英雄たちの王・2
051
エンヴィラン島から首都ファリオへと向かう飛空艦シューティングスター。
『艦長、あと十分ほどで作戦空域に到達します』
作戦空域って言うな。
「相変わらず早いな」
『空飛んでますからね』
さっきの宮廷からの使者は、馬と船で何日もかけてエンヴィラン島までたどり着いたらしい。
もっともウォンタナの話によれば、出張は公費で旅行できるチャンスだそうだ。役人は観光がてら、のんびりと道中を楽しむという。
あ、そうか。
あのおっさんの帰りの楽しみを奪ってしまったんだな。
ちょっと悪いことをしたが、俺だけ先に宮廷に現れたら大騒ぎになってしまう。
そういう旅行は自費でやって下さい。
「さて、行くとするか」
俺が艦長室に戻って身支度を始めると、メッティとポッペンがやってきた。
「艦長、私も行くで」
「もちろん私もだ。私は艦長の剣だからな」
しかし俺は新しいコートに袖を通しながら、首を横に振った。
「いや、危険だ。国王にどんな意図があるかわからん。そもそも、国王からの呼び出しが本当かもわからない」
正直、俺みたいなのにはとっとと消えて欲しいはずだ。
俺はパラーニャの臣民ではない癖に、パラーニャ全軍が束になってもかなわないような戦力を有している。
おまけに領内を好き勝手に移動して、関所の通行料も払わない。……本当は払わないといけないらしい。
つまり、存在そのものが秩序を乱しているのだ。
俺は二人にそう説明し、苦笑してみせた。
「だから、これが俺の最後の姿になるかも知れないぞ?」
すると二人がいきり立つ。
「あ、ああ、あかんやろ!? そんなん認めへんで!? 王様が何やっちゅうねん! いてもうたるわ! 艦長死なせてたまるかいな!」
「艦長にその覚悟があるのなら、ますます私は行かねばならん。死地に向かう友を見捨てておけるか」
予想以上に俺の人望があったので、ちょっと嬉しい。
だがやっぱり、彼らを連れては行けない。
「危険だからこそ、艦に残っていて欲しいんだ。何かあったときに、二人に助けてもらわないとな」
俺がニッと笑うと、二人は一瞬で黙った。
「せ……せやな……。よう考えたら、私は戦えへんしな。足手まといになるだけやし……」
「なるほど、私は敵の包囲を外から破る戦力として信頼されているということか。なんたる名誉だ。その大任、しかと承ろう」
意外とあっさり引き下がったな。
もちろん俺としても、何の準備もなしに乗り込むつもりはない。
「七海、今回の地上活動は『強行偵察プロトコル』のD案をベースにする。この世界の文明レベルに合わせて微調整してくれ」
『了解しました。では地上の探査、艦載機の発進準備を開始します』
「ああ。使者のアッティオさんも下ろしてやってくれ。まだ震えてると思うから、丁重にな」
眼下に見えているのは、パラーニャの首都ファリオの中心に建つ王宮だ。
無事に帰れるといいなあ。
* * *
パラーニャ王国の現国王は、フェルデ六世というらしい。フルネームは長すぎたので覚えきれなかったが、たぶん七海が記録しているだろう。
『気象学者のラウドさんが、先進的な王だと評価していましたよね』
侍従に案内され、長い廊下を歩いている最中に七海がそんなことをつぶやく。
そういえばそうだったな。
王立大学を設立したのはフェルデ二世の頃だそうだが、そこに多額の国費を投じて設備を整え、さらに優秀な人材を集めたのは現国王だそうだ。
もっとも大半の臣民からは「王の道楽」「無駄遣い」と評されているらしい。
治安の悪さや貧困のことも考えれば、そう言われても仕方はない。予算の使い道は山ほどあるから、どこにどう使っても誰かが文句を言う。
まだ会ってもいないので判断はできないが、後世になってから評価されるタイプの王なんじゃないだろうか。
俺は王宮の最上階にある謁見の間に通されたが、とにかく広いので驚いた。
王様の応接室だからデカくて立派なのはわかるけど、ややデカすぎる。これ体育館か劇場にした方が良くないか?
