良さそうだ。
俺は腕組みをして、こう返す。
「ではこの謁見は、貴国の国益を交渉する場と解釈して良いのだな?」
「無論だ。私は国王だからな」
フェルデ王は溜息をつく。
「国益に奉仕し、秩序を守り、王国を繁栄へと導くのが王の努めだ。それ以外は何も許されぬ。王といえども……いや、王であるがゆえにな」
王様にも責任と立場があるから、それは責められないな。しんどそうだ。
七海が横から口を挟んでくる。
『艦長、何やってんですか。ほら、軽率に相互不可侵条約とか結んじゃいましょうよ』
お前はこの場をどうしたいんだ。
あまり回りくどい交渉をすると、パラーニャ語翻訳の限界で予想外のトラブルに巻き込まれる可能性がある。
ここは単刀直入に行こう。
「王よ。では国益のために俺に何を求める?」
俺がフェルデ王をまっすぐに見つめると、王もまっすぐに俺を見つめ返してきた。
「よかろう、小細工は抜きだ。……艦長、私に忠誠を誓え」
その場にいる衛兵と侍従たち全員に、緊張が走った。
まずいな、衛兵たちの心拍が上昇してきてる。戦う気だ。
俺は時間を稼ぐために、重ねて質問する。
「俺を家臣にするおつもりか」
「そうだ。あの空飛ぶ軍船を我が戦力となせば、どれほどの国益となるかわからぬ」
そりゃそうでしょうよ。予想通りだ。
フェルデはさらに言う。
「何より、そなたのような学識深い賢者を家臣にすれば、王国の繁栄は疑いない。医学、気象学、さらには他の学問も大きく発展するだろう。他国に負けぬ力をつけるには、これからは学問だ」
言ってることは凄く正しいし嬉しいけど、俺は賢者じゃない……。
俺は黙り込んだまま、どう返答しようか困っていた。七海が困惑しているからだ。
『あの……臣下はまずいです。口約束とはいえ、指揮系統をアレしてアレするようなのは、重大な背信行為ですので』
やっぱりそうだよね。
ということは、臣下になるのは拒否しないといけない。
この状況で? 目の前に国王本人がいる上に、武装した衛兵に囲まれてるんだぞ。
どいつもこいつも、自分の都合で俺に無茶を言ってくれる。
でもしょうがない。シューティングスターの艦長をやることにしたのも、王宮に来ることにしたのも、全部俺の判断だ。
俺の判断に責任を持つのは俺なので、俺が何とかしよう。
俺は眼帯に軽く触れて、七海に臨戦態勢に入るよう指示した。何かあったら急降下して回収してくれるように命令する。
それから右目で王を見つめた。
「俺のような者に王自ら仕官のお誘いとは、過分な栄誉だ。だが承れぬ」
その瞬間、直立不動だった衛兵たちが一斉に俺に向き直った。侍従たちが恐怖の表情を浮かべている。
だが唯一冷静だったのは、国王フェルデだった。
「予想はしていた。だがせめて、理由を聞かせてはもらえぬか」
「俺の艦は俺のものではない。預かったものだ。俺を臣下にしたところで、あの艦は手に入らん」
七海は俺の命令は何でも聞くが、日本の軍艦としての立場を忘れることはない。
だから他国の命令系統に入ることは絶対にできない。
……でもあいつ、割と融通利くから何とかなりそうな気はするんだけどな。
もっともこれは七海の都合だけではないので、俺は俺自身の都合も説明する。
「それに俺があなたの臣下になれば、必ずあなたに迷惑をかける」
「なぜだ?」
不思議そうな顔の王に、俺ははっきりと伝えた。
「俺は自分が正しいと思ったことしかやらん。俺の舵を取るのは誰でもない、俺自身だ」
もう嫌なんですよ、誰かの指示でやりたくもないことをやらされるのは。何が査定だ、何が業務命令だ、ふざけんな。……いや、それはいい。
せめて今ぐらい、愉快な海賊船長でいさせて下さい。
「だから俺はいずれ必ず、あなたの意に添わぬことをする。そうなればあなたの顔に泥を塗ることになるだろう」
衛兵たちがゆっくりと近づいてくる。まだ戦闘態勢ではなさそうだが、俺を包囲する形だ。
だがそれを、王は片手で制した。