しかもその広大な空間全てが、ステンドグラスやら金箔やらで豪華絢爛に飾りたてられていた。
王の権威を象徴する場所だけあって、迫力が尋常じゃない。
「まずいな。ここで俺たちが暴れたら、何億クレル請求されるかわからんぞ」
『暴れるような事態になったら、弁償とかいう話にならないと思いますけど……』
それもそうか。
庶民なもので、こういう立派な場所は肩身が狭い。
警備も厳重だ。壁際には短槍とサーベルで武装した衛兵たちが一定間隔で並んでいる。全部で十人。廊下にも二人いた。
さらに七海の対人センサーが、「武者隠し」……つまり衛兵が潜む隠し部屋の存在を示していた。玉座の左右に一人ずつ隠れている。
俺は今回、国王に敬意を示して丸腰で来た。俺が武装するより、ポッペンでも連れてきた方がよっぽど確実だ。
今回は七海が目を光らせているし、ポッペンも上空を旋回しながら待機している。俺が古式銃や手斧を持つ必要なんか全くなかった。
さらに対地攻撃用のドローン『ホーネット』が数機、どさくさに紛れて投下されている。あちこちの屋根にとりついて、狙撃モードで待機中だ。
『厳重やなあ……』
メッティが不安そうな声で通信してくるが、俺は笑う。
「心配するな。俺を殺すつもりなら、もうちょっと掃除が楽な場所で殺している」
宮廷には暗殺向きの場所がいくらでもあるだろうから、わざわざ一番立派な応接室で殺す理由がない。
するとメッティが溜息をついた。
『艦長の剛胆さを見とると、こっちの寿命が縮みそうやわ……』
「俺は一人じゃないからな。みんながいるから怖くない」
それにここでガタガタ震えててもカッコ悪いだけだ。そんな態度じゃ、国王との交渉にも影響する。
むしろこんな晴れ舞台だからこそ、危険でも堂々としてないとな。
ふふ、俺カッコイイ。
ただ異世界での非現実的な生活のせいか、俺の危機感が少し麻痺してるのも否定はできない。
まあでもいいじゃないか。
王様のお招きだよ。
元の世界じゃ絶対にありえないシチュエーションだ。
そうこうするうちに、奥の扉が開いた。
衛兵と侍従らしいのがぞろぞろ入ってくるが、その中に立派な服装の男がいる。一目で王だとわかった。
俺と同年代ぐらいだろうか。思っていたよりも若い。堂々としているので本物っぽいが、確信は持てない。
彼の背後には、同行した使者のアッティオもいる。相変わらず顔色が悪いな。
衛兵や侍従が流れるような動きで所定の場所に立ち、最後に王が玉座に腰掛ける。
作法がわからないので俺が突っ立っていると、侍従の一人が前に進み出てきた。
「ではこれより謁見を開始する。陛下のお言葉は、この奏上官……」
すると玉座の男が口を開いた。
「よい。私自らの言葉で語る」
即座に場がざわめく。奏上官と名乗った侍従が振り返り、かなり慌てた様子で反論した。
「しかし陛下、それは謁見の作法に反します」
だが玉座の男は険しい顔をして、小さく手を振る。
「確かに我が王室には、『王は無位無官の臣民と直接言葉を交わしてはならぬ』という法がある。だがこの者はパラーニャの臣民ではない。王室法の適用外だ」
「ですが……」
あっちのトラブルなので俺は黙っていたが、どうも話がややこしくなってきたぞ。
別の侍従が玉座の男にヒソヒソと何か告げたが、玉座の男はますます険しい表情になった。
「お前たちは王室法と王、どちらに忠誠を誓っているのだ?」
「そ、それは……」
侍従が黙った瞬間、玉座の男はこう言い放った。
「よいか。この者は我が臣民ではないにも関わらず、私の招きに応じてくれた客人だ。非礼があってはならぬ。それに彼をよく見るがいい」
侍従と衛兵たちの視線が俺に集まる。
少し恥ずかしかったが、演劇部で培った舞台度胸を総動員した。しかめっ面で表情を引き締める。
玉座の男は妙に誇らしげな態度で、侍従たちに言う。
「この堂々たる体格と姿勢は、生まれついての戦士の風格を感じさせる。先ほど廊下を歩いてくる姿も見たが、足運びは剣士のそれだ。身のこなしも機敏だが、ほんのわずかに左右非対称のようだな。右前で構える流派の剣士であろう」
観察眼が鋭いな。剣道は右足を前にして構えるので、彼の指摘は正解だ。姿勢もそうだ。
体格についても、指摘はある意味で当たっていた。パラーニャの人たちは南欧系の白人っぽい感じなので、俺より背が高いような印象がある。
だが実際には、俺はパラーニャの人たちと並んでも全く遜色がない。むしろ俺は長身の部類に入る。栄養状態の差だろう。
国王というのは他人を使う仕事だから、他人を値踏みする観察眼は鋭くないといけない。そういう意味では、やはりこいつが本物の国王か。
それも、かなりやり手の。
玉座の男は重々しく続ける。
「この者はおそらく、異国の騎士であろう。しかも噂を聞く限りでは、かなり上流の貴族であることは疑いようがない。お前たちはそのようなこともわからぬのか」
思ったよりは観察眼がなかった。
一同が黙り込んでしまったところで、玉座の男は俺にうなずく。
「堅苦しい辞儀は抜きにしよう、私がフェルデだ。ようこそ、我が王宮へ」
「……お招きに感謝する。俺は『艦長』だ」
おーい七海、やっぱり敬語使えないとまずいって。