「何をしておる。客人に非礼であろう」
その瞬間、雷に打たれたように衛兵たちはサッと引き下がった。元の位置に戻り、再び直立不動の姿勢を取る。
それからフェルデ王は俺を見つめ、小さく溜息をついた。
「よかろう、家臣になる必要はない。これまで通りにするがよかろう」
「かたじけない」
話の分かる王様で助かった。
「だがその代わり、そなたは海賊だ。……そう認定せざるを得ない」
海賊行為を働いていないのに海賊扱いされるのは不本意だが、王はこう続ける。
「王に従わぬ海上武装勢力。それが我が国における『海賊』の定義だ」
その定義を当てはめれば、今の俺は確かに海賊だった。
王は溜息をつく。この人、溜息ついてばっかりだな。
「忠誠か武力放棄か、一方の条件を満たせば海賊にはならぬのだが……そなたにそれを求めるのは無理であろうな」
これは言い逃れようがないので、俺は諦めて笑う。
「仕方あるまいな。好きに呼ぶがいい」
「呆れた豪傑だ。王の前で海賊と認定されて、なお笑うだけの余裕があるとはな」
これは王なりの誠意だと、俺は感じた。
王は国内の武装勢力をどうにかする必要がある。しかし俺がそれに応じないのは間違いないので、彼は今とても困っているのだ。
それなのに、俺を捕まえようとはしていない。
俺はこの学問好きの若い王を困らせたくなかったので、ちょっとだけ譲歩することにした。
「王よ。俺はあなたに従えぬが、あなたに好意を持った」
「うむ?」
「もし王と王国に危機が迫るようなことがあれば、そのときはシューティングスターが雲を裂いて舞い降りるだろう」
視界の端で七海が溜息をついているが、これが俺の性分なので我慢してください。
「お、おお……」
フェルデ王は腰を浮かせて立ち上がりかけ、それからまた座る。
「海賊が王を守るというのか? 忠誠を誓うことは拒んだのに、なぜだ?」
「俺は誰の命令も受けない。自分のやりたいようにやるだけだ。俺は今、あなたとあなたの国を守りたいと思った。他に理由はない」
フェルデ王は穏和だし先見性がある。俺と同年代だが、俺より立派な人物だ。俺の上司より、ずっと話がわかる。
何せこれだけ無礼の限りを尽くしておいて、まだ親切にしてくれるんだからな。
この王様がパラーニャのトップにいてくれた方が、俺としても都合がいい。
しかしこれ以上ここにいると余計な約束をいっぱいしてしまいそうなので、俺はさっさと帰ることにした。
勝手に謁見を打ち切るのは申し訳ないので、ちょっと笑顔を見せておく。
「さて、海賊が王宮にいては都合が悪かろう?」
「……確かにな」
「またいずれ、どこかでお会いしよう」
俺は王に一礼すると、背中を向けて歩き出す。
すると背後からフェルデ王の制止がかかった。
「待て!」
俺はドキドキしながら、それでも冷静なふりをして振り向く。
王は俺をじっと見つめたまま、こう告げる。
「そなたは紛れもなく海賊だ。あれだけの武力を持ちながら王に忠誠を誓わぬなど、賊徒以外の何者でもない。王として、私はそう言わねばならぬ」
すみません、何もかも冷戦が悪いんです。
だが王は表情を緩ませ、微笑んだ。
「しかし王を守る者は騎士である。そなたは海賊でありながら、騎士の精神を持つ男だ。それゆえ、『海賊騎士』の王室称号を授ける」
おお、カッコイイ称号来た。
王は少し心配そうに、やや早口で続けた。
「あくまでもただの呼称で、正式な騎士爵位ではない。だがそれゆえに何の義務も生じぬ。これぐらいは受け取ってくれるであろうな? 『好きに呼ぶがいい』と言ったのは、そなただぞ」
もちろんですとも。無責任にカッコイイ称号大好き。
俺はニヤけそうになるのを必死にこらえつつ、微笑みと共にうなずいた。
「これは一本取られたな。では、友情の証として受け取っておこう」
「うむ。今後は好きなときに『エンヴィランの海賊騎士』と名乗るがよい」
ふふ、来て良かった。




